花の路の先には
「うわぁ、ピンクの花がたくさんだねー」
アキホンさんと実家へは、それほどの距離はないということで歩いていくことになった。アスファルトで舗装された対面通行の道の両側に植木鉢やプランターから溢れんばかりに小さく可愛らしい5片の花が咲いている。ピンクが圧倒的に多いのだが、たまに薄紅や白い物が咲いている。各々の庭の道路の際や軒先に3鉢、5鉢と置いてある。
「ピンクの花道を歩いてる気分なしー」
茉琳の機嫌も良い。
「確か、シレネーというはずですが」
アキホンさんが頬に手を当てて教えてくれた。
「シレレ?」「シラネ?」「シヌシヌ」 「シラン」
言いづらいのか茉琳がボケた言葉を吐いている。
「フクロナデシコとかコマチソウとも言うそうですよ」
「へぇーアキホンさん物知りだねぇ」
「花好きの知り合いがおりまして、私もお聞きしたのですよ。聞き齧りですね」
ニコニコと茉琳が話している。すると茉琳は、
「あれ、氷の字」
和風な作りの店先に氷の赤文字と北斎風の青い波が描かれた暖簾を見つけていた。店の看板を読むといかにもの和菓子店だ。茉琳は口先に指を当てて、じっとみている。
「茉琳さん、まずはお寺に行くのが先だからね」
「うぃー」
「その後だったら良いよ」
「やったね! ありがとう翔」
寄り道で余分な時間を取られたくないだけの思惑である。
「アキホンさん、後、どれくらいですか?」
翔は聞いてみた。
「そこの辻を曲がってください。すぐですから」
実家に帰られるのが嬉しいのか、アキホンさんの声も弾んでいた。
「先に行って、髭ー題目があるか聞いてきますね。ゲンキチさん、後、よろしく」
言い終わらないうちに走りだして行ってしまった。
「久しぶりなんで燥いじゃって、あそこに鐘撞堂が見えるでしょ。あそこがオヤ…秋穂さんの実家のお寺なんですよ」
ゲンキチさんが案内してくれて見えていた鐘撞堂の下まで到着した。
しかし、アキホンさんがっくりと肩を下ろし、落胆した顔をして帰ってきてしまった。
「ごめんなさい。おっ様も御前もお出かけだそうで髭ー題目をかける人がおらないそうで。私クシもかけないし、どういたしましょう」
アキホンさんは頭を下げて謝ってきた。
「しょうがないですよ。間の悪い時は誰だってありますから気にしないで」
「ねぇ翔ぅ。このヒラヒラした漢字は、なぁに?」
鐘撞堂の下に石塔があり文字が彫られていた。茉琳は指を指していた。
「あらっ、それが'髭ー題目'なんですよ」
アキホンさんも驚いている。
「鐘撞堂を修理した時に碑文として建てたようですね」
手で指し示し、
「これは御題目の文字で法以外の文字の祓いを鬚のように払ってに伸ばしているのですね。羽文字とも呼ばれているんですよ。『法』の光に照らされて、全てのものが真理を体得し活動するさまを表わしたものとされているんですよ」
「アキホンさん、お坊さんみたいだしー」
「お坊さんの孫ですからー、えへん」
手を腰に当ててドヤ顔をしている。
そのうちに碑文を見ていた茉琳が、目を瞬かせ、目を瞑り、手の甲で目を擦り出した。
「眩しいの、目を瞑っても隠してもだめぇ。眩しいよぉ!翔、眩しいよぉ。目が焼けちゃいそう、きゃあ〜」
石塔から強い光でも出ているかのように手で庇っているようなのだが、とうとうかがみ込み尻餅をついてしまう。
「だっ、ダメェ〜、かはっ」
そのまま、気を失ってしまった。
「茉琳!」
翔は茉琳を抱き起こした。気を失っても眩しいのかまだなんか、目を背けていた。翔が碑文を見ても何も感じない。
「アキホンさんは何か、かんじますか?」
彼女は首を左右に振って否定した。ゲンキチさんも同じようだ。
そうしてるうちに茉琳が復帰する。
「かっ、翔ぅ。なんか頭の中、光でいっぱいになってバァッンて」
「今はどう?」
「なんかスッキリしてるぅ、ミントなめてるみたいなり」
「何それ!、全く驚ろかさないの。心配したんだよ」
翔は息を吐き出して、嘆息する。
「ごめんなシー、でもうれしー、翔は私を心配してくれたぁ」
茉琳が笑顔ではしゃいでいる。
「茉琳さん、うちで休んで行かれますか?」
アキホンさんは誘ってくれる。
「大丈夫!なんか元気でた。なら、次は氷、氷食べたい! 行こうよ翔」
茉琳は翔の手をグイグイ引いてお寺の境内から外に出ようとし出した。
「よろしいのでしょうか?、なら茉琳さん学校で。また、お話ししましょう」
「またねぇ」
翔は茉琳に引っ張られて後ろ向きに引かれていった。でも手だけは振って、
「ゲンキチさんもお元気でぇ」
別れの挨拶とした。