悪と悪 10
「橋本。お前、そいつ、なんとかしろ」
「え……」
「え、じゃない。俺はこっちで忙しいんだ。霊に構ってる暇はない」
舘さんが鎖を切る音が暗闇に響く。
「いや、俺にこんな悪霊なんて祓えないですよ」
魔術師や舘さんさえも関わるのを躊躇う怨霊なのに。
「祓わなくてもいい。ここまでなったら成仏なんてできない。霊魂を消失させてしまってもいいから、退散させろ。お前だって陰陽師だろう?」
――陰陽師。
「橋本先輩、先輩ならきっとできます」
山城が顔をこちらに向けて微笑んだ。
「そうだ! 千尋は昔っからできないことなかったじゃん! 悪魔祓いでも悪霊退散でもできるって!」
堀が無責任に言って、それに原田が頷く。
「……わかったよ、やってやるよ」
もし。
滋岡の言うように、俺に神格化した主護霊がいるなら――
それが前世の父、安倍晴明なら。
俺にもできるはず。
――破邪の法。
俺は、氣を込めて九字を切った。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前」
それでも、黒魔術師の身体を乗っ取った怨霊は、ここにいる者全て殺す勢いで走りながら寄ってきた。
俺はもう一度九字を切る。
ここに入ってこようものなら、その身体(霊魂)を斬り刻む。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前」「“臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前”」
その時。
ずっと電波が入らず通信不可能だったