ひと を 呪わば穴ふたつ 18
俺自身には何も変化は起きなかった。
陰陽師・滋岡川仁にかけられた呪いは、一千年以上の時を経ても解かれることはない。
「橋本先輩……」
この時、何か感じたであろう山城リリが、俺の方を見て――正確には俺の背後のいる何かを感じて――青ざめた顔をしていた。
厳かで研ぎ澄まされた時間は、現世の邪気だけでなく、千年に渡る恨みも浮き彫りにしたのか、霊感のある俺と山城は、悪の渦をもろに肌身に感じて祓いが終わっても暫く現実には戻れなかった。
「これはこちらでお預かりして適切に葬りたいと思います」
呪われていたブツが、ようやく俺の手から離れた。
……ホッとした。
御社殿を出ると、堀が腕を伸ばして、「あぁ、疲れた!」と欠伸をして言った。
「あの祝詞ってさ、なんて言ってたのかな? 俺にはさっぱりわかんなかった」
祝詞は昔からの日本語をそのまま使っているから、俺は難なく理解できる。参道を歩きながら、すっかり暗くなった空を見上げ教えてやった。
「”神様素晴らしいです、ほんとあなたすごいです、ありがとうございます、愛しています”」
「はぁぁ? うっそだろ? 俺がなんも知らないからってからかうなよ!」
堀がふてくされた。
俺達を見送りにきた山城が背後で噴き出す。
「堀先輩、それ大まか意味合ってるんですよ」
祝詞とは、簡単にいえば、神様をノリノリにさせてその気になってもらうものだからだ。
「なんにせよ。これで一件落着かなぁ」
堀はそう言うが、まだこれで終わりじゃない。
長野朝美への呪いは解かれたが、なぜそこまで恨まれたか本人も自覚する必要があるし、生霊だった井川悠里の荒んだ心を平穏に戻さなければ、また繰り返してしまう。
それができるのは、霊能者でも、陰陽師でもない。
「明日にでも、井川悠里の話を聞いてみたらどうだ?」
俺は、山城ならできると思った。




