噂の、お店
「待てよ、待てって」
ただ歩いているだけだが翔は息を切らしていた。かれこれ15分ほど歩き続けている
前を行く茉琳が早いのだ。脇目も振らずにある目的のためにただひたすらに歩いている。
「ナニ言ってるだしー。早く行かないと売り切れるしー」
ブリーチをして黄色に染めた長髪を靡かせ、早足で歩いていく茉琳。ただ手入れが行き届いていないのか、髪がよれている。よく見れば枝毛も多いし生え際の黒髪の部分も伸びて来ている。それがカラメルに見えるからプリンと呼ばれている。
「建物は……逃げ……ないよぅ。ハアハア」
茉琳は立ちどまり振り返った。そして翔へ近づき、そのまま背中へ回る。
「売り切れてるかもだしー、焼きたて食べたいの。『たい焼き!』」
「たか が…たい焼…き でしょうが」
とうとう翔は両の膝に手を置き口で息をしだした
「されど、鯛焼き だよ」
(私も食べたいの。お小遣いなくて買えなかった)
しかし、茉琳は翔の背中に手を置くとグイグイと押していった。仕方なく翔も早歩きで進んで行った。
◆ ◆ ◆
時間は数日前に遡り、大学構内の飲食コートで、
「お友達が美味しー言ってたの。ねえ、食べたいの。付き合って」
「友達いたんだぁ。ボッチだぁって泣いてたろ」
「酷いこというなっしー」
茉琳はプンスカしだした。翔は降参とばかりに両掌を茉琳に見せて、まあまあと宥めていく。
「よかったね茉琳。ちなみに女性だよな」
「文学部のひとつ下の女の子だよ。清楚で可憐。私みたいな」
「後の言葉は聞かなーい、で、どうやって知り合ったのさ?」
途端に肩を落としポツリポツリと話しだす。
「このフロアのテーブルでカフェオレを溢しちゃって、その人の服を汚してしまったの。怒らないで優しく、良いですよって、嬉しかったの。それから仲良くしてるの」
「何、その人、神様みたいな人だね」
「そうなのよぅ…その子に教えてもらったの」
◆ ◆ ◆
弾丸決行当日、ローカル線の駅で降りて歩いていく。道路のそばには古くなった住宅街が続く。
ポツリポツリと店舗があるのだけれど半数は看板がない。少し寂れた感のある街並みをスマホのガイドに従って進み、住宅が切れたところの交差点を左折する。
「たくさん待ってる人がいるよぉ。車もたくさん待ってる。期待して良いかも!」
茉琳は翔を見捨て、待ち人の列に走っていった。堪らず翔は支えをなくして尻餅をついてしまう。
それがいけなかった。道路にある排水溝の蓋に茉琳の履いているミュールのヒールがはまり込んだ。足を取られた茉琳が体勢を崩して最後尾にいたカップルの女性の背中へ縋り付いた。
「あっ、あぁー」
「うわっと」
女性は後ろにのけぞり、思わず隣の相方の肩に縋りつく。女性は茉琳が縋りついたまま支えになったお陰で転倒は免れた。相方は支えなく後ろに転倒のはずだが受け身からの後転で見事に立っている。
「ごめんなっシー。ごめんなさい。大丈夫ですか?」
茉琳は女性の背中に縋りついたまま、話しかける。
「あぁ、驚きたはしましたけど、だっ、大丈夫ですよ」
女性は振り返り茉琳を見つめる。そして目を見張った。
「そのお声に喋り方、茉琳さんでは? 私くし、同じ大学の…」
「アキホン! でーこっちはゲンキチ君」
予期せぬの出会いに驚く4人。
「茉琳さんにたい焼きの話をしたら、私くしも無性に食べたくなりまして、つい来てしまいましたの」
と微笑みを振り撒きながら話すのは、濡れたような長い黒髪をお姫様カットにして切長で涼しげな目元をしている和風美人のアキホンさん。ニックネーム風に茉琳に言われてもニッコリと了承している。背が俺よりも高い相方さんも了承していた。
「実を言うとこちらが地元になりますの」
アキホンが教えてくれた。