一 つかれている 5
温かい手だった。
私が寒いからそう感じたのかもしれないけれど、先輩の掌からボウッと熱の塊みたいなのが出てる気がした。すごぶる体調は悪いけれど、憧れの先輩に触れられて、私の鼓動はとても早くなっていた。おまけに、
「目を瞑れ」
え?
何で?
シチュエーション次第では心臓打ち破りものの指示を出され、戸惑いながらも橋本先輩が言うように、そっと瞼を閉じた。
パッパッと何かを肩にかけられ、顔にも当たったので、つい目を開けてしまった。
「な、なんですか?」
肩には白い小さな結晶にような粒状のものが散らばっていた。
これ……――。
自分に振りかけられたものが粗塩だとわかり、私はハッとして橋本先輩を見た。
「一番簡単な方法だ」
橋本先輩は、誰にでもできる除霊を私にしてくれたのだ。
私に何か憑いているのを感じていたのかもしれない。
「家に戻ってもまだおかしかったら、《《そういうところ》》に頼めばいい」
橋本先輩はそれだけ言うと、到着したバスに乗り込んで行った。
……そういうところって、つまり、お祓いするところよね?
「大丈夫? 急に塩とかかけちゃって、あの人おかしいんじゃないの?」
先輩がいなくなると、悠里がすかさず寄って来て、私の髪や顔についた塩を払いのけようとしてくれた。
「……あ、大丈夫だから」
それが嫌で、つい反射的に悠里の手から逃げてしまい、ちょっとムッとした顔をされた。
「な、千尋のやつ、山城に何話しかけてたんだよ?」
そこへ、遠巻きに見ていた部の堀 健吾先輩が声をかけてきた。
彼は橋本先輩と小中学校が同じだったという、雄一、橋本先輩を下の名前で呼ぶ三年生だ。
「たぶんなんですが、お祓いみたいなものかと思います」
「は?」
と怪訝な声を上げたのは悠里だ。
「へぇ。マイ塩持ち歩くなんて、やっぱあいつは変わってるな」
堀先輩は愉快そうに、地面に散らばってる塩を見て言った。
「でも、気のせいか、体の寒気や頭痛や肩コリがなくなりました」
気のせいなんかじゃない。
この数日、ずっと重たかった肩から、スッと何かがとれたように楽になったのだ。
バスの中で、なぜか私の隣に座った掘先輩が橋本先輩の事を話してくれた。
「あいつ、昔はもっと明るかったんだよな」
「そうなんですか?」
今も、暗い、というより周りとの交流を遮断して自ら孤独の中にいるって感じだ。
そもそもそんな人が部活動をしてるなんて不思議だけど。
弓道だけはしたかったのかな、と勝手に思っていた。
それに、橋本先輩の※「離れ」の美しさは際立っている。
見学にお邪魔した時。
先輩の、矢を射った後の右手の指、弓を持った左手の動きの美しさが目に焼き付いて離れなかった。
それを見て入部を決めたくらいだから。
達人的な実力からも、小さい時から弓道を極めた人なのかな、とも思っていたけれど、
「千尋は、小学生くらいまでは野性的だったよ。皆より活発に外で遊んで木登りとかもしてた。運動神経はずば抜けてたな。でも弓道は俺と同じ高校に入ってから始めたみたいだ」
そうではなくて、もっと違う能力に長けていたという。
「予知、みたいなことできたんだよ」
※矢を射ること