遺伝はどこにいった?
建国の祖・何かを成し遂げた勇者(男)は女を選び放題だろう。よって、才色兼備を選ぶはずだ。周りもそんな女をあてがうはず。
そんなカップルから生まれる子(男)も女を選び放題。故に、才色兼備の令嬢を選ぶだろう。
と繰り返した結果、王族は美形ぞろいになるはず!
なのに……なんで?
私の許嫁はなーんの取柄もない不敬だけど、ブ男なのーーー!
どういうことなの?なんの呪いなの?突然変異なの?先祖返りなの?何代かえったの?
王も王妃も美形なのにオカシイ。二人もこのブ男王子を愛し育てたのだろうか?私も最初会ったときにビックリした。でも、「きっといつかは美形になる」って思っていた。もう20才になったから無理でしょ?親に勘当されてでも婚約解消したい!
平民として生きるために、妃教育の中でも刺繍を頑張った。これで市井で針子の仕事ができる。
「おい、お前。失礼な事考えてるだろう?」
何故私の考えていることが?エスパーなの?
「とんでもありません。流石は王家の庭だとぼーっとしていただけですよ」
「そうだよな。お前のそのボケた顔ならそんなもんだよな。高尚な事考えていたら腹がよじれる」
このブ男、顔も悪いが性格も悪い。
「ディクトリヒ様、わたくし体調が優れませんの。お暇させていただきますね」
私は我が家の馬車に乗り、早々と家に帰った。
「「おかえりなさいませ、お嬢様」」
「うん、ただいまー」
私はバキセ公爵家の長女。マリアーシャ・バキセ。
公爵なので、早々と婚約をした。そう、あれは私が6才の頃。
まだ『王子』に夢を見ていた年齢の頃。王子様と婚約すると聞いて、いったいどんな美形だろう?金髪碧眼?スマートなエスコートに甘い囁き。
――などと思っていた。
本人に会って絶望した。それはもう。その日の夜はうなされてしまった。出会って第一声が「俺の婚約者になれて、幸せだろう?」
「冗談じゃねーよ!人の夢をぶち壊しやがって!!」 と内心思ったのが、知恵熱のようになって夜にうなされたのだろう。
妃教育は苛烈で、なんであのブ男のために……と思いながらやっていた。タイミングよく、ドレスをオーダーするために見学。刺繍を担当する『刺子』という職業が存在するとわかり、妃教育の中でも刺繍は努力した。他のは人並みだろう。
私も18才になった。貴族としてはちょっと遅い婚期である。
お父様の執務室に行った。
「お父様、これハンカチにわたくしが刺繍をしましたの。お父様にと。是非受け取ってください」
「いいのかい?王子をさしおいて」
王子なんてどうでもいい。比較対象にならない。
「お父様を思って刺したんです。どうぞ」
「おお、これは我が家の家紋かい?細かいのによくできているな?」
「お父様に褒められて嬉しいですわ。また作ろうかしら?」
「お母様やお兄様にも作っておやり」
「わかりました」
はぁ、癒されるぅ。お父様は宰相で忙しいはずなのに、私がお邪魔しても嫌な顔一つせずに有難いわ。
お兄様……ちょっと、かなりか?シスコンだから私が刺したハンカチなど神棚があったら飾りかねないし、寧ろ使うの?額に入れて眺めてそうだ。
お母様は刺繍について採点をしてくれるでしょうね。有難し。私は市井でやっていくつもりだから、貴族であるお母様のお眼鏡にかなうようなものができれば――
うーん、お母様とお兄様とどちらを先に作り始めようかしら?
お兄様も次期宰相。お母様は社交界の華。図案はどうしましょう?お父様と同じものはつまらないし、3人とも違うものがいいわよね。
お母様の好きな花は何かしら?うーん主役にバーン!とバラを大きめに、あとハンカチを縁取るようにアイビーで……
お兄様……。困った。シスコンだから何でも喜んでくれるだろうけど。鍵穴とカギにしましょうか?
