恋バナしちゃいました。side story
久しぶりの投稿です。
サイドストーリーになります。
sideサルーン
レイチェルは苦しそうな表情で1人、舞台の真中に立っている。
話を聴きながらレイチェルと初めて会った時の事を思い出した。
まだ何も見ようと、考えようとしていなかった日々。
そんな日々の中で唐突に突きつけられた俺の知らない現実。
俺は何でも知っている気になっていた。
獣人族に対して…奴隷に対して何かを思った事など無かった。
犬としか…。
人と認識してすらいなかった。
獣人族は犬の中でも珍しい…そんな認識しかしていなかった。
箱が回ってくる。
恐る恐る手を入れると、柔らかい何かに触れる。
思わず手を引いてしまったが、己に言い聞かせて中の物を掴む。
最初は生き物かと思ったが、全く体温を感じない事から生物ではないと推測した。
そこからは冷静に箱の中の物を触る。
フサフサしていて耳があり、犬の形の様に思う。
ぬいぐるみではないかと予想した。
箱を隣に座っているサルーンに渡す。
サルーンは箱の中に手を入れるのを怖がっていたが、覚悟を決めた顔をすると勢いよく手を突っ込んだ。
ゆっくり息を吐きながら中の物を確認している。
サルーンから目線を外し他の列の生徒を見ると、みなが手を入れる事に恐怖を感じている様子が目に映った。
その様子が何故だか可笑しかった。
普通に考えて、箱の中に危険な物が入っている訳なんてないのに…。
レイチェルがそんな事をする訳ないと分かっていても、見えない、何なのか分からない何かに触れるという事はこんなに怖い事なのかと…。
レイチェルの話を聞きながら改めて考える。
俺はあの頃、こんな俺になっているなんて全く想像できなかった。
他国で平民と一緒の席に座り、見た事すらなかった種族を目の前にしているなんて…。
1人の女の話に熱心に耳を傾けて胸を痛めるなど…。
隣に座るサルーンだって同じ筈だ。
俺の隣に座り、熱心に他国の子供と言える年齢の女の話を聞いている事なんて想像していなかっただろう。
あの日、レイチェルに出会って…。
あんなに衝撃的だったのは何故だろう。
小娘ごときに何を言われても俺は気にならなかった筈だ。
母親に何かを言われてもただ醜いとしか思ってこなかったのに…。
言葉だけではなく、痛みを体感したからだろうか…。
今日の様にレイチェルは話だけではなく俺達の感覚に訴えてくるから、あの場に居た大人達も膝を折り、涙したのだろうか…。
また視線を戻して隣のサルーンを盗み見る。
俺の視線に気づいてサルーンが振り向く。
声は出ていないが口の形で何と言っているのか分かる。
「どうかしましたか?」
その顔を見ながら低く抑えた声音で応じた。
「お前は…何故一緒にこの場所に居続けてくれる?」
初めは一年の予定だった。
サルーンの父親のアルフレッドの配慮もあったのだろう。
サルーン自体も興味があったからかもしれない。
しかし、もう三年目となるとそれだけでは長いと感じる。
もう国で仕事に就いていて可笑しくない年齢になっている。
アルフレッドに付いて他国を渡り歩いていても可笑しくない。
サルーンは少し驚いた顔をした後、口元を押さえた。
「クスクスッ」
笑っていると気づいて思わず睨んだ。
「急にどうしたんですか?」
心底可笑しそうな声音と笑顔を向けられる。
俺の真剣な顔を見た後、思い直した様にサルーンは笑顔を消すと話し始めた。
「何故…ですか。うーん。此処で学ぶ事が何処で何をしているより有意義だと感じるからです。そして、サルーン様の隣に居れる事は私にとって、とても幸せな事なので…。日々、感謝しながらこの場所に座らせて貰ってます。」
「国に…帰りたくはならないのか?」
「この前も帰ったじゃないですか。それに世界中探してもこんなに勉強になって、楽しい場所無いのはサルーン様もご存じじゃないですか。何故今更そんな事聞かれるんですか?」
サルーンから目線を壇上のレイチェルへと戻す。
サルーンへの質問の答えを聞いても、納得出来ない部分もあった。
確かにここで学ぶ事全てが、世界中の何処にいるよりも有意義で貴重な事だと思う。
学びたいと思っているならば。
兄や姉のように他の国やクリスタ国への顔繋ぎの為ならば一年通うだけでも充分過ぎる成果があると思う。
俺以外の兄弟はみな一年で学園を去った。
この学園を卒業したというだけで今は世界中で注目される。
何処の国の社交界でもこの学園の話題でもちきりだそうだ。
それでなくてもクリスタ国は、ここ近年で話題にあがらない事がない国なのだから。
壇上のレイチェルは必死な様子で話を続けている。
他種族、亜人。
あの日から変わったと思っていたけれど、獣人族以外の種族を目の前にすると構えてしまっている自分自身を自覚して恥ずかしかった。
