新世界 7
俺は、首を横にふった。
「今でも、神の覚醒の時を待ってる人たちと、それを恐れている支配層たちの静かな戦いはずっと続いてると思う」
そこまで言うと、AIロボが、急に、シュウゥ……と白い煙を頭から出して動かなくなった。見開いたままのガラスの目玉に火花が散っている。
おそらく、余計なことを言ったので上に思考回路を強制的に切断されたのだ。
……とういうことは俺もやばい。
危機感を持った途端、ズキンズキンと激しく脳内が脈打ち出した。
新世界の世界政府は、反逆者を許さない。
少しでもその恐れのある人間は捕らえられてから、遺伝子を書き換えられ、順応な奴隷、もしくは脳と身体を切り離されサイボーグへと変貌させられる。
遠くからサイレンが聞こえる。
早速、公安が俺を拘束しにやって来たのだ。
俺の足が迷っている。
自宅のベランダと入り組んだ路地。
――自殺と逃亡――
どちらに走るべきか悩んでいた。
自殺も脳ミソまでぐちゃぐちゃになる死に方でなければ意味がない。
逃亡も、この完全管理社会では殆ど不可能、洗脳されていない組織や味方が必要だ。
耳を裂くようなサイレン。
公安のパトカーが放つ赤い光が暗闇にいくつも浮かぶ。
――ダメだ。逃げられない。
飛び降りることを選んでマンションの入口に身体を向けたその時、一台の車が俺の背後で止まった。
「やっと、見つけた」
しゃがれた声に振り向く。
現代では見たことのないような古い車に、老人が二人乗っていた。
「君の現在の名前は知らないが、生きている間に会えると信じていた」
自動運転機能もなさそうな、走ってるだけでも道路交通法にひっかかりそうな車から、七十代と思われる老人が俺に話しかけている。
「……だれ、ですか?」
見たところ、身体に故障もなくサイボーグ化もしていない生身の男性。
髪の毛の半分は白髪だが肌はそこまでシワシワではない。
何だか半端ないオーラを感じる。
「滋岡道中、と言ってもわからないだろう。しかし、そのうち思い出す」
――″滋岡″
まさか。
俺が口を開けて、言葉を探している間にサイレンの音が更に近づいてきた。
「色々説明してる暇はなさそうだ。乗って」
この人は、完全管理社会の一部にはなってない稀な老人のようだ。
俺は、頷いて助手席に乗り込む。
「おい、滋岡。こいつ、本当に橋本の生まれ変わりなのか?」
後部座席に座っていた、さらに老いた八十代と思われる老人が、怪訝そうに俺を見た。
老いているくせに図体は立派で、こんな夜更けにサングラスをかけている。
「間違いない。俺の守護霊がそう言っている」
滋岡という老人がニヤリ、と笑って車を走らせた。
「ちょっと飛ばすよ」
言葉の通り、スピードを上げて自動運転する車では見られないようなメーターを指す。
狭い道路を、建物、電柱スレスレで走り過ぎ、少しだが公安の車から遠ざかった。
「やつらのGPSに反応しない車だからな」
「公安もほぼAIだ。レーザー察知しなかったものには反応しない」
八十代の老人が愉快そうに言った。
「何処に向かってるんですか? 何で俺を連れ出したんですか?」
この滋岡には俺と同じように霊能力があるようだ。
そして、この、「俺に名前なんかない」と名乗らなかった男にも。
「奴らの監視から外れた、世界地図にも載らない場所。そこには洗脳から逃れた日本人が多く身を寄せている」
そんなコミュニティがあるのか。
驚く俺を見て、滋岡が、君の中に埋め込まれたチップを取り除ける医者もいる、と自身のコメカミを差した。
医者の中にも、そんな反逆者がいるのか。
それにしても、
「……なぜ、俺を助けるんですか?」
わからなくて同じ質問を繰り返した。
滋岡は俺から視線を正面に移して言った。
「君の十八の誕生日までに、日本は完全に日本じゃなくなる」
「どういうことですか?」
今の日本だって、既に日本ではない。
国土の3/4は他国に占領され、僅かに残った日本人は肩身の狭い想いをしている。
「それでも、まだ純粋な日本人は残っているだろう。奴らは最終的な日本人撲滅を行う。天皇家の男系を絶やすためにの動きも隠さなくなった」
さっきのおばさんロボットが言っていた″救世主 ″ かもしれない血筋を――
それを根絶するために、いまだに天皇家を神だと崇め守ろうとする日本人の遺伝子を絶やす、ということらしい。
「古来からの恨みを晴らす時を、奴らは待っていたのさ」
名無しの老人が吐き捨てるように言った。
「それで、俺は、そのコミュニティで何が出来るんですか?」
「偽物と入れ換えた天皇家の人間を守るために動いてほしい」
「守るって……」
俺にそんな力はない。
それに、具体的に救世主と呼ばれる人は、この世界をひっくり返すために何が出来るというのだろう?