二つとも図案から自分で書かないといけませんわね。
2週間後には2枚とも完成した。
まずはお母様に渡しましょう。
「コレ、わたくしが刺しましたの。是非お母様に受け取っていただきたくて」
「あらあら、随分細かく刺繍できるようになってるのね。図案はどうしたの?」
「恥ずかしながら、わたくしが描きました」
「そうなの?さすが私の娘ね。今度これをお茶会に持って行って自慢するわー」
ミッション一つクリア。
「お兄様、今時間大丈夫ですか?」
「マリーのためならいつでもOKだよ。どうしたんだい?」
「コレ、お兄様に是非受け取っていただきたくて……」
「ああマリー。可愛いだけじゃなく、刺繍もできるなんて!しかも上手じゃないか。よし、額に入れて、飾ろう!」
予想通り……。
「お兄様!マリーは使ってほしいのです!」
「……そうなのか」
「コレがだめになったらまた新しく作りますよ」
「わかった。有難く使わせてもらう」
ミッションオールクリア!
「マリー!」
「お兄様、なんですか?」
「こないだ僕にプレゼントしてくれたハンカチの刺繍の模様。何故、鍵穴とカギ?」
「ふふふ。何故でしょうね?」
(なんとなくなんですけど。お父様とお揃いにするわけにもいけませんし)
「あとなコレ、王子に見せたら王子も欲しいって」
贅沢だなぁ。私の腕は王子のために使われるものではありません。
「お兄様とお揃いの図案でいいのかしら?」
「王家の紋章を刺繍しろと仰せつかった」
チッ、王家の紋章なんて細かくて面倒なものを。どうせハンカチなんてろくに使わないだろうに。
「わかりましたわ。今度お会いした時に直接お伺いしますね」
これで時間が稼げた(はず)。自分のクッションカバーとか?枕カバーとか?色々刺繍しましょう。
18才にもなれば地獄のような妃教育も終わり、私は自由――――
――――と思っていたのに、毎週王宮に顔を出せって。王子は暇なの?
ああ、まだ立太子の儀式してないからただの王族ですね。もしかしたら、違う方が次の王様になるかもしれませんし。
あら、そうするとわたくしはその方の妃になるのでしょうか?
「残念なお知らせだ。王子が立太子されることになった。王太子になられる」
「「「それは残念」」」
家族みんなの総意です。わたくしの嫁ぎ先としても不可。王としての資質も不可。
「僕はあの王子に仕えなければならないのでしょうか?次期宰相として」
「うーん、そうなるんだよなー」
「わたくしなんてあの王子の妃になる予定なんですよ?」
お兄様の眉間に皺が寄った。
「そうねぇ。いっそのこと一家で隣国に亡命しようかしら?」
わたくしはその言葉に一筋の光を見たようでした。
「受け入れてくれる国はあるのか?」
そうです。お母様。それが問題なのです。
「あと、残される領民のことも気にかかります」
あの王子でなければなぁ。なーんで先祖返りするかなぁ?容姿はともかく、性格の悪さはいただけない。一人っ子だから相当甘やかされてんだろうなぁ。
「ああ、マリアを許嫁になどするんじゃなかった」
「「今更遅いですよ」」
「そんな落ち込む家族の皆様に朗報です!」
お父様……もう希望とかないですよ。もう、絶望しかない。
「ここ数年、視察と銘打って領地の町や村の領民に移住の話をつけてきています!」
なんですと!お父様、手回し良すぎないですか?流石です。王の右腕たる宰相をしているだけのことはある。
「なので、一家の亡命どころか領民含めての亡命ということになるね」
なんて大がかりなんでしょう?しかし、ありがたや~。
「問題はわたくしたちを全部受け入れてくれる国はあるのかしら?」
ナイスお母様!それは思います。そうですよね。土地はないといけないし――と問題だらけですよね。
「心配性だな、マイハニー。数年前より隣国と水面下で協議している。この国の王家はそのことにも気づかないのさ。もう、堕ちるとこまで堕ちているね。私たちが亡命した後には、この国は潰れるんじゃないか?」
お父様、手回しいいし。王家はボンクラなんでしょうか?気づかないなんて。
「では、思い切って領民ごと隣国に亡命いたしましょう!」
思い切りがいいですね、お母様……。
「お父様、領民にはどのような土地が与えられるのでしょうか?」
「それなんだが、開墾からになるけど――それでも亡命したいって領民の意見だった」
領民にまで嫌われてるのか。どんだけ嫌われてるんだか……?
