悪と悪 26
「生きたまま……」
原田が吐きそうな顔で聞いている。
「そんな所に入れられた経験がある癖に、あの島で子供たちの人体実験をしてたのか」
いかにもサディストって顔して、アイツの周りには殺された子供たちの霊がたくさんいたから、てっきり殺人鬼なんだと思ってた。
紫音さんが首を横に振って続けた。
「医学を学んでいた彼は、弟が内臓とられない代わりに、ルーメンの組織で人体実験を手伝う契約を結ばされたのよ」
「ルーメン?」
大陸(CCP)とルーメンも繋がっている?……
CCPの独裁ぶりや世界を脅かす残忍行為は、欧米を始め世界の先進国(支配者層)は敵視してるんじゃなかったのか。
俺のその疑問には滋岡が答えた。
「もともとCCPってのは、連中が作ったものなんだ。共産主義と連中の新世界統一の目的は似通ってるから相性がいい。各国の政府人が大陸を批判してるのは表向きだけで徹底的に潰したりはしないのが何よりの証拠」
世界中で子供たちが拉致される事件には、ルーメンもCCPも同じように関わってる、その縮小版を島で見ただろう、と舘さんが言った。
「で、そんな契約して弟は無事解放されたの?」
そして会えたのか――
「やはり、殺されてたらしいわ。アレスタがそれをこの人にほのめかしたのよ」
紫音さんの顔に、絶望や悲しみが見える。
あぁ、そうか。
だから、アレスタを殺したのか。
自暴自棄になるのもわかる気がした。
「それで、比良は……この人は何で俺に憑いてるの?」
気持ちはわかるが、それで執着されても困る。
紫音さんが頷きながら、俺の背後を見て「忠告だそうよ」と言った。
「″これから近い未来、人間は人間らしく生きるための困難な選択を迫られる時がくる。もしかしたら選択すらさせてもらえないかもしれないし、その時期が来たことも気づかされないかもしれない″」
俺と山城と原田は黙ってそれを聞いた。
「″その時に何を見ているか何を信じるか、それで道が大きくわかれる″」
……もしかして。
あの薬の話をしてるのか?
低周波とアプリを使って遺伝子を組み換え、自分たちのモノとして特許を取り、受容体というAIプログラムを注入した人間を支配できるという合成薬物。
生き残った人間は連中の思うように動き機械のように半永久的に生きながらえる。
でも、それはもう人間じゃない。
俺は、山城の横顔をそっと見つめた。
「″不要なモノは入れるな。考えろ、調べろ、そして、目覚めろ″」
俺は、顔を上げて紫音さんに視線を移した。
さきほどまであった同情や憐れみの表情は消えている。
今は、紫音さんの顔が比良に見える。
「この人は、私が責任持って祓うから、もうあなたたちは帰りなさい。おうちの人が心配してるわよ」
比良を引き受け霊視をやめた紫音さんが、空を見上げ、急に普通の人になった。
「家に帰って洗濯しなきゃ」「布団も干さないと」
娘さんと笑って話しながら、車の方に行こうとした背中を呼び止めた。
「あの!」
俺は、まだ気になってることがあった。
「……なぁに?」
紫音さんの柔らかい声が此方を向く。
「他にも視て欲しいことがあるんです」
それは、アレスタの守護霊が見せた不可解なもの。
あれはなんなのか。
知らなければ、目覚められないような気がした。




