0.二人
白の街、セフィラ。
その中心に建つ教会の聖堂で、一人の少女が祈りをささげていた。聖堂内にある神像の前に跪き、手にはセイント教の象徴である四辺内十字架を握りしめている。その身を包む純白の祭服にも、いたるところに同様の模様や意匠が込められているのが見て取れた。
「主よ…か弱き我らをどうかお導きください…」
一心に、ただただひたすらに神への祈りを込める。時に言葉となって口から洩れるその祈りは、あまりにもまっすぐであり真摯なものだ。私欲や雑念など今の彼女の中にはない。ただ、感謝と敬愛の祈り。それのみを純粋に捧げ続けていた。周囲は静寂に包まれ、彼女の呟きのみが時折小さく響く。
しかしその静寂を、軋んだ扉の音が破った。
少女が顔を上げれば、聖堂の入り口の扉が開いていた。この聖堂は立派ではあるがそのぶん古い。大きな扉は開けるたびに、悲鳴のような軋んだ音を意図せず上げてしまうのだ。そしてそこには、扉を開けた人物がきまり悪げな様子で立っていた。
「あー、すまない。祈りの邪魔をしてしまったか」
「ふふ。いいえ、大丈夫です。戻っていたのですね、クロノさん」
謝るその人物に、少女は小さく微笑みながら答えた。立ち上がった拍子に髪が踊り、その白銀の輝きを反射する。名前を呼ぶ涼やかな声には、紛れもない親愛と安堵の情が込められていた。
「…ああ。つい今しがた戻ったところだ。挨拶しようかと思って探していたんだが…邪魔してしまってはダメだな。すまない、セシリア」
少女に対し、相手もまた小さく微笑みながら肩をすくめた。その際、腰から吊っている剣が僅かに金属音を鳴らす。少女とは正反対に漆黒の外套に身を包んだその姿は、お世辞にも神聖な聖堂には似つかわしくない。くすんだ黒い髪も土埃によってか汚れており、どう見ても優しいとは言えない鋭い眼光や冷たい容貌と相まって、ますます聖堂や教会には合わない様相を呈していた。唯一、首から下げられた四辺内十字のロザリオだけが彼の中で教会と結びついている。
しかし少女―セシリアはそんな青年の容姿や身なりを気にすることなく歩み寄り、その首のロザリオを手に取った。小柄なセシリアに合わせて青年―クロノも身をかがめ、その場に片膝をついてその行為を受け入れる。やがてロザリオが一瞬光輝き、セシリアの手から離れる。
「おかえりなさい、クロノさん」
「ただいま、セシリア」
白の聖女・セシリア=ホワイト。
黒の騎士・クロノ=ルシフェイル。
これは彼女と彼、二人の数奇な運命の物語である。