008.世界の裏に潜む者たち(魔術師 VS 超能力者!)
【久世幹也 2041年 4月1日 am13:08 新生迷宮『TT-N02』/1層(活性停止・消失前)】
「げ」
疲れ切った様子の桜庭悠里ちゃんの手を引き、もう数日ぶりぐらいに思える地上の光が見えてきたところで……俺はここ一番のうめきを喉から漏らしていた。
ダンジョン入口の光のド真ん中に立ってる〝人影〟……その逆光に塗りつぶされた姿が、次第に分かり始めていたからだ。
よりによって月代姫乃かよ……。
「ご挨拶ね。〝フェイスレス〟が出てくるほどの事態だったってわけ。お疲れ様でした」
ぜんぜんこれっぽちも労ってない声を向けてきた女は――端的に表現するなら黒髪ストレートで絶世の美女ってやつ。
ま、東京民全員でミスコンでも開いたら問答無用で圧勝するんじゃないの? ってぐらいのもの。遺伝子の暴虐っていうのかね。
これがタレント業でもやってドチャクソバカ売れしながら俺に微笑みかけてくれてたら俺もちょっとはイイ気になってたろうけど、現実はこれよ。そう彼女は俺をめっちゃ嫌ってる。
〝仕事〟を力づくで奪い合ったことも多々、だ。
たしかに、俺がしくった時用にサポートメンバーを立てるって旨は指示書で聞いてたけどさぁ……個人的友好関係だとか相性とか、<協会>ももうちょっと考えてくれんかね?
月代姫乃は俺の斜め後方の――桜庭悠里ちゃんに指を向けた。
「その子」
「うん?」
「なんなの?」
俺が振り向いた先で桜庭ちゃんは怯える風に訝しんでる。
「任務中に出会ってな。保護したんだ。手は出すなよ」
「そう。明らかに普通じゃないものね。なに隠してるのかしら?」
はぁ~?
「なにって、いたってフツーの子じゃねえの。なぁにを言い出すかと思えば……言いがかりだったらもうちょいリクツを考えてから、」
「普通の子ねえ。あなたと一緒にいて、そんな髪の毛がピンク色の子、普通にはいないと思うけど。そっちこそもうちょっと考えて申し開きぐらいしたらどうなの?」
は?
俺は桜庭ちゃんををもう一度振り返った。桜庭ちゃんは、ぱちくり。
で月代姫乃の黒髪ストレートを見てから、もう一度桜庭ちゃんを。
「染めてるんじゃないわよね。見れば見るほど不思議な……怖いぐらい綺麗で、自然な色してるもの」
は?
「はああああああああああああ桜庭ちゃんナニその髪の毛ええええええええええ!?」
「ひゃっ!? ひゃいい!?」
桜庭ちゃん、髪の毛が、めっちゃ桜色になってた。本人は自分のことだからか気づかず、ひたすらあわあわとしている。
いったいいつから……ああ思えば、彼女から〝本〟が出てきた時からだったか……?
うむ。
うむ、うむ。
俺も気づいていつつ、気づいていなかったようだ。それなりに余裕がなかったんだな。
そう納得づいたところで桜庭ちゃん本人も「え……あっ。わたしの髪の毛っ……わわわ! 久世さんこれ、いったいどうなって、どうしよ……わわわわ!」とか自分の前髪を持って慌て始めていた。うむ……おどろくよな……。
とりあえず俺は、月代姫乃に向き直って、申し開きをしていた。
「この子はさあ、そう……アレだ。迷宮の奥で保護した異世界人だ。分かるだろ?」
「へえ」
「ひえ!? 久世ひゃん!?」
その瞬間――俺の顔面すぐ横の空間が爆ぜた。しっかり防御したけど。
迷宮の異変じゃない。月代姫乃の仕業――魔術の暴発だ。
うわ、さっそくキレやがった。
「迷宮――踏破したの?」
「ああ。成り行きでな」
「なにを手に入れたの?」
「おいおい、迷宮任務中の取得物は、原則として担当者のモンだ。今回の入札は俺だろぉ?」
「わたしも入札はした」
そうですかい。だから、俺のあとの入札者は全員後詰の予備要員だろ?
「なにを手に入れたの?」
「さあな。俺もこれから知りたいって思ってるんだ」
「――」
そして、なにも言わぬ彼女の周囲に数冊の〝本〟が現れた。チッ――
本は、それ自体が意思を持ってるかのようにバラバラとページを荒ぶらせ、彼女の掲げた腕の動きに呼応し――
「開け」
あー……ヤツの魔術言語の第二アルファベットだっけ。んでもって〝仙術〟に次ぐ世界最速級の発動詠唱だ。発生してきた雷撃の槍を、俺は展開した〝能力〟の場だけで千路に乱し拡散させた。
洞窟内部に耳をつんざく炸裂音が木霊してゆく。
いきなり、大気を強引に突き進んでゆく性質の『強い事象』を選んでくるとは相変わらず俺と外道にだけは殺意が高い。
俺はちらとだけ背後の怯えて固まってる桜庭ちゃんを盗み見て無事を確認する。一応、巻き込まない分別だけはつけているか。しかし本気になられたらと考えるとな……
「第一特異指定魔術の『エリステレジア書』か……やっかいな」
「おほめに預かりどうも、とでも?」
もう一度、唱えて――今度は別の本が輝き、炎の渦を巻かせてくる。対処がむずかしい複数の事象をなんなく操りやがる。これだから!
