悪と悪 11
舘さんが、紫音さんとIP無線で話す。
「エレベーターが使えなくなった。ここに隠れた出入口ないのか」
《そんなの、あなたの占術でわかんないのー?》
からかうような紫音さんの呑気な声が聞こえた。
「こんな霊だらけの場所じゃ集中できない」
舘さんが言うように、ここは古くからいる地縛霊が多く、強い磁器のような波動に引き寄せられ、心が持っていかれてしまう。
《通路に体操座りしてる女の子の霊が、“お医者さんが知ってる” と言って……ブツッ――》
スマホから霊視した紫音さんの声が再び途切れる。
「医者……って?」
「この地下のどこかにいる。竹森浩介の専属医師で人体実験とかもしてる……」
「実験? 一人でか?」
「俺が見たのは一人です」
とりあえずはじめに寝かされていた診察室に行ってみるも、そこにはいなかった。
俺は、奥の机の引き出しを開けて、《《あの男の子》》に再び尋ねてみた。
「あのお医者さん、どこにいるか知ってる?」
大きな目がぐるりとこっちを見上げた。
男の子は、スッと引き出しから出て、机の上の天井を指差して見上げた。
「……上?」
コンクリートで配管などが剥き出しの天井だけれど、よく見たら同じ灰色の鉄製の蓋が見えた。
ここ、MB1( 中地下1階)があるのか。
「なんだ、そこに隠し通路でもあるのか」
舘さんが椅子に乗って、その重そうな蓋を軽く開ける。
「立っての移動は難しそうだが、何とか行けるんじゃないか」
灯りを点けて中を確認した舘さんの髪には埃がついていた。
ただ、汚いだけならいいけど……。
俺は時計を見た。昼の一時過ぎだった。中は猛烈に暑いんじゃなかろうか。
「ここ、どこに繋がるんでしょう? もし、一階もしくは外に行ける出口がなかったら、無駄な時間です」
それに、子供たちの中には衰弱しきってる子もいる。
もし、こんなところで閉じ込められたら――
「では先に確認しよう」
舘さんはポケットから白い和紙を取りだして、それを人の形に切り、呪文と絵を描いていく。
「式神!」
山城と原田が嬉しそうに同時に言った。
「鳥やネズミでもいいんだが、話さないからな」
舘さんがにやりと笑って、それに念を込め、天井裏に吹き飛ばす。
俺らからは、紙が人間の形に変わっていく様は見えなかったが、確かに、上を歩く足音が聞こえた。
数十分後。
「あ、戻ってきた」
天井の開けっ放しの入口から、背丈120cmほどの迷彩柄の軍服を着た人が出てきた。人のイメージは舘さんが作り出したもので、単に軍人が好きなのだと。
「そうか。あったか。ありがとな」
舘さんが式人に褒美として飴玉をあげると、それは瞬く間に元の紙に戻った。
「すごぉい!」
ずっと大人しかった子供たちが目を丸くし、手を叩いたりして喜んでいる。
「おじさん、魔法使いなの?」
「似たようなもんだ」
ちょっと照れたように頬を緩ませる舘さんを見て、この人は結婚はしなかったのかな、家族はいないのかな、と少し気になった。しかし、すぐに舘さんの顔はもとの難しいものに変わった。
「堀、原田、先に上がって子供たちを引っ張りあげろ」




