家族
「いってきます、丹留守をお願いいたしますね。それから羽黒も今日は伊吹夫妻に宜しくお願いしますね」
羽黒とは最近駒千が伊吹夫妻の巡回のために造り出した新しいカラスの式神だ
今までは何かと丹がメインであとはその場に応じて長くは持たない式神を使役していたがやはり負担が丹だけに偏るのはよくないと思い直し、最近新しく造り出したのだ
1度に2つも使役するにはかなりの霊力を消耗するのだが、もとより駒千の霊力は年々溢れんばかりに増す一方でもて余しているので丁度いい
「お披露目の日取りも決まったのだからもっと華やかな式神を造ればいいのに」
丹は新人の式神に焼きもちを焼いているようだった
「伊吹夫妻の元に通わせるには目立たないほうがよいでしょう?」
伊吹夫妻の愛の巣は相当な山奥だ
妖はもちろん珍しい薬草も生息しているらしく定期的に貴重な薬草や木の実を煎じた霊薬を届けてもらっているのだ
変わりにこちらからは日用品や消耗品を届けている
こうした霊薬は妖の病や傷を治療できる万能薬なのでありがたい
「それでは、夏季講習にいってきますね」
セーラ服のスカートを翻して駒千は楽しげに学校に向かったのだった
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駒千は学校では至って普通の高校2年生
学校は駒千にとっては陰陽師も式神遣いでもない面倒なしがらみを解き放ってくれる心のオアシス
「こまー!久しぶり~相変わらず白いね」
「ゆまちゃん久しぶり。ちょっと焼けた?」
都優麻は身長164センチのショートカットのよく似合うクラスメイトだ
陸上部の棒高跳びの選手で、駒千とは1年の時からの親友だ
「夏休み中もずっと親戚のおじさんのお手伝いなんだ?」
「んー、そんな感じかな。まぁ私も好きで手伝ってるからね。居候の身だし」
優麻には森羅のことをなんとなく話してある
親元を離れて暮らしているという時点で優麻は気を使って深くは聞いてこないので助かる
「でも、たまには親御さんのところに顔出したりするでしょ?もうすぐお盆だしねー」
そういえばすいぶん身内とは会っていない。数年前、転勤族だった父親は功績を認められ正式に本社勤務となり郊外に念願のマイホームを購入したと年賀状で知った
一度遊びに来なさいと何度も誘われいるのだがやはり複雑で断り続けている。一般人の両親には術者の駒千は特殊で特に母親とは10年も会っていない。父とは半年に一度ほど。都内の大学に通う兄とは時々会っている。
「もうお盆なのかーなんだか時間がたつのが早いよ」
「来年は受験生だし今年のうちのちょっとは遊ぼうよ。夏休みの間ずっとお手伝いじゃつまんないよー」
優麻が可愛くむくれる
来年は高校生活最後なのかと思うと感慨深い。優麻は体育大学を狙っているといっていた。駒千は大学には行かず本格的に術者として本腰を入れて取り組むつもりだ
年明けのお披露目に合わせて千終との婚約も進める
「そうだね。予定決めてまた遊ぼうよ」
こうして優麻とも卒業したら気軽に遊べなくなるのは寂しい
夏休み中の夏期講習は自由参加で午前中で終わる
優麻は午後から部活と自主練をするためお昼を持参していた
(なにか食べて帰ろうかな)
校舎を出るとちょうど日差しは真上に来ていた
夏の日差しは厳しく、熱中症になる前に帰ろうと山崎亭へと足取りをきめる
校門わきにうずくまる少年がいた
小学生中学年くらいだろうか
真っ白なシャツに黒のハーフパンツはどこか懐かしく見覚えがある
「大丈夫?具合悪いの?」
声をかけると少年は駒千を見上げる
色白で幼い顔立ちはやはり誰かに似ている
「翠川さんですか?翠川、駒千、さん!」
少年の顔はパッと華が咲いたように明るくなる