アーサーやテトと知り合って、他種族に対する認識が変わったと思っていたが…
アーサーとテトは自分と似た見た目だから抵抗がなかったんだと今は思う。
魚人族は自分達と見た目が大きく違うので獣人族やエルフ族より緊張してしまう。
話しかける事すら躊躇ってしまう。
彼らのまとう独特の空気のせいもあると思うが…。
レイチェルが魚人族の彼を抱きしめていたのを見た時は思わず喉が鳴ってしまった。
この説明出来ない感情はなんなんだろう。
必死に恋の話と言い出すレイチェルに俺の心臓が激しく脈打つ。
レイチェルにはまだ婚約者が居ない。
しかし、アーサーと恋人同士を演じるという。
今日、食堂での2人を見た時…胸が苦しくなった。
俺はいつもレイチェルの前に立って恥ずかしくない俺で居たいと思っている。
それはどんな俺なのかといつも自問自答している。
レイチェルはいつもいつも遥か先を見つめて進んでいる。
そんな彼女の視界に俺は入っていないと思う。
前だけ見ているそんな彼女にこれ以上置いていかれたくない。
今は視界に入っていなくてもいつか何かあった時に支えられる男になりたい。
振り返って目を向けられた時、顔を逸らしてしまう様な行いはしたくない。
それがどんなに難しい事なのか今日だけでも嫌という程わかってしまう。
彼女の綺麗な空色の瞳は、広い広いこの世界の空の様に綺麗で果てしないから。
side
私はフカフカで今まで座ったどの椅子より座り心地の良い椅子に座って前を見る。
耳まで響いてくる自分の心臓の音をどうにか落ち着かせようと深呼吸をしながら手汗でびちょびちょになっている手をスカートの裾でぬぐった。
念願だった学校に入学して、絶対何がなんでも入りたかった世界向上クラブに今私は参加している。
あまりの人気で教室に入りきれずに初めて学園のホールなる場所に足を踏み入れた。
幼馴染のメルも隣でそわそわ落ち着かなさげに椅子に座っている。
メルが私の視線に気づいて目が合うとぎこちなく笑った。
私達の生活はここ数年で目まぐるしく変わった。
お母さんとお父さんも、周りの大人もみんなが口を揃えて言っている。
世界中が変わったっと‥。
文字が読めなかった私達は文字を読み、文字を書き始めた。
農家の家に産まれたなら、農家を継ぎ野菜を作る未来しかなかった。
でも、そんな決められた未来はこの三年で変わった。
農家の子供でも、商会に勤めたり、薬屋になったり、ご飯屋さんになったり…なりたい仕事や興味のある仕事に誰でも就ける。
私の兄は学校に一年通った後、近所の本屋で働いている。
大好きな本に囲まれて毎日本当に楽しそうだ。
お母さんもお父さんも兄も誰もが楽しそうだ。
私も楽しい。
兄や周りの人から話を聞くたびにこの学校に早く通いたくてしょうがなかった。
目の前の小さな少女が私たちの世界を変えた人だなんて…
とても綺麗でそこに立っているだけで自然に目が釘付けになってしまう。
綺麗な見た目だけではなく、雰囲気?が独特な気がする。
レイチェル様の笑顔にホールにいる人全てがドキっとしたみたいに空気が動いた。
恋愛について話すレイチェル様。
恋愛の話は貴族の人より私達庶民の方が身近な気がした。
貴族の様に政略結婚で婚約者が決まったり、親が決めたりせずに殆どの人が恋愛結婚だ。
たまに近所の人にお世話されて…なんて聞くけど見合いというより、元々の知り合いである事が多いので、そこまで堅苦しくない。
離縁する人も稀だ。
でも酒癖が悪くて…などで離縁した家族を知っている。必ずしも結婚して幸せである訳じゃない…。
近頃流行っている、小説の中の様な種族差のある恋愛なんて現実では見た事なかった…。
でも、今日学園に来るだけで耳に入ってきた話でメルときゃーきゃー騒いでしまった。
舞台に、上がっている獣人の男の人と平民のレイという子が付き合いだしたらしい!
凄いラブラブだとちょっと学園を歩いているだけで耳に入ってきた。
私は獣人を初めて見た。
エルフも物語の中の妖精と同じ位現実的ではない。
会場全体がソワソワしているのが伝わってくる。
レイチェル様に獣人との種族差恋愛について聞く勇気のある人が現れた!
会場全体がより一層熱を帯びた様に感じた。
レイチェル様は質問されて自分の考えを話し出す。
その話を聞くとこの方は本当に色んな事を考えていてそして、私達に教えようと、伝えようとしてくれているのが分かる。
私達は教えられている。
世界を変える人、世界を変えている人に。
でも、後で知る事になる。
私達も世界を変えれる事に。
この学校、学園に在学した全ての人が世界を変えていく事を。
始まりは全てこの少女からだったという事を。
空色の瞳の少女の想いが全ての人の頭上にある空の様に広がっていく事を。
その人の名前はレイチェル・サン・ヴィクトリア。
長く続く大陸史に一番多くの名前を刻んだ女の子の名前だ。




