012.スキル検証開始① 気難しそうな『コア・ホルダー』ちゃん
【久世幹也 2041年 4月 2日 am13:51 中深度迷宮『TSS-C03』/5層】
「この階層に、死角になりやすくて目立たないっていう部屋があるらしい。とりあえずそこまでいこう」
俺たちは古い自販機やら案内板やらが埋もれた岩壁と、道幅三メートル足らずの長い階段を下ってゆく。
階段の終点には〝闇〟が波立たない水面のように満ちており、そこをくぐると、第5層に出た。
「わあ……」
新宿の『TS-A001』ほどじゃないが、広々とした体育館三個分ぐらいの面積の内側に、崖や細々とした道やそこにつながった棚地などが次第に下りながら、さらに奥の空間へと続いていた。
灰褐色の岩肌は薄闇の黒と混じり合い、荒涼とした空気を満たし続けている。
その光景はちょっと雄大な天然洞窟――秘境に隠されていた地下世界といった風だ。
これが、普通の〝迷宮〟なんだよな。『TT-N02』がどれだけ特異な場所だったかがよく分かる。
「おっ」
キィという動物の声が響いて、さっそく岩陰の小さな隙間から〝魔物〟が現れた。さすがこの階層なら魔物もすぐ出会う。
通称〝ウサギ〟と呼ばれてる種族だな。
ウサギといってもそのものじゃない。立ち止まった時の身体の丸み感、ちょんととんがった耳が、最初に目撃した人間にウサギを連想させたらしい。実際は走ってる時の姿はだいぶ全長が伸びるし、デカめのイタチという印象を受ける生物だけどな。
なにより、目や口がない。
代わりとばかりに額にオパールめいた輝きを持つ〝小石〟がついていた。
このウサギちゃんの正式名称は、
『Labyrinth Ecosystems(spreader)-Small Tetrapods-D005-〝Rabbits〟』
で、通称『スプレッダー・ウサギ』という。もちろん人間がつけた名称……というか分類名だな。
特に攻撃的でもない上に階層の深さに関係なくまんべんなくいて、色違いや親戚と思われる種がたくさんいる。で、好奇心が旺盛でよくほかのモンスターの餌食になってる。
こいつはいったいなんなんだと熱い疑問を抱く研究者もたくさんいるが、<神秘守護協会>ではすでに大まかな解析は完了している。
というか、『鑑定』のスキルが発見されたことで『拡散者』であるということが世界的に判明したんだよな。なにを拡散してるのかを<協会>がおぼろげだが突き止めた。
迷宮が現れた当初は、『これはweb小説の現代ダンジョンものだ!』って大騒ぎされてたものだが、実際はいろいろ違っていてなぁ。
スキルの使用感しかり、モンスターの様相や生態もしかり、だ。
実際に迷宮という存在とその内側に存在するモンスターという生態系が現れた時、そのシステムは意外と緻密で、かつ人類の想像力を上回る形をしていたみたいだ。
……ステータス・オープン! とかもなかったしな。正直これはがっかりだ。
ステータス・オープン! したかった……。
ともかくだ。ゴブリンみたいな『これだ!』っていう分かりやすいのは多くなく、新しく名称と分類を作っていくしかなかった。結局は地球上の生物から例えやすい種を当てはめて呼んでいることが多いってわけだ。
その研究と編纂は、世界中で遅々としてだが進んでいる。
「さっそく出たわね。どうするの? 彼女、レベルゼロなんでしょ。ここで倒してレベルアップでもしてもらうの?」
「えっ、えっ」
「んにゃ」
俺は〝超能力〟でウサギちゃんを宙に持ち上げた。
「入口が近いし、もうちょっと進もうぜ。検証中に人と遭遇してもめんどーだし」
そのまま、歩き始める。もちろんウサギちゃんも一緒にな。
〝キッ? キィ、キィ!?〟
「……」
「……」
口をあんぐりしている桜庭ちゃん。月代が呆れた顔で見てる。なにかね?
「あ、桜庭ちゃん。『コア・ホルダー』出してみよっか? 俺もフェイスレスになっておくわ」
スキル発動――『解凍』
ぱっと一瞬だけ全身が輝いて、俺の全身は『フェイスレス装備』になっていた。
「わ、わぁ――! ほ、本当にフェイスレスだぁ! どうしよ、わ、わ!」
桜庭ちゃん、会った当日と同じ反応してる。ウケる。
「フェイスレスだずぉーーー!」
がおーー!!
っていう感じでクマっぽく両手を上げてすごむ俺に、月代がまた呆れた声を出していた。
「フェイスレスはそーいうキャラじゃないでしょ……運悪く遭遇しちゃったユニーク・モンスターか」
あ! そうそう! そういうつもりでやってたの!
