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023.神秘守護協会 - 世界を管理する者たち -

【桜庭悠里 2041年 4月 5日 am11:47 東京 新新宿『壱番街』テナントビルの前】



 わたしは久世さんにもらった名刺とメモの地図を頼りに商業通りを訪れて、少し離れた電柱の影からそのビルを見上げていた。


 このあたりは廃墟と再開発された区域が入り乱れてけっこう猥雑としている。そもそも新新宿自体、大災厄の直後、まだ首都としての東京再建を諦められなかった日本が東京クラックを避けて二十三区を再編成しようとした名残り……なんだよね。


 結局、その後も迷宮が都市部に発生し続けてしまうことと地下の被害が甚大すぎることが分かって東京再建は断念。開発をベイ・フロート・シティに移して東京はほぼ放置されることになった。


 瓦礫が雑に撤去されて更地が広がる中に、こうして小さな街と再開発されるビルの白いシートやクレーンの姿がそびえ立つ姿が点在する光景を見るたび、わたしは「ああ、都会にきたんだなあ」という感慨を抱かせられる。


 ともあれ、だ。


 ビルの入り口は、今、いくつかのTV局スタッフがまばらに陣取っていた。

 もう何度目か分からないけど、ビルの壁に並んだ看板を確認してみる。


『株式会社 俺』


 …………うん。間違えようがないよね。あんな会社名。

 あっ、ごめんなさいあんな会社なんて言ってごめんなさい久世さん!


 たぶん、あのTV番組の件だよね……。どうしよう。あれじゃあ入れないなあ。


「……」


 わたしはキョロキョロと辺りを見る。

 通りはなんだか全部が夜に賑やかになりそうな雰囲気で、今は閑散としていてTV局の人たちくらいしかいない。電源ケーブルが抜かれた看板などがいろいろと物陰に追いやられている。ここに長くいるのは、ちょっとだけ怖いかも……。


「キミは壁に囲まれてイル」


「ひゃぁい!?」


 うしろからの声にわたしは飛び上がって電柱につかまってしまう!


 そこを見ると、わたしのすぐうしろのビルのすきまに座り込んでいる人がいた。

 浅黒い肌を独特な衣装に包んでいる……インド人……の人……っ!?


「あ……ご、ごめんなさい。邪魔をしてしまって」


「かまわナイ」


 擦り切れたレジャーシートの上にあぐらをかいて小銭の入ったお茶碗を抱えたその人は、ゆったりとかぶりを振るとわたしを見上げてきた。


「キミは待ち人に会えナイ」


「え」


「ずっと、会えナイ。キミが真に望むナラ、恐れを捨てなけれバならナイよ」


 じっ、と見つめられる。


「……」


 なんだろう。

 その、すべてを見通すような深い瞳に吸い込まれそうになって、わたしは――心臓がバクバクしそうになってきていた!


「〝鍵〟が必要ダ……カコクなウンメイを打破する鍵が」


「う、うんめい……!」


 なんだか大変なことが起こるような気がしてきた。いったいなにが始まるんだろう……!