「私たちは平民になるのかしら?」
私は刺繍で身を立てていくつもりだったからドキドキ訊ねた。
「あー、それなんだけど――マリー、隣国の王太子妃になってくれないか?」
「なんですとー!!」
「マリー、淑女がはしたないですよ!」
お母様、そんなことを言っている場合じゃありません。
「隣国の王太子はなぁ。この国の王太子と違って、眉目秀麗・才色兼備。容姿も性格もいいんだ。王の資質も十二分にある」
「――私はまた王太子妃ですの?」
「王太子妃に不満があるのか?」
「てっきり市井で働けるものだと思っていたので、驚いています」
「僕は何をすれば?隣国に亡命して、政府の中央には入れないでしょう?」
「ふっふっふ、父を甘く見るでない!父の力でお前は次期宰相だ。俺は一文官だけどね。それでも、爵位は侯爵だし不自由はない」
わーお、お父様が黒い!今までとあんまり変わらなく生活できるってわけか。社交に出たら、大変そうだなぁ。『亡命した分際で……』 みたいな?
あとは亡命してから考えよう、私は疲れた。
こうして私は侯爵令嬢として隣国の王太子に輿入れした。
(うーん、祖国のブ男と比べるまでもなく男前で、性格もいい。馬車から降りたときにいきなりエスコートしてくれたあたり、◎)
「貴女は王太子妃教育を亡命前の国で10年近くしているそうだから、妃教育もあまり必要ではないでしょう」
「いえ、この国の歴史とか文化とかそういうのはからっきしですので、わからない分野を教えていただきたく存じます」
「教養もあり、慎み深いのだな。本人の希望という事で、苦にならないよう教えよう」
「有難き幸せ」
うーむ、これで裏の顔とかあったらすっごく残念だ。
「マリー、この国の王太子だが僕は宰相として支えようという気になるよ」
お兄様が言うのだから、裏表がないのかな?
「わたくしは王太子様に裏の顔がないのかと思ったのです。外面はいいけど、内面は口が悪いとか――」
「マリー、口が悪いとかなら可愛いもんじゃないか!父上だって腹黒いんだから、政をする以上多少の腹黒さはやむを得ないよ」
多少は許せるんですけどね。これで妙な性癖があったらどうしよう?二人の時だけ口が悪いとかは、私だけの特別感があって逆にドキドキですけど。
私は王太子宮で生活するようになった。陛下曰く、「好きな時に里帰りしていい」そうです。本当に至れり尽くせり。明日は王妃主催のお茶会――という名の私のお披露目です。流石に緊張します。私付きの侍女も緊張しているようです。恐らく、口撃してくるんでしょうね。「亡命してきて浅ましくも王太子妃なんて」とかを遠回しにネチネチと言われるんでしょう。それを華麗にかわせるかが私の真価が問われるんですね!
当日
服装よし、髪型よし。いざ戦場(お茶会)に参らん!
