この世界に魅力を感じない俺に、進路の選び方を教えてくれ
思えば俺の憧れてきたものは、どれもこれも、この世界には存在しないものばかりだ。
ヒーロー、人型ロボットのパイロット、モンスター使い、大賢者……。
憧れてもどうにもならないものにばかり、夢中になってきた。
物語世界の職業に比べたら、現実世界の職業は、どれもこれもぱっとしない。
むしろ、ネガティブなイメージしかない。
過労、社畜、ブラック企業……世間に溢れるワードからは、嫌な未来しか想像できない。
こんな絶望的な社会の中で“なりたい職業”も何も無いものだ。
バイト面接の履歴書を書いた時、“志望動機”という欄で、一度手が止まった。
結局、「バイトの目的に、そんな高尚な理由なんてあるわけないだろう」と、正直に「趣味に使う金が欲しいため」と書いた。
特にそれを指摘されることもなく、面接は無事に通ったが……バイトならともかく、就職活動という“本番”で、そんな志望動機が通用しないことくらい、俺にだって分かっている。
ドラマやCMの面接シーンで、就活生たちは、それはそれは立派な志望理由を述べている。
だが……俺には正直、それを思いつける気がしない。
だって、俺はこの世界の職業に、何ひとつ魅力も情熱も感じていない。
そもそも本気で志望しているわけでもないのに、ありもしない志望動機をひねり出せと言う方に無理がある。
高校を選ぶ時も、大学を選ぶ時も、得意科目や偏差値という“目安”があった。
文系か理系か、自分の学力に見合う学校はどこか――その先にある“将来”などロクに考えもしないまま、目先のことばかりで進路を決めてきた。
だけど今、大学の就活カリキュラムが始まって……俺は途方に暮れている。
なりたい仕事のジャンルも定まらないまま、今まで耳にしたこともなかった専門用語ばかり、ポンポン聞かされて「職種と業種って、どっちがどっちだっけ?」と、初歩の初歩から混乱している。
他の皆は、こんな状況に戸惑いも無く、スッと就活モードに入れるのだろうか。
正直、俺はついていける気が全くしない。
きっと俺は、だいぶ早い段階から、人生設計を間違えていたのだろう。
この世界に存在しない、架空の職業にばかり憧れていないで、現実に目を向けるべきだった。
……とは言え、もし過去に戻れたとしても、結局俺は「何にどう目を向ければ良いのか分からない」気がする。
社会科見学や職場体験学習の、ほんの短い間に“憧れ”が見つかるものだろうか。
隣近所や親戚の中に“理想の職業”が転がっているものだろうか。
一体皆、どこで“希望の就職先”を見つけてくるものなんだ?
アニメが好きならアニメ関係の仕事に、ゲーム好きならゲーム会社に……なんて、簡単に言ってくる人間もいる。
俺だって、考えなかったわけではないが……結局のところ、ユーザーとして楽しむのと、創り手側に回るのとでは、話が全く別だろう。
胸躍るエンターテイメントにだって、その裏にはシビアで過酷な“現実”が隠れている。
傍から見ているだけでは想像もつかないその“現実”に、心が折れずにいられる自信が無い。
だいたい入る時点からして、厳しい競争が待ち受けているだろうに……それを勝ち抜いていくだけの覚悟も気力も無い。“創る”という行為に、俺はきっと、そこまでの情熱を持てはしない。
そもそも俺には、何があるのだろう。
自己分析しようとするたびに、自分の空っぽさに凹む。
架空の世界に時間をつぎ込むばかりで、現実の世界で何ひとつして来なかった自分に、今さらながら気づいてしまう。
履歴書の自己アピール欄のあまりの白さに、今さら青ざめて、絶望する。
思えば俺は「いつか社会に出る」ということを、ちゃんと直視して来なかった。
まだ先のことだからと、向き合うことも考えることもダラダラと先延ばしにして、楽しい“今”を貪ってきた。
そもそも「社会に出る」というのがどういうことなのか――学校生活とはあまりにかけ離れていて、想像もつかなかったし、実感も湧かなかった。
ギリギリの瀬戸際になった今でさえ、ちゃんと分かっているのか、正直怪しい。
校舎を出て、キャリアセンターまでの道をトロトロ歩きながら、なぜこの空にはドラゴンが飛んでいないのだろうか、と思う。
