悪と悪 31
「……おそらく解呪できたと思うよ」
唱え終わった滋岡が、俺を見て、安堵したような柔らかい笑顔を見せた。
「……本当、ですか?」
「あぁ、多分、十八才で死ぬ呪いは解けたと思う」
「……そう、なんですか」
元々、前世の記憶が強くなっていく以外、特に呪いを感じていたわけではないから、体に異変はないのだけど、心持ち、肩が軽くなったような気がする。
「ああ。だから死を恐れずに、高校生活楽しみなよ。この時間は二度ともう戻ってこない。若い君が俺は羨ましいよ」
滋岡が道具を片付けながら、感傷的なことを言った。
「だから、陰陽師としての力は封印して、もうヤバい事には関わらない方がいい。せっかく延命したんだから」
延命……。
俺は、舘さんの、″危ないのは滋岡″ だと言ったのが気になって、陰陽師の正装をした滋岡の顔を見つめた。
――死相は見えない。
ホッとして、俺はようやく立ち上がった。
「ありがとうございました。そろそろ帰ります……」
言いながら、今頃、肩の傷が痛み出す。
顔をしかめた俺を見て、滋岡が護符をくれた。
「恐らく君の霊能力は落ちてるし、結界もまともに張れないかもしれない。御守り代わりに持ってるといい、それと病院も行った方がいい。あの陰陽師のように原始人とは違うんだから」
「原始人……」
舘さんのこと。
仙人の間違いじゃないのか。
「あの人って結婚はされてないんですかね?」
戸籍がないんだとしたら、難しい話だけど。
俺が笑いながら尋ねると、滋岡がびっくりするような返事をした。
「結婚はしてないが、事実上の妻と娘がいるよ」
「えっ」
目を丸くする俺を見て、滋岡がククク……と可笑しそうに笑う。
「冗談じゃなくて?」
「ああ。君も会ったことあるよ」
そこでようやくわかった。
「まさか、紫音さん……?」
滋岡が頷いて、「お似合いだろう?」と言った。
「そう言われてみれば……」
昔、山で修行をした仲だと言っていたっけ。
「ただ彼の立場上、一緒に暮らしたりはできない。ああやって時々お互いに助け合って仕事をこなして絆を深めてる。異能力者独特の関係性だよ」
そう言う滋岡は、結婚などしないのだろうか?
ふと思ったが、余計なお世話だと訊かなかった。
「その傷で自転車漕ぐのも辛いだろう。家まで送ろうか?」
滋岡の厚意も断り、俺は、家を出た時と同じように自転車に跨がって帰路につく。
真昼の太陽が眩しかった。
俺は、これから、普通の高校生に戻る。
親には心配かけない。
そう誓ってひたすらペダルを漕いだ。
「千尋っ!?」