「あら、主役は遅れて登場かしら?」
えーと、元婚約者候補で、公爵家の令嬢でいらっしゃる方でしたね。
「遅れまして申し訳ありません。まだ不慣れで、王城で道に迷ってしまって……」
「子供のような言い訳ね」
ハイ、スイマセン。本当に迷ったんです。
「初めまして。王太子妃のマリアーシャと申します。よろしくお願いいたします」
色んな人から挨拶されたが、顔と名前なんてそんなに簡単に一致しません。あと5回くらい会えば覚えるでしょう。
「亡命してこちらの国にいらしたのよね?」
「はい。そうですが?」
「領民を捨ててくるなんて貴族として恥ずかしいわ」
「――領民も総出で亡命してきましたが?領民は新しい領地を開墾するところからのスタートになってしまいますが、領民の希望で領主たる我が家の亡命についてくると」
「……」
流石に黙ったか。これはねー。
「いつの間に領民の意見を集約していたの?」
流石王妃様からの切り替えし、
「これにはわたくし達家族も驚いたんですけど、お父様が領地を視察の度に町や村の領民の意見を聞いていたそうです」
「あら、それは大変だったわね」
王妃様は口元を扇子で覆うような仕草をする。
「お父様が大変でした」
「貴女のお父様は人望があったのね、領民ごと亡命なんて初めて聞いたもの」
「皆さま!お茶会ですのよ?お茶を楽しんでいるかしら?」
ハッキリ言ってそんな余裕はない。
「アラ、私に用事が?王妃様すみませんが、王太子様より急ぎの用事があるようでここで中座させていただきます」
「またお茶会にいらしてね」
王太子様の急ぎの用とはなんでしょう?
「ああ、マリー。今日も可愛いね」
「恐れ入ります。急ぎの用事とはなんでしょう?」
「王妃様のお茶会、面倒だったろう?それから抜け出す口実にね」
そう言って、王太子様はウインクを飛ばしてきた。
「それで、本命の要件は?」
「そうそう、市井で流行っているらしいんだ。婚約している相手に指輪を送る。結婚しても送るようだけど。2つだよ?無駄が多いよね(笑) とりあえず左手を出して?」
私は左手を王太子の手に載せた。
「ちょっと待ってね。確かポケットに……」
そして、彼は小箱を探し当て私の左手の薬指に指輪をはめた。
「アレ?緩い?予想よりも貴女の指は細いようだね。調整しよう。というか、指の細さを計ろう!」
あれよあれよと指を計られて、指輪は調整に出された。
時間が経つのは早いもので――王城・バルコニーで王太子妃のお披露目をするようです。
王太子が私の左手の薬指に指輪をはめると――
「「王太子、万歳!!」」
「「王太子妃、万歳!!」」
と、コールが響いた。
この準備のために朝早くに起こされ、風呂に入れられ、マッサージにエステなど頭の先から爪の先までケアされて、バルコニーではいつ倒れるかと思っていた。正直眠い。
ドレスは重いし、コルセットはキツい。遠くからは見えないのに……。
――それでも「王太子妃様、美人~」とか「王太子妃様、キレイ」とかいう声を聞くとちょっと嬉しくなってしまう。
逆に「亡命してきた分際で」とか耳にすると、発言者を呪いたくなる。そんな発言をできないくらいの実績を作れば問題ないでしょ?私にはできる!
「さ、俺ももういいよな。もう猫かぶんないぞ」
王太子が‘王子様’の仮面を脱いだ。
「はぁ、やっぱりそんなもんですよね。でも、ブ男よりずっと優秀ですしいいわ。外交時とかは仮面をつけてくださいね」
「もちろん。お前もだろ?」
「そうかなぁ?そのつもりはないんだけどなぁ?」
「まぁ、ギャップは少ないな」
――所謂初夜にあたります。
しかしながら、今朝から色々施された私は正直それどころじゃない。眠い!
「眠いので、明日以降でお願いします」
「色気ねーな」
「色気を求めるなら娼館にでもいってくださいな」
「俺の子種は安くねーんだよ」
「はい、そうですか。おやすみなさい」