ビルの合間から巨大ロボットが出現することも、物陰からヒョコリとモンスターが顔を出すことも、足元にふいに魔法陣が浮かび上がることもない。
幼い頃から溺れるほどに与えられてきた夢物語は、あまりにも刺激的で、魅力的過ぎて……平凡で無機質な現実とのギャップに、何だか心がついていけない。
皆、どうやってこれに折り合いをつけているのだろう。
思えば俺が架空の物語にハマっていったのは、現実から逃避するためでもあった。
上手くいかない現実を忘れて、夢の世界に浸ることで、雁字搦めの心を一時解放してきた。
きっと俺は元から、この現実世界が、あまり好きではない。
どうやって好きになったら良いのか、分からない。
たぶん“なりたい職業”は見つからなくても、適性だとか条件だとかで、何となく進路を絞り込むことはできるだろう。
スケジュールの都合もあるし、そもそもエントリーシートの段階で篩にかけられるのだから、自分で選ぶまでもなく、勝手に道は狭められていくのかも知れない。
だが「これで良いのか?」という違和感が拭えない。
下手をすると、これから何十年もつき合っていく“仕事”なのに……こんなに、やり甲斐も情熱も見出せないまま「何となく」で就いて良いのか?
それとも、下手な希望など最初から抱かず、金や生活のためと割り切って働くのが正解なのか……。
答えは何も見つからないまま、それでも、リクルートスーツにビジネスバッグと、就職活動の準備だけは着々と進んでいく。
自分の意思で進んでいるというより、ただ周りと同じに、得体の知れない大きな流れに流されていくようだ。
本当は、こんな風に流されていたくなどない。だが、元の場所に留まり続けることもできない。
嫌々ながらもキャリアセンターに通い、業界情報のファイルを直感だけで選んでは、ピンと来なくて棚に戻す。
こんな風に何も決められず、ぐずぐず迷っている間にも、時間は進み、活動のタイムリミットは迫って来る。
おまけにその間も、授業の課題やテストが免除されるわけではない。あまりの忙しなさに、気が遠くなる。
思えば中学生くらいの頃から、ずっとこんな風だった気がする。
“やらなければならないこと”に追われ、ちゃんと物を考える暇も無いまま、ただ流されて、気づけば歳をとっている。
何かを身につけられたわけでも、何かを手に入れられたわけでもない、空っぽなままの自分が、年齢だけを重ねていく。
人間の一生とは、こんな風に、ギチギチのスケジュールに縛られて、流されて、気がつけば過ぎていくものだったのだろうか?
出来合いのテンプレートをなぞらされているだけで、自分の人生を生きている気が、まるでしない。
だが、そのテンプレから外れてしまえば、普通に生きていくことさえできなくなりそうで、恐ろしい。
雁字搦めの現実。夢物語に逃げ込みたくなるのは、むしろ当然のなりゆきだったのかも知れない。
気づけば、もうだいぶ長いこと、俺はこの世界に夢を見られていない。
この世界には、刹那的な娯楽はあっても、長く持ち続けられる“夢”が無い。
自由さが無くて、希望も無くて、夢の見方が分からない。
こんなにも魅力を感じない世界で、俺はこれから残りの一生を、どう消化していけば良いのだろう。
知りたいのは、“就くべき仕事”などという目先のことでなく、むしろ、もっと大きなもの――この先の人生の“方向性”なのかも知れない。
この世界に夢を見る方法を……この人生に魅力や生き甲斐を見出す方法を、教えて欲しい。
無理矢理作った薄っぺらな志望動機なんかじゃなく、本当に本気で何かを目指せる“理由”が欲しい。
やりたくもない仕事のために、偽りの志望動機を、さも本当のことのように語るのは、考えただけで気が滅入るから……。
今日もまた、結局何も決められないまま、モヤモヤした迷いをそのままに、帰途につく。
ドラゴンがいないと分かりきっている青空を、それでもぼんやり見上げては、そこに何かを探している。
そこに俺の欲しい答えや、俺が見逃しているこの世界の魅力の欠片でも浮かんでいないかと、駄目で元々、探している。
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