悪と悪 16
もう、運よく誰かが助けに来てくれることはない。
ここに大人の味方はいない。
吊るしあげられたまま、まるで死んだようにダラリとなった舘さんをチラリと見て、グッと拳を握りしめた。
顔を上げる。
フッ……と目が合った山城に目で合図した。
“皆、荷台に乗れ!”
ハッとしたように彼女が察知し、ぼやっとする堀と原田を押して荷台によじ登った。
「あ……おい!」
人形を放り出して運転席に座ろうとする中国人の男にスタンガンを押し当てる。
短い悲鳴とともに崩れる男を踏み台にして、普通車よりも高い運転席に乗り込んだ。
唖然とする比良たちを尻目にエンジンをかける。
『男なら免許なくても車に関心もって運転くらいするだろう』
あぁ。
舘さんが言うように。
めちゃめちゃ関心あった。
でも、十八歳で死んでしまうから、免許を取るなんて考えたことはなかった。
それでも、ほんの子供のころから父さんが運転する様を俺はジッと見ていた。
いつか、運転してみたいと思ってた。
「よかった、オートマ車だ」
ギアを見て一安心。
クラッチもない。
一か八かだ。
ギアをドライブに入れてアクセルを強く踏み発進させた。
――動いた!
当たり前のことに感激する。
しかし、普通車に乗ってるのと違って目線が高くて気分いいけどやっぱり怖い。
おまけに初めての運転なのに林道だ。凸凹した道でスピードの加減がわからないから、荷台から恐怖に震える山城の悲鳴や、逆に「きゃははは!」と、喜ぶ子供の高い笑い声も聞こえてきた。
サイドミラーに一瞬目をやると原田がこっちに向かって何か叫んでる。窓を全開にした。
「橋本くん! あの人やばい! 殺される! 陰陽師! そんで俺らも後ろから追われてる!」
確かに後ろから外車の四駆が追いかけてきている。しかし、運転手は見えない。
前方を見れば、吊るされた舘さんに短剣を突き付けている中国人の姿が見えた。
――いや、もう刺してる!
舘さんの足から血が流れているのが見えた。
「堀!!」
地面に這う木の根を走り、ガコン!と車体が揺れる中で叫んだ。堀が、荷台の端から俺の方を見て声を拾おうと近寄る。
「矢で、あの中国人を打て!」
「はぁぁぁぁ!?」
堀の声が風で後方に流れていく。
「はぁ?!じゃない! お前しかいない! 原田たちに体押さえて貰って狙え! 舘さんの横にいるアイツを止めろ!」
俺は速度を落とし、少し寄せ気味に走らせ、トラックの側面が舘さんの吊るされた木の側を通るようにハンドルを切った。
「無茶言うなよ! 俺、また、人を傷つけちまう……」
語尾を弱めて感傷的なことを言う堀に喝を入れたのは山城だった。
「あの人、先輩助けるためにこんな島まで来てくれたんですよ! 堀先輩がやらないなら私が放ちます! 私の足押えていてください!」
山城が黒いドレスのまま荷台に立とうとして、ぐらついた。風でスカートの裾が揺らめいて原田が慌てて目を背けている。
「あぁ! 貸せ! 女のお前にそんなことさせられっかよ!」
堀が立ち上がって山城から弓矢を奪い、狙いを定めている。
「ちくしょぉ! 揺れる!!」
涙声にも聞こえる弱音を吐きながら、弓を引いた。