こいつは俺の理解者になり得るのかもしれない。
しかし桜庭ちゃんはひるんでくれることはなく、ただひたすらキラキラした目で角度を変えながら俺を眺め続けていた。
ああそうか。『TT-N02』ではあの機材を背負ってたから、全装備を解凍したわけじゃなかったもんな。今、彼女の目の前にいるのが記号として本当の意味で〝フェイスレス〟だったのかもしれない。
具体的にどんな感じかっていうと、特にちょっとベタなマントとかかな。スーパーヒーローの真似事みたいだが俺が〝フェイスレス〟として能力を振るう上でちゃんといろいろと重要な機能があって、<神秘守護協会>研究部署の考案の末にこうなっていった。マントだけじゃないけどな。
コアなファン層とかいうのが、俺の装備品の変遷とかをどっかにまとめてるんだっけ。
ともかくだ。
「で、桜庭ちゃん。『コア・ホルダー』出せそう? それか昨日までで自分で出したりしてたしかめたりしてた?」
マスクが変換するフェイスレスの声で、俺はあらためて促す。
「あっ? ご、ごめんなさい、今までは、ひとりでいる時にやるのは怖くて……」
「おっけおっけ。むしろ万が一なにかあったら大変だったし、それでよかったかもな。街中であの虫のモンスターに出てこられても困るし。んじゃ、今は大丈夫だから。出してみよっか」
といっても、もう大丈夫だと思うけどな。
あの時、あの『女の人』は「全部壊して」と言ったのだ。
推測なんだが、桜庭ちゃんの『コア・ホルダー』はL-コアそのものだったんじゃないか?
虫を倒すまで『コア・ホルダー』は桜庭ちゃんの思う通りに動かなかった。あの虫どもは、迷宮に介入して、桜庭ちゃんに全面譲渡されるはずだったL-コアの一部を利用して生成されていたのではないか。だから、やつらを殲滅した時に『コア・ホルダー』は完成し、桜庭ちゃんが制御できるようになった。
俺はそう踏んでいる。
たぶん『コア・ホルダー』を発動しただけであの虫が出てくることはない。
「はい、今! えっと、えっと」
瞬間、桜庭ちゃんも『変わった』。
彼女の胸のあたりに例の〝本〟が現れ、髪の毛や眉毛も余すところなく桜色に染まっていた。
〝キキュケ! ククククキュイキュイキュイキィ!〟
とたん、ウサギちゃんが桜庭ちゃんに向かって脚をわしゃわしゃ動かし始めた。ん? 襲いかかりたいのか? そういうモンスターじゃなかったと思うが。どの道俺に宙吊りにされてるから動けないけどな。
ともあれ、これで証明できたな。『コア・ホルダー』を発現するだけでおよぶ危険は存在しないことを。
これで<協会>が難癖をつけて彼女の身柄を占有する言い分をひとつ潰すことができた。
「で、できました……!」
「ほんとに不思議ね……とてもきれい」
月代がまじまじと桜庭ちゃんを見てる。
こいつも黒井さんの依頼というだけでなく、あの迷宮で得た成果物に興味津々ってところだな。渡さねえぞ桜庭ちゃんは。こんな面白い変わりダネ、渡すわけない。
「え? あ……うう。ありがとうございます……でも恥ずかしいです、これ……」
「さてと」
俺はさっそくヘルメットに内蔵されている機能で桜庭ちゃんをスキャンした。特にその桜色の不思議な髪の毛を。前から不思議に思ってたんだよね。
結果――
「ふーむ。やっぱりその桜庭ちゃんの髪の毛、変色してるわけじゃないみたいだな。物質組成的な変化はない」
「でも『TT-N02』でもたしかに悠里ちゃんの髪の毛はこの色になっていたわよ? 毛髪のメラニン色素はそのまんまだっていうの?」
「ああ。俺にもそう見えてるし、今、補助AIにこの子の髪の毛の色は何色か? って聞いても『きれいな桜色ですね』って返ってきてる。そこで、AI側の機能から視覚映像を切断して、もう一度完全に物質面の情報列のみから機械的に返答をさせたら『黒色です』と返してきた」
「つまり、光学的でも組成的な変質でないにもかかわらず、ただ見る者にそう認識させている……っていうの?」
「みたいだな。今の彼女の録画映像を見せても桜色だと返してきたが、同じようにスペクトル面から判断させると、ちゃんと黒髪のままのようだ。〝ステータス場〟とかが見せてる影響なのかもしれないな。おっもしれー」
ふたりして桜庭ちゃんを見ると、彼女は怖がるようにあとじさっていた。
「あ、あの……わたし、どうなっちゃったんでしょうか……?」
「ハハ。心配するたーない。むしろ逆だ――『なんともなってなかった』のが分かっただけだ。肉体構造が変質しちゃってたりしたらそりゃ怖いだろうけど、肉体面の変質はマジでしてないみたいだから。怖がらなくていいよ」
「そうなんですね。よかった……」
「じゃ、あとは進みながらにしよっか」
ウサギちゃんを前に浮かせつつ、先へ進む。
「でさぁ、その『コア・ホルダー』ってまずどんな機能があるの? とりあえず使えるものから使ってみて、教えてくれないか?」
「……え?」
あれ?