「鍵ならあるわよぉん」


「ひゃっ!?」


 突然の声に振り向いて、そこにいた人の姿に、またわたしは硬直してしまった。

 すごくガタイのいい男性なんだけど、とてもきれいな長髪で、上品な女の人の恰好をしていたから。


 白いスーツを着たその人は黒いカードをヒラヒラさせながら、呆れた風な眼差しをインド人っぽい人に降ろしていた。


「まーたテキトーに意味深なこと言って通行人をからかってる」


「ボクはここでカレーを作ることしかできナイ人間だヨ……」


「でも、調理器具がないじゃない」


「ソウ。だから、カレーを作ることができナイ」


「じゃ、なにをしているのよぉ?」


「『その時』を待ってイる……」


 インド人っぽい人は、建物の隙間から見える狭い空を見上げていた……。


「じゃあアンタまた今度ウチの店で一鍋こさえなさいよ。評判はよくて『あのカレーは今度いつ出るんだ』ってせっつかれるんだから」


「考えておク」


 女の恰好をした人は肩をすくめてわたしに向き直っていた。


「久世ちゃんトコのお客さんでしょん? アタシも出勤するところだったのに困っちゃうわよねえ。さ、コッチよ、コッチ」


「えっ? あのっ、あのっ?」


 女の恰好をした人は別方向に歩いていってしまう。入っていったのは二件隣の崩れかけで放置された廃ビルだった。


「恐れを捨てなければならナイ。キミが真に望んでいるのなら」


「……」


 わたしはお財布からなけなしの百円玉を取り出して、そっと、その人のお茶碗の中に置いてみた。


「あ、ありがとうございました」


「ありがとネ」


 小走りで廃ビルの中に入っていくと、女性の恰好をした人はエレベーターの前で待ってくれていた。脇にあったエレベーターのパネルに黒いカードキーを通すと、ボタンを押してウインクをしてくる。あれ、電気が通ってる……?


「さ、これが直通よ。入って入って」


 なぜかちゃんと到着したエレベーターの中へやんわり通されると、窓ごしに見える景色は下に向かって進み始めた……。


「ね?」


 安心させるように指差す室内のパネルを見ると、たしかにいくつかある行き先指定ボタンの中に『7F 株式会社 俺』の文字が存在していた。


「は、はい」


「あとで久世ちゃんも教えてくれると思うけど、困った時はここを使うといいわよ。ちょっと失礼」


 不思議な男の人は、そう言ってうしろを向くと、壁面に張られた鏡を見てお顔のファンデーションを整え始めました。

 あ……そうだ、わたしも……。


 鏡に映る自分を見て、服のあちこちを伸ばし直して、角度を変えて襟の形とか髪の毛とかいろいろを見てみる。


 エレベーターは横移動を始め、正面を別の箱が入れ替わるように通りすぎていった。


 あああ。そもそも服の選びから間違えたような気がしてきた……服自体そんなに持ってないからどうしようもないけど。子供っぽい気がするなぁ……。

 この間までは迷宮探索だったから恰好なんて二の次だったけど、今回は言い訳できないんだよ、わたし!?


 髪の毛も迷宮で会った時はえいってうしろにまとめちゃってて洒落っ気もなにもなかったから今日は少し変えてきたし、友達に聞いてできるだけ爪とかきれいに整えたつもり! だけど!


 ……口紅はさすがに『ない』と思ったからリップにしたけど、これほんとに意味あるかなぁ? ニャ~子のオススメしてきたこのコンビニリップ。


 エレベーターは、すでに横移動から、上昇を始めてしまっていた……。


 わたしがその衝撃の事実を鏡越しに受け止めていると、こっちをおもしろそうに見ていた人がおもむろに語りかけてきた。


「大丈夫。アナタ、ちゃんとキレイよ」


「え」


 さらにわたしの両肩に手を置いて、しっかり鏡に映るようにして。


「今、あなたの人生で一番きれい。自信持ちなさい。女の子のそういう時は、絶対に無敵なの。いい、忘れちゃダメよ?」


 どうしよう。わたしはこの時、自分のうしろに映るこの人こそが美しい『女の人』に見えてしまっているのでした。わたしはどうかしてしまったんでしょうか?


「……あの。社員さんの方なんですか?」


 どう答えていいか分からずそう聞くと女の人は「ううん?」と首を振って、ちょうどエレベーターが止まった。七階の手前の、六階で。


「ワタシはこ~っち。歓迎会ならウチにしなさいって久世ちゃんに言っといて。じゃあね~~ん」


 と、手を振る女の人の姿が閉じるドアの向こうに消えていった……。

 ボタンを見ると『6F BARジュリエッタ』の文字。


「……」


 そしてすぐに、エレベーターは七階に到着してしまったのだった。

 はあああ、どうしよ。もう少し鏡で整えちゃダメかなって思ったけど……。


『ずっと、会えナイ。キミが真に望むナラ、恐れを捨てなけれバならナイね』


『女の子のそういう時は、絶対に無敵なの。いい、忘れちゃダメよ?』


「……」


 わたしは少し熱く感じる頬を叩……さすって、勇気を出して踏み出していった。






【桜庭悠里 2041年 4月 5日 am11:53 『株式会社 俺』前】



 七階にたどり着いてしまったわたしは、ええい、ここまできた勢いでインターホンを押してしまえ……なかった!


 ああなんてわたしはダメなんだろうって思っていると、すりガラスの玄関の奥から音が聞こえてきて、扉が向こうから開かれてしまう!


