悪と悪 4 6
「で、お前、どうする? OB会」
堀先輩と話しながら、葬儀のことを思い出していた私は、ハッと顔を上げた。
「行こうぜ、その方が山城も気が晴れるんじゃないの?」
「OB会って、私なんてまだ卒業したばっかりだし」
「そんな言うなよ。結局、皆、千尋の話をしたいんだよ。弓道部の伝説みたいになってっから。良く知ってる人間がいないとさ」
「……そうですね」
良く知ってる人間……。
本当にそうだろうか?
私は、橋本先輩のこと、良くわかってなかったんじゃないだろうか?
「なんか、山城のしょぼくれた顔見たら腹減ってきた。サンドイッチ食おうかなぁ」
「別にしょぼくれてませんよ。フルーツサンドにします?」
「いや、卵にしとく」
「かしこまりましたー」
作り笑いをして、カウンターに消える。
サンドイッチを用意してると、堀先輩が唐突に訊いてきた。
「お前さ、家の神社継ぐの嫌がってたのに、なんで神道文化学部に進んだの? 」
「別に。姉一人では回らない時がくるかもしれないからですよ」
「ふぅん。まぁ、お前は巫女さんとか似合ってっけどな」
振り返って、照れ笑いをしながら、本当は違うって心の中で吐いた。
本当は、もしかしたら、神道を極めたら、橋本先輩の声が聴こえるんじゃないかって、幽霊でもいい、いつか、見えるようになるんじゃないかって思ったから。
そんな、神様からは怒られそうな邪心からその道に進んだのだ。
「なんだかんだ言ってお前は強いよ。葬儀の時もあんまり泣かなかったしな」
堀先輩がカフェラテを啜りながらしみじみと言った。
「……別に強くなんてありません。まだあの時は実感が湧かなかったから」
それは本当だ。
通夜も、告別式も、橋本先輩がまだ何処かにいるような気がして泣いちゃいけないって思った。
告別式に来ていた紫音さんが、『あの子は必ず転生する、身体だけが死んだ』って言ってたし。
だけども、今頃、とても淋しくなって、良く橋本先輩の夢を見てしまう。
橋本先輩から聞いた、前世での最期の瞬間を知りもしないのに、夢で見てしまうのだ。
「……これって、病気ですかね?」
思わず溜息をつく。
「間違いなく千尋ロス! でもだからっていつまでもウジウジしてらんねぇぞ、何となく世の中が悪い方に動いてるの、お前も気がついてるだろ?」
堀先輩が、自身のスマホのネットニュースを見せる。
それは、私も最近気になっていたことだ。
【世界各地で謎の伝染病流行 アフリカで死者2000人】
「なんだろうな、伝染病って。ウィルスか? 細菌か?」
「″アフリカで感染爆発。中国やヨーロッパでも流行の兆し″ ……日本にも来ますかね?」
「来るんじゃないか? 何となく、だけど」
私と堀先輩の話を聞いていた店長が、「怖いねー」と言いながらカウンターの奥にある小さなテレビを点けた。
「″謎の疫病蔓延で、日本でも使い捨てマスクが品薄になる可能性が出てきました″」
ほんの少しの間 、現実から目を背けている隙に日本人でもパンデミックが起ころうとしていた。
そのニュースの後に流れたCMでは、無人島で死んだはずのアレスタが踊っている。
来月発売されるニューアルバムの宣伝だった。
……一体、どうなってるの?
そして。
その疫病は、あっという間に日本にやって来た。
「″東京での感染者がとうとう一万人超え″」
「″元 財務大臣の竹森隆氏が謎の疫病に感染、発病間もなく入院先の病院で死亡したとのことです″」
「″厚生労働省の発表によると、日本での累計死亡者 8000人――″」
メディアでは毎日、明けても暮れても謎の疫病の報道ばかり。
私達は感染予防のため、大学には通えなくなり、家に籠る生活を強いられるようになった。
その中での相次ぐ芸能人や著名人の死。
かと思えば昔死んだはずの政治家がもう一度死んだ情報が流れたり。
世の中が混沌としてきているのを肌で感じていた。
【ジョージア・ガイドストーンの翻訳】
一、大自然と永遠に共存し、人類は5億人以下を維持する
ニ、健康性と多様性の向上で、再産を知性のうちに導く
三、新しい生きた言葉で人類を団結させる
四、熱情・信仰・伝統・そして万物を、沈着なる理性で統制する
五、公正な法律と正義の法廷で、人々と国家を保護する
六、外部との紛争は世界法廷が解決するよう、総ての国家を内部から規定する
七、狭量な法律や無駄な役人を廃す
八、社会的義務で個人的権利の平衡をとる
九、無限の調和を求める真・美・愛を賛える
十、地球の癌にならない - 自然の為の余地を残すこと - 自然の為の余地を残すこと
この突然現れた巨大なモニュメントには八か国語でのガイド(翻訳)が書かれているが、それに日本語は含まれていない。
″これから近い未来、人間は人間らしく生きるための困難な選択を迫られる時がくる″
″不要なモノは入れるな。
考えろ、
調べろ、そして、
目覚めろ″
橋本先輩。
もしかして。
私達にとっての、その時が、そろそろ来たのでしょうか?