でもな、俺みたいなヤツには本来なら天敵のような存在のお前だが、俺はさらに別格だろ!
「無駄だっ! 魔術と超能力で一対一のぶつかり合いなら、事象喚起場の支配力は超能力者のエル=サイコロジィ・チャンネルの方が強いッ!」
事象で対抗するまでもなく、ヤツの術の根源たる〝場〟を意思の力でしっちゃかめっちゃかにかき回して炎を散らす。すかさず、左拳の感覚で姫乃の周囲の本に一撃ずつ食らわしてやった。
姫乃は身内の心配をするようにうろたえ、本の姿を自身の背中に隠した。まったく……
「〝身内〟が心配ならさあ、そろそろ勝てない相手に挑むのやめたらどーだ? 俺もそろそろ、本気で怒っちゃうかも」
「偉そうにご高説を垂れてくれるわね……でもねあなたの言う通り、事象喚起場の支配力が問題ならわたしの〝六つ星〟本たちが強制滞在できるっていうことも」
あ! ちょ。お、おいおいおい! こら!
「――証明済みなはずだけど!?」
ヤツの周囲に新たな〝本〟が現れる。その表紙に見える〝星〟の数は宣言通り、六つ。
紛うことなき、あいつが持つ『エリス書』とやらの最上位本。
それが、輝き、いまだに俺が乱してるはずの〝場〟に炎やら氷の柱やらが次々現れる。
まさか本当に街ひとつぐらいなら潰せるその力でやる気かよ。
やるってんならやってやるぞコンニャロー!
と、さすがの俺も身構えた瞬間だ。
ブツ、と一瞬だけ周囲が暗転し……洞窟内は静寂に満たされていた。
「すみませんが、その辺にしておいてください」
吹き荒れていた炎やら氷もない。
消え失せたそれらと入れ替わりにとでも言いたげに、俺たちの間に立っている人影がひとつ。
「黒井……」
月代のうめきに、振り返ったダーク・スーツの男はスクエアタイプの眼鏡の奥から柔和な笑みを向け――たのだろう。月代が苦手そうに目を逸らした。
「こんな地表に近い場所であなたたちに本気の一戦をやらかされると、こちら<協会>としましても情報操作の手間が桁違いになりますので。ご勘弁を願います」
「……別に、本気でやるつもりだったわけじゃない。そこのとぼけ男から少し話を引き出したかっただけ」
ああん?
「それはなによりです」
黒井さんは特に取り合わず――いや俺としてはアイツに小言のひとつでも言ってやってほしいんだが――俺の方へ歩いてきて、片手だけを差し出してきた。
「人選に心配があったので見にきましたついでですが。データカードを受け取っておきましょう」
「あいよ。ちょいと、驚くモンが入ってるぜ」
手渡してやる。黒井さんは片眉を上げて首を傾げ、次に背後にいる桜庭ちゃんへ目を向けたようだった。
「あの子も、見た通りちょっと特殊な事情持ちだ。それもその中に入ってる。――黒井さん、俺は個人的にあの子を保護するぜ。あんたの上司にも伝えといてくれ」
「分かりました。では、彼女の表面上の処理は〝入会〟ということでよろしいですね?」
「ああ」
どっちにせよ『あの映像』を見たら俺に断りなんかなくそうするだろうからな。
黒井さんは軽く肩をすくめると、懐から名刺を取り出しながら回り込み、へたり込んでる桜庭ちゃんにそれを渡した。
「申し遅れましたがわたくし、黒井彰人と申します。『とある組織』で、そちらの久世さんの現場担当官を務めさせております。その組織についての概要はこちらに記してございます。なるべく早めにお目通しをしておいてください」
と、さらに、鞄から一枚の用紙を取り出して差し出した。
「え……はい……」
桜庭ちゃんは受け取りつつ呆然と返事をしている。
まあ、混乱するよな。でも、今はそれでいい。俺の意思とすら関係なく、彼女にもはや拒否権などないのだからな。
「では、内容も気になりますので早急に確認いたすとしましょう。久世さん、それまではくれぐれも慎重な行動を願います」
「あいあい。あいよー」
苦笑いをして、黒井さんは洞窟の出口へと向かう。
そして月代にも会釈をして……地上の光の中へと消えていった。
月代姫乃も出口まで歩いて、固まったままの桜庭ちゃんに冷えた声をかけていた。
「そこの君」
「へあ……? は、はひ……」
「そこの久世幹也にだけは気をつけた方がいいよ。絶対に気を許しちゃダメ。なんならわたしが保護してあげるから、それを忘れないで」
ひらりと、投げた様子もなく一枚の名刺が桜庭ちゃんの膝の上に落ちる。
「……」
それを拾って呆然としている彼女の返事は待たず、月代姫乃もカツカツと靴を鳴らせて迷宮を去っていった。
失礼なヤツめ……。俺もあとで同じこと桜庭ちゃんに吹き込んでやろっと。
いーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーだ!!