「いよっ、桜庭ちゃん! よくきたねー。時間七分前なんてえらいえらい。やー、最近の子はしっかりしてんな~~」


 目の前にいるのは、言わずもがな、久世さんで……。


「……ひえ」


「ん?」


「ど、どうして……」


 久世さんはわたしの問いを察すると、ちょいちょいと上を指差した。

 あ……監視カメラ……。


「あ。髪型変えたんだ。似合ってるじゃん!」


 不意打ちの言葉に、わたしは一瞬固まってしまった。


「え。そ、そんな。変じゃないでしょう、か……?」


「そおーんなことないないー! めっちゃ似合ってるよ。すっごくかわいいって!」


 どうしよう。久世さんにそういうこと言ってもらえるなんて思ってなかった。

 わたしは熱くなってきた顔を隠したくて格好悪く横髪をいじってしまうけど、ほかのことが思いつかない。


 そうこうしていたら背中に手を回して引き込まれてしまう。


「まー入ってよ。お客さんももうきてるし。入った入った!」


「へあっ、はい! 久世さんあのっ、わ、わ、わ!」


「狭くて悪いね~。あのドア開いたら本当に事務所だから」


 すりガラスのドアが会社の入口かと思っていたらそうではなく、継ぎ目がなくていやに狭い通路が五メートルばかり続いていた。大人の人ひとりがやっと歩けそう、なぐらいの。


「は、はい。あの……どうしてこんな風に? 設計や改装とかの問題ですか……?」


 現実逃避にそんなことを聞くと、わたしの目的とは裏腹に久世さんからはこんな答えが返ってくる。


「うんー。ああいや設計は発注通りでこいつはセキュリティのひとつ。どっかの特殊部隊に攻められてもここで数分ぐらい稼げるようにってね。ま、そんなの相手に籠城する気はないけど。ハハハ」


「え……」


「ほんとはビル丸ごとロボに変形できるようにしたかったけど業者にそれは無理だって断られちゃってさ……あと必要になるサイズ分の土地を買い上げ切れなくて。ガンコジジィがいてさあ! ちゃんとアンタも乗せてやるからって言ったのになぁ……?」


「……」


 ガチャコン。ビー!

 久世さんがカードキーを通すと宇宙船の中みたいな分厚いドアが開いて、広々ときれいな空間が現れた。


「さ、入って。遠慮しないで」


「は、はい……」


「でさあ、それまで取引してた土地持ちたちにキャンセルだって伝えたらそのジイさん、オメーのせいだぞ! ってここらの住人からスマキにされてそこの壱番街のアーチにつるされちゃってやんの。めっちゃウケる」


 まだそのお話が続いているなんて……まさか本当に実話じゃないですよね?


「黒井さーん! 桜庭ちゃんきたわ~――あ。あっちのソファ、座っててな」


「は、はい!」


 通された先は、応接間というんだろうか? それとも、ラウンジ?

 かなり広いけれどまだフロア全部分ではなさそうな室内で、示された先のソファからひとりの男性が立ち上がって会釈をしてきていた。


「お久しぶりです、桜庭悠里さん。黒井(くろい)彰人(あきと)です」


 黒井彰人さん。

 世界を支配する<神秘守護協会>のエージェントで、()()()()()()()()()()()()()()


 そう聞いていたその人は、話からは想像できないくらい穏和な笑みを浮かべて、わたしを見てきていた。


「当初よりも日程が遅れてしまって申しわけありませんが、本日は正式なご挨拶ということで、よろしくお願いいたします。連絡で申し上げた印鑑とIDはお持ちいただけましたでしょうか?」


「あ、はい! こちらこそ、よろしくお願いいたします!」


 黒井さんはなんというか……ものすごく『仕事ができそうな人』な印象の人だ。


 黒髪は久世さんより短く切りそろえていて、スクエアタイプの眼鏡の理知的な印象といっしょに清潔感があって。絶対に高級そうなスーツの仕立ても高身長のルックスをすごくよく引き立ててる。こんな人、普段のわたしだったら絶対に接点なんてなかったなあ。


 でも『TT-N02』で久世さんの戦いに介入したのもたぶんこの黒井さんで、つまり黒井さんもなにかの能力者なんだよね……?