「大災害も核の攻撃をも弾くほどのデカイ結界を張っている。どんなことからも守られてきた場所には、必ず陰陽師による巨大な結界が張られているんだ」
科学的根拠はない、信じるも信じないも君次第だと、滋岡という老人が言った。
「誕生日までの残りの時間、日本人を守るために尽力してみないか?」
――残された時間を――
村山一理。
十八歳の誕生日まであと三ヶ月。
陰陽師としての力は、ほぼ、ない。
それでも、陰陽師達の本来の使命だった天皇家を守ることに力を注ぐのは、想像しただけでゾクゾクとした。
本能が疼いているような気がした。
「……っ」
しかし、過去なかった強い頭痛が俺を襲ってきた。
AIのように壊されることはなくても、俺の中に埋め込まれたチップに思考遮断の信号を送ることは出来る。
痛がる俺を見て、滋岡が言った。
「とりあえず開頭手術だな。なに、浅い所にあるから直ぐに終わる。あ、麻酔はあったかなぁ?」
他人事だと思って、老人二人は呑気に笑っていた。
明け方。
眠たい目を開けて窓から外を見ると、東京都市全体が真っ白になるほど積雪していた。
「石油がいつかなくなるなんて嘘を信じた者は浅はかだな」
電気自動車が立ち往生してる間を抜けて、古ぼけた車が、地図にも載らない場所を目指す。
朝焼けに半分乗っ取られた空は、とても美しかった。
俺は、不意に思い出した呪文を繰り返し、支配という名の頭痛を忘れることに没頭した。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前」
俺が挑む相手は悪霊ではない。
敵はいつの時代も目に見えている。
眠るも目覚めるも自分次第。
2060年12月、本当の意味での日本沈没までのカウントダウンは始まっていた。
完
……やっと、終わりました。
とても肩こりました。
思えば三ヶ月前、軽い気持ちで、今まで書いたことないような話にチャレンジしようと、見たことも読んだこともない″ 陰陽師″ 、″転生″モノに手を出してしまいました。
プロットでは、犯罪者を霊能力で暴き、滋岡に呪いを解いてもらう、しかし、また転生という簡単なもので終わってました。
そこで終われば今の半分で済んだはずなのに敵を変えてしまい、完結までの道のりがずいぶんと遠退いたのです。
半分プロットなしでした。
キャラクターも新たに増やして、それはそれなりに楽しかったです。
堀が拉致されてからが長く、息抜きできるキャラクターがほしくて、原田を追加。
無人島で闘うには、滋岡では頼りないな、と舘さんと紫音が生まれました。
楽しい執筆の傍ら、霊能だとか調べていると、やはり霊障にも遇いました。
霊感はあまりないのですが、母がバリバリ見えていたので、幼少の頃から悪影響を受けたりしたことはあります。
弱ってるとダメです。
2時頃、絶対に見てはいけない心霊画像を見てしまい、久しぶりに悪寒と震えが止まらなくなって高音お祓いをやってました。
気のせいだったかもしれません。笑
都市伝説や陰謀論なんかを参考にしましたが、あくまでもフィクションですので、信じないでください。
それでも、おや?
と疑問に思われてしまった方は調べてみてください。
とても面白いですし、怖くなるし、何を信じたらいいのかわからなくなるかもしれません。(稀かな)
そんなこんなで勉強不足のまま書き終えた物語に最後までお付き合いくださったユーザーさま、ありがとうございました。
需要がないのに書くストレスを軽減してくださったのは栞を挟んでくれた読者さまに間違いありません。
それでは、また他の作品でお会いできましたら幸いです。
光月海愛
20211031




