悪と悪 39
見入っている間に、空がすっかり暗くなった。
あまり遅くなると山城の両親が心配をする。
お菓子と御守りの礼を言って、
「そろそろ帰るか。この時間ってバスあるのか?」
「……はい、あります」
俺がベンチから立ち上がっても、山城は腰を上げない。
「どうした?」
「……」
暗がりで良くわからないが、なんだか、また泣きそうな顔をしてるように見える。
ややうつ向いて、モソモソと何か言っている。
「なんだよ……? もっと大きな声で話せよ」
女の子と付き合ったことがない俺は、女心が全くわからない。ゆえに、ハッキリと言ってくれないと、どう動いていいかわからないんだ。
「……なら……」
顔を上げた彼女は、今度は躊躇いを放り投げていた。
「橋本先輩は、いい加減、私の気持ちに気がついてますよね?」
「……気持ちって」
経験はない俺でもわかっていた。
″私は、好きな人とキス以上のことしましたもん″
あの島で、彼女が俺を見て言った時に気が付いた。
いや、それより前から、何となくわかっていた。
「知ってるうえで、こうやって私のワガママに付き合ってくれるって、それはただの優しさからですか? それとも同情ですか?」
「同情ってなんだよ」
座っていた山城が、拳を握りしめたまま立ち上がる。
「……なに、その手で俺を殴るの?」
「殴ってもいいくらいのこと、先輩、私にしましたよね?」
――あ。
と、また、島での事を思い出す。
あの時。
薬を打たれたフリをして、儀式の真似事をしながら、彼女のドレスの襟を引き下げ、キスをした。
あんな時なのに、白い素肌と柔らかな唇の感触に気持ちは昂っていた。
思い出しただけでまた顔が熱くなってくる。
「……すまない。でも、あの時はそうするしかなかった」
俯き加減で謝る俺の顔に、ふわりと白い手袋が襲ってきた。
ひっぱたかれるかと思ったのに、二つの手袋は俺の頬を挟んで包んだまま動かずに、俺を見上げる山城と目が合った。
「同情や謝罪が欲しくてこんな話をしてるんじゃありません。私は、先輩と両想いになりたいだけです」
両想いに……。
山城のハッキリとした高い声が頭の中で何度も反芻される。
「そんなこと……」
俺は、思わず笑ってしまった。
「そこ、笑うところですか? 私、ものすごく勇気出して言ったんですけど?」
俺の顔を解放した彼女の手が、今度はポケットから出した、護符を手のひらに乗せて俺に見せた。
「紫音さんに貰った、″願いが叶う護符″。これに私、両想いになれますようにってずっと念を込めてたんですよ?」
そう言って、大事そうに透明のラミネートに包まれたそれを胸に抱き締める。
護符にそんな事を願うなんて、女の子だなって思ったけど、
「お前、護符って人に見せたら効果なくなるんだぞ?」
「えっ」
良くわかってない彼女は、急に慌てふためいた。
「どうしよっ、え、もう私、可能性ゼロですか?」
今さらポケットに仕舞って落ち込む、彼女の小さなつむじを見て、愛しく思った。
「可能性もなにも、もうとっくにその願い叶ってるから」
とうとう、言ってしまった。