「あ。桜庭ちゃーん? 写真見るー?」


「え? な、なんのですか?」


「吊るされてるジッさんの写真」


「エ、エンリョシテオキマス……」


 ま、まだ続いてたなんて……久世さんは常にわたしをおどろかせる……。


「そぉ? おもしろいのに……」


 そう言いながら久世さんは紙コップを持ってきてわたしの前のローテーブルに置いてくれた。


 ふわりと否応なく香ってくる果実の香り。十歳より前の層で大事にしまわれていた身体の記憶が鮮烈に呼び起こされて、つばがあふれ出してくる。

 え……ひょっとしてこれって本物の果汁のオレンジジュース……?


「あ、それ遠慮しないで飲んでよ。本物のオレンジジュースだぜ。濃縮還元の固形冷凍ブロック溶かしたヤツだけど」


 ええっ。粉末ですらなくて? それって、ものすっごく高級なやつじゃないですか……!


 一度世界中の農業が崩壊してしまったので、野菜も果実も天然由来の栽培物はすごく貴重。

 今、庶民の食卓に上がるのはたいていが味や触感を再現して3Dプリントされたフード・シートの調理品だから……それでも世界的には恵まれている方だけど。


「で、では……! い、いただきます!」


 そんな魅力に抗えるはずもなく、崇めるみたいに両手にコップをいただいて、一口。


 わ……!

 わ……わぁ……!!


「大事に飲まなくていいよ。おかわりあるから」


 ぐび、ぐび、と一口ずつが止まらなくて、あっという間に全部飲んでしまった……。


 喉に残る濃厚なオレンジ味の『重み』がジンジンと反響のように響いていた。果実って、こんなにものすごい味してたんだ……。


「では、桜庭さん、久世さん。さっそく、お話をさせていただいてよろしいでしょうか」


「あっ、は、はい!」


 久世さんもわたしの隣で肩をすくめて返事をしていた。

 黒井さんは鞄から、一枚のきれいな印刷用紙とファイルでまとめられた複数の書類を私の前に出した。


「まずこちらが先日お渡ししたものと同じ、入会者様への簡易のご説明文ですね。といっても概要はすでに久世さんからお聞きしているかと思いますが」


「は、はい……!」


 緊張する……!


 書類には『T・W・O・M・A・S』というロゴの下に<神秘守護協会>という日本語名が記されていた。


『The World Oder and Mystic laws Administrations Society』


 の頭文字らしい。


 ホテルでジェネホの翻訳機能に通してみたところ、どうやら『世界の秩序を守る者』『法と神秘の管理者』というニュアンスがあるみたい……。


 あるいはもっと単純に――『世界の管理者』


 ごくり、とわたしは唾を飲む。


「我々は超能力者、魔術師、そして『超古代文明の遺産』――いわゆるオーパーツといった存在を発見し、社会との不要な摩擦を避けるために保護いたしております。それが主な活動の概要となります」


「うわ~オカルト~って思うかもしれないけど、実際()()()()なんだ。オカルトのそもそもの語源であるラテン語のoccultaも本来は『覆いをかけられて見えないもの』『隠されたもの』って意味だしな。魔術が言うところの『隠秘学(オカルティズム)』なんかもそう。まさに、『神秘を隠す会』ってワケさ」


 はい。そこはもう疑ってません。

 久世さんが〝スキル〟では説明のつかないすごい力を持っているのはたくさん見てきたし、月代さんの〝魔術〟もこの目で見てきた。


 あれらは、迷宮の力にはないものだ。


「ですが、ご安心ください。その目的はあくまでも〝保護〟です。世界の秩序を著しく乱してしまう恐れのある存在を、あらかじめ接触して封印、または交渉が可能な相手であれば共存するというのが活動の大半ですから。久世さん、そして桜庭悠里さん、あなたたちと同じようにね」


「……」


 どう答えていいか、迷っていると、


「黒井さん。ひとつ、俺が知ってることも彼女に捕捉していいか」


「……お手柔らかにお願いします」


 なんとも言えない苦笑をした黒井さんに肩をすくめて、久世さんが改めてわたしを見下ろしてくる。


「桜庭ちゃん。たしかに黒井さんが言ったことに嘘があるワケじゃない。けれどそのニュアンスはもっとはるかに『強い』ものだ。保護と言えば聞こえはいいが、実際の実態と目的は――〝支配〟だ。彼らは俺たちのような人間を確保し、研究し、自分たちの力として運用してきた。その隔絶した科学力で社会を裏から牛耳る超巨大な秘密結社なのさ。ヤツらの科学力は常に〝表〟の地球文明の五十年、あるいは部分では百年以上も先を歩いてる」