桜庭ちゃんはまるで青天の霹靂と言うかのような顔を俺に向けてきていた。言っている意味がまるで分からないかのように。
「す、スキルって、どうやって使うんですか?」
あれ? おや?
ちょっと慎重、かつ確実にいくか。桜庭ちゃんも初心者だしな。
「ええっと、だなー。スキルっていうのは、迷宮で〝魔物〟を倒しているとたまに覚醒することがある。これは『レベルアップ』や『経験値』と呼ばれる現象ともまた違うものだ。無関係に手に入る。『見えないドロップアイテム』とも言われる所以だ。単純に確率なのか、レベルも含めた複合的な条件なのかは、完全には分かっていない。これはいいかい?」
「は、はい」
ちなみに『レベルアップ』は『パーソナル・カード』で明確に確認できるが、経験値というものに関しては完全に推測の域を出ない仮の概念にすぎない。
だというのに完全に定着しているのは、元から地球世界にあった〝ゲーム〟や〝web小説〟の概念から運び込まれたものだからだ。今では世界中で『経験値がある』という認識になっている。さらにだが、魔石などから始まる〝用語〟も同じく、だ。ミームってやつだなあ。
「で、この〝スキル〟なんだが……手に入ると、自然に分かる。そして『使い方』もなんとなく分かるようになる」
「あ……」
お? 思い当たる節があったか。
まあそうか。出会った当日も、本を『しまえる』って感覚を得ていたみたいだし。
「スキルの使い方は、その頭でなんとなく理解している通りに、感覚で使えるんだ。日常生活の人体で言えば、水が飲みたいなーと思ったからコップを手に取って蛇口をひねったり、手に力を込めて筋肉の力の出し入れをしたりするのと同じレベルで、自然な感覚でだ。君がその本を出し入れしたのと同じ感覚で……できそうか?」
「……」
桜庭ちゃんはしばらく目を伏しがちに、集中しているようだった。
歩きながらだから危ないが隣に月代がいるし大丈夫だろう。
「……すみません。よく分からないみたいです」
「ふむ~?」
おやおや。
おやおやおや?
それはつまり、それ以上の〝機能〟がないってことか?
ただ〝本〟を出すだけのスキル。そんなことってある?
いいや。ないね(断言)。
絶対にない(確信)。
俺は、立ち止まった。
「ご、ごめんなさい」
「いや――怒ってるんじゃないよ。大丈夫。ちょっと、物質的な意味での〝本〟の方を調べてみよっかなと思ってさ。その本の〝ページ〟、めくってみてくれない? なにが書いてあるか見てみようぜ」
「……! はい!」
なにか悲壮なものを瞳に輝かせてから、桜庭ちゃんは「ムッ」と目の高さに手に持った本と見つめ合った。そんなに気負わなくていいのに。
ところがだ。
「あ、あれ? あれ?」
彼女がハードカバーの表紙をめくり、第一項目をめくろうと指をかけたのだが、端っこ一ミリも引っかけることなく空振ってしまった。
その後、何度も何度も同じように指をかけたり、しまいには真ん中の項からばっくり割ろうとまでしたにもかかわらず、本はびくともせずそのページの一端すら俺たちに見せることはなかった。
「あれ、れ……?」
桜庭ちゃん、ちょっと泣きそう。
「うーむ。あ……そうだ! 桜庭ちゃんさ、例のコア、動かせるようになってないか? 動かしてみてよ!」
「はい! あ……できました! けど……」
一番最初に見た、表紙裏のゾーン。真ん中の一番大きなサイズの〝円〟に収まっていた特異迷宮産・桜色の〝L-コア〟はたしかに彼女の指の動きに従い、別の小さな〝円〟にはまった。
だが……。
「な、なにも起こりません……」
ほほぉ。
「別の〝円〟にも移してみて」
「はい」
成功。そして、変化なし。
桜庭ちゃんめっちゃ落ち込んでる。ただでさえ小さな肩を落ち込ませて、余計に小さく見える。
だが、俺たちは俄然テンションが上がってきていた。
そう月代姫乃もだ。俺たちは両側から桜庭ちゃんの肩を持っていた。
いや、月代に桜庭ちゃんは渡さないけどな。
「え?」
「大丈夫だ。桜庭ちゃん。まだ結論を出すのは早すぎる」
「とりあえず、レベルアップを試してみる?」
「それが無難だな。スキルはレベルアップか、または習熟度のような概念で派生機能が覚醒することがあるしな」
「物質的な形で現れるスキルっていうのも前例がないし、もし魔道具や魔剣に近いような性質も兼ねそろえているなら、魔石を吸収して成長する可能性もあるわね」
「よしきた。魔石のドロップ目当ても込みで、ひとまず魔物を狩ろうぜ! じゃあもっと奥だ。とりあえず10層の階層主でも倒したら魔石だけはほぼ確実に出るから、9層までいこう」
「そのあたりならレッド・スライムがいいどころね。悠里ちゃんのレベル上げには」
「え? えっ?」
「レッツゴー、ウサギちゃ~ん!」