「ここだと暑いから場所を移しましょうか」
*****
駒千と少年は駅の近くの甘味処にきていた
時々優麻とくるお気に入りの店
2人は冷たい甘味と飲み物で涼みながら話す
「僕、翠川奈津です。兄は佑衣」
佑衣は駒千の兄の名前だ
それに奈津という名前にも聞き覚えがある毎年
律儀に家族の名前入りで、年賀状が山崎亭に送られてくるからだ
つまり少年、奈津は駒千の弟にあたる
奈津が生まれる前に八代に引き取られたのでそれっきり母親と当時お腹にいた弟には会えていなかった
「私は奈津君のお姉さんの駒千奈津とは初めまして、だよね?私に会いにきてくれたの?」
奈津が来ているシャツやハーフパンツは兄の佑衣が着ていたものなので懐かしく感じたのだ
元々良い物なのだが、数年たっても状態がいいのは佑衣自身も優等生でやんちゃなタイプではなかったのと、母の百合音が物を大切にする人だったので状態が良い
「僕、姉さんがいるなんてずっと知らなくて…お正月にきた年賀状で名字が同じなので父さんにしつこく聞いて知りました」
駒千の事情は複雑で語るには時期をみたのかもしれない
あの頃の駒千は一般家庭の夫婦には荷が重すぎた。駒千自身も自分の力をもて余していたしコントロールできなかった時期だ
母親に愛を求めるより先に力を見せつけて構ってもらいたかった
転勤も多く、友達もできず、母を遠く感じ、特異な力だけが慰めで…
八代に出会ってからは少しずつ力にも向き合えるようになったし、森羅のおかげで別の世界を知ることができた
「私は、小さい頃にある人に引き取られて、今は修行の身なの。詳しくは言えない決まりだから…」
言葉を選びながら伝える
「父さんも同じことをいってました。姉さんがいるって知って嬉しくて…兄さんは僕に厳しいから。だから会いたくて父さんにお願いしたけど、駄目だって」
「だから、わざわざ会いに来てくれたんだ」
「はい…迷惑でしたか?」
「ううん、嬉しい。次からは父さんや佑衣兄に伝えてね。やっぱり1人でくるのは危ないし心配だから。私からもお願いしてあげるから、ね?約束」
駒千が微笑むと、奈津は嬉しそうに頷いた
「お母さんは元気?私に会ったことは内緒ね」
「はい、今はハンドメイド作家として活動してます。ネットにお店があって人気なんですよ。自宅でも時々教室を開いたりしてます」
昔から手先が器用な人だったことを思い出す
それから2人は2時間ほど談笑して、日差しが西日に変わると佑衣が店にかけこんできた
奈津をひどく叱っていたが、それを駒千がなだめ、今後は父に許可を貰う事。そして佑衣についてきてもらう事を約束させ、佑衣を説得させて場を納めた
帰りに駅のホームまで2人を見送る
「佑衣兄、私、お披露目が決まったの」
術者の事は一般的には伏せられているが佑衣兄や父などは関係者なので、山崎が駒千を引き取る時に話をつけてある
「お披露目って、1人前の儀式だっけか」
「それと、婚約もあわせて発表するつもりみたい。山崎先生が父さんにまたちゃんと話をしに行くって」
「婚約って…まだ17だろ!?」
「私がその生業で生きていくには、身分や家柄が必要だから。結婚はまだまだ先だよ。術者の中には10年ぐらい婚約してる人もいるから」
「そうなのか…」
夕暮れが空を染めはじめる
「今度。実家にも遊びにこいよ。母さんも待ってる」
「それは…まだ無理。かも、」
「わかった。また食事にいこう、あと、婚約する男にも合わせろよ。家柄が立派だとかどうでもいい、俺が見極める」
「わかった。また来て」
珍しい町並みを駆ける子犬のような奈津を引き連れて、佑衣は電車に乗り込んだ
別々の道を歩む兄と妹の運命は変えられない
離れていても、いや、離れているからこそ成り立つ家族もまたここにひとつあるのだった。