「……」


 それは、『TT-N02』で出会った時に聞かせてくれたことと同じ話。

 それでもあえて、目の前の黒井さんに聞かせるということに意味を感じて、わたしは黙ってうなづいているのでした。


 久世さんはやわらかな……けれど決して温かくはない笑みを湛えたままで続ける。



 神秘守護協会――

 それは、かつては、()()宗教色の強い秘密結社が始まりだった。


 結社を構成する彼らは立場は違えどもひとつの理念の下、宗教、政治、企業……あらゆる分野の深く高い地位のところに常に存在しており、静かだが、強い影響力を世界に発信し続けてきた。


「迷宮から持ち帰られる〝魔石〟が〝絶対不壊〟、粒子構造さえ持たない完全単一の解釈不可能な理不尽物質で、迷宮内で発せられる固有の波形〝迷宮言語〟を解析した信号を送ることであらゆる物質やエネルギー状態に変化することは知っているだろ? あれを突き止めて世界に公表したのも<神秘守護協会>なんだ」


「……」


 一拍以上、その言葉の意味を考えて……

 わたしは、大声を出してしまった。


「そうなんですかっ!?」


 魔石は、最初は『絶対に壊せない』だけの意味の分からない物質だった。けれど特定の信号を送ることで未確定状態のエネルギーや、あらゆる物質に変じることが分かって、世界が変わった。


 世界中で使われている動力源であり、フード・プリンターのカートリッジ原料でもある。世界が崩壊した直後の――ううん。今なお続いている世界的な食糧危機をかろうじてつなぎとめている命綱なのだ。


 それだけでなく、迷宮産鉱石の製錬や、魔物素材の加工、対迷宮の兵器開発にだって使われている。

 だから魔石はどこの<ユニオン>であっても絶対に需要が尽きることがない。


 今や人類文明を根底から支える絶対資源と言っても過言じゃない存在。その土台を生み出したのが<神秘守護協会>だったなんて……。


「ああ。『ヱルトリ〇ムのもと』かよってハナシだよな、ハハ」


 と久世さんは簡単に笑う。

 ナントカのもとっていうのは分からないけど……。


「これにより、既存世界のパワー・バランスは完全に引っくり返った。それまで地球資源としてエネルギー採掘や食糧生産に秀でた土地を支配した国が主権を握ってきたが、それらを持たない国にも〝迷宮〟は現れた。おまけに自国の民が迷宮に入れば強化されて帰ってくるときた――そりゃ戦争もやめるワケだ。迷宮の研究と掌握に遅れた者が、次に頭を踏みつけられる弱者になるのが分かり切ってるんだからな」


 うなづく。

 この辺りの話は、学校に通っていないわたしの世代でも大人たちからやニュースでたびたび聞かせられる一般教養だからだ。


 そして、それが久世さんが教えてくれた『世界の真実』につながるのだということも、やっと分かっていた。


 久世さんも、わたしの顔にある理解にうなづいて続ける。


「そう。なぜ<協会>はそんなことをしたのか――その答えが<複合企業管理体(ユニオン)>だ。連中は世界の支配体系を新しい<複合企業管理体(ユニオン)>という形にするために、世界各国の支配者から資源のアドバンテージという〝王冠〟を取り上げたのさ。そして自らも半身を表社会に出すと同時に、新しい世界の支配者を〝選ぶ〟立場を明確にしたんだ。世界に供与する、魔石利用を始めとしたオーバー・テクノロジーを背景にな」


 つまり――今の世界を作ったのが<神秘守護協会>なのだと。

 久世さんはわたしにそう語ったのだ。


「魔術師。超能力者。俺たちの『異能の力』も迷宮によって強化されちまったものな。黒井さん?」


 黒井さんは、やはり苦笑いだけで答えている。


「増大した俺たちをこれから先も(ぎょ)していくためには、既存の社会形態では足りなくなってしまった。政府機能も再建不能なほどに壊れてしまっていたしな。同時に、迷宮を探索して〝スキル〟を得る踏深者(シーカー)という制度も俺たちを隠し、駆り立てるのに都合がよかった。あらゆる意味で、<神秘守護協会>は、『迷宮に世界を壊された』状況の中で『もっとも上手くやりやがった』んだ。そして名実ともに世界の支配者になった。そう、()()()()()()なんだ」