ってやろうと思ったけど仮面つけたままだったので俺はできるだけ汚い音を立てながらヤツに向けてベロを振り乱してやった。仮面つけたままだから見えないことに気づいた。あと内部に唾液ついちゃった。
今日はこれぐらいにしておいてやる。
「久世さん、あの……この髪の毛……どうすればいいんでしょう。このままじゃとてもお日様の下に出ていけません!」
桜庭ちゃん涙目である。
そぉかなあ? 俺はキレイだと思うけど。
「とりあえず、その本、しまってみたら? しまえないかな?」
「え? あっ、できそう……です。さっきまではできなかったのに。これなら……できました!」
なにか念じたのか、ヒュッと『コア・ホルダー』なる本は消えた。
と同時に、桜庭ちゃんの髪の毛も元に戻っている。ほぉ……スキル(だかなんなのか)を現わしてる時にだけ発現する現象か。たしかに染色されているのではなく光そのもののような自然さがあったもんな。そこは月代姫乃の言に同意だ。うん。もしくはアニメキャラの髪の毛のよーな。
ますます、おもしろい。
謎が謎を呼ぶ女の子! 謎だらけ!
俺は絶っっってぇーーーしばらくはこの子を手放さないことを決めていた。
「あの……久世さん」
うんうん、なにかな?
「久世さん、が、〝フェイスレス〟だったというのもおどろきなんですけど、わたし……久世さん周りが、なにがなんだかわけが分からないことばかりで。今の女の人は……?」
「あー……同業者? みたいな?」
「あの〝本〟……わたしと同じ系統のスキルなんでしょうか? だったら、あの人にいろいろ教えてもらうのが」
「いやそれだけはない。アレは迷宮のスキルじゃないから。似てるのはマジで単なるたまたまだ。アイツとは連絡取らなくていーよ」
「……」
一時、ぱちくりとしてから、ちょっとだけムッとしたよーな顔になる桜庭ちゃん。リスみたいでかわいいな。
おやつの携行スティック食糧を差し出したい欲はこらえて、俺はちょっとだけ悩んでいた。月代姫乃――アイツみたいな人間や、俺みたいな人間のことを、どう説明するか。
開示するか、しないのか。
俺は割とすぐに答えを決めていた。
「あれはさー、〝魔術〟っていうヤツだ。アイツは魔術師だ。迷宮産のスキルでも、魔法でもない。迷宮が現れる前からこの世にあったやつ」
「……え」
「俺もさ、超能力者なんだ」
「え?」
桜庭ちゃん、めっちゃ反応が平坦。
うんうん分かるよ。そういう風になるよね。
「で、俺はその事象喚起者とか条理想起者とか言われてるやつの、〝サイキッカー〟の方なんだ。それが迷宮が現れてからは『迷宮が与えてくる〝力〟』ってやつと掛け合わされて、なんかさらに強くなっちゃってるんだよね。だから単独で世界総合ランク1位だったりするってワケ!」
「……」
語る間、桜庭ちゃんは、うん、うん……と根気よく一生懸命、噛み砕くように顎を上下させていた。
「……分かりました。久世さんに、なにかはっきりと言うわけにはいかない事情があるのは。わたしも深く聞いたりしません! 久世さんを困らせたりなんか、しませんから!」
だよね~~。
ということにして俺たちの秘密はそのままにここでお別れ……としてもよかったんだが、それは最深部でのできごとが起こる前までだ。あいにくすでに事情は大きく変わってしまっている。
彼女が手に入れた『なにか』は、間違いなく〝裏〟の世界を動かすだろう。いや、あるいはもしかして〝世界〟そのものをも。
その時、この子を独りにしておくわけにはいかない。
「桜庭ちゃん」
「はい」
「提案なんだけど、俺たちこれからしばらく、一緒に行動しないか?」
「えっ?」
「これから、そういう俺たちを大昔から監視してきた裏社会の〝組織〟に、君も否応なく所属することになると思う。だからあれこれ手を出される前に君の手に入れた『コア・ホルダー』をさっさと調べちゃおうと思うんだよな。俺が君のことを近くにいて知っていきたいっていうのもあるけど」
「え」
「それは抜きにしても君を独りにしておくのも気が引ける。ヤツらは甘くないからな……君さえよければ、なんだけどさ」
「……」
「どうする?」
桜庭ちゃんは差し出した俺の手を見上げ、座り込んだまま、しばらく考えていた。
いきなり立て続けにこんなことを言われて悩むのも分かる。この場でというのも酷な話かもしれないが、せめて今だけでもじっくり考えてほしい。
もし断られてもひっそり監視するつもりだしな。
「……」
やがて、彼女は俺の手を取った。