「……」


「俺から言うことはひとつだ、桜庭ちゃん。()()()()()。やつらが俺たちと争わずに悠々と支配者を気取っていられるのも、世界へ君臨するまでにたどったおびただしい犠牲があるためだ。きれいに設えられた城の壁紙一枚下は、常に新鮮な血で(のり)づけられてると思ってくれ。やつらは、決して甘い存在ではないぞ」


 はい。

 と、言おうとして……声が出てこなかった。それだけ久世さんの、今までからは想像したこともないような重たい態度が、わたしにのしかかっていた。


 黒井さんの穏和な顔、上品なスーツ、目の前に置かれたきれいで薄っぺらな印刷用紙が、今はとても怖いものに思えていた。


 その黒井さんが、わたしのことを見返していた表情を不意に崩して噴き出していた。


 え?


「ですがまぁ、今のところそれほど怖がる必要もないと思いますよ。なにせ今のあなたは、そこの久世さん個人に保護されている、という立ち位置ですから」


 ……え。

 久世さんを見ると、やけにいい顔でVサインを送ってきていた。


「<協会>のかなり上の方に(ちょく)で言っといたから。この子は俺のモンだぞ! ってな」


 ……。

 俺のもの……?


 あっ……えっと。え……えっっ!?


 ど、どうしよう、そんなマンガみたいなこと言われたの初めてで……!


「だからよっぽどのことがない限り君が横取りされたり無理難題がふっかかることはない。そこは安心してていーよ! なんかあっても俺が守るけど!」


「まったく、久世さん。あなたぐらいのものです。<協会>と真正面から戦える個人などというのは」


 黒井さんは冗談半分という雰囲気で、疲れた風に笑っていた。


「それと、体裁上は彼女もわたしが現場担当官ということになっているのですがね。あまり怯えさせないでほしいのですが?」


「ごめんごめん。でもそーしないとアンタら、親切なふりしてズブズブ引きずり込んでっちゃうじゃん?」


「全体論としては否定はしませんが、あくまでわたしは積極的に彼女を害するつもりはありませんよ。その必要もありませんし、なによりあなたたちのような若い方々が不幸になるさまなど、あえて見たくはありませんから」


 と区切ってから、わたしを見た。


「一応、これは隠し立てのない本心のつもりです」


 あ……。


「す、すみませんでした」


 黒井さんは気を害した風もなくやさしく笑ってくれた。


「ありがとうございます。仕事を通してこれからなるだけ、あなたの信頼を得られるようにつとめたいと思います。改めて、よろしくお願いいたします」


「は、はい!」


 隣を見ると、久世さんも肩をすくめて笑みを返してくれた。黒井さんは信用してもいい、っていうことなんだろうか。ふたりとも打ち解けてる感じだもんね……でも、気をつけつつ……?

 ……うう。わたしにはむずかしそうな世界です。


「では、桜庭さん。次に事務的な手続きですが、これらの書類にサインと印鑑をお願いいたします。これにより、桜庭さんも<日本迷宮管理局( J L A )>や医療ほか各種機関から様々な補助を得られるようになります」


 それから、わたしは言われた通り持ってきた印鑑で、示された書類に捺印していった。

 本当に<日本迷宮管理局( J L A )>や<ユニオン・ジャパン>さえ彼らの下部機関にすぎないんだ、と思わされた瞬間でした……。


「ありがとうございます。これで表面的な手続きはすべてになります」


 ここでふたりは息をついて、ほんの少しの沈黙が降りていた。なんだろう?


「さて」


 最初に切り出したのは、久世さんだった。


「こっから先は、桜庭ちゃん。君の話だ。君が手に入れた『コア・ホルダー』のこともあるが……それも含めたいろいろなこと、だ」


 久世さんは今さっきまでの気楽な態度を弱めて、わたしに視線を降ろしてきていた。

 黒井さんも説明用紙を鞄に回収して、新しく別のものを取り出そうとしている。タブレットと……封筒?



「君にとっては少しショッキングなことも含まれてるかもしれない。心して聞いてくれ――君のお兄さんについての話だ」


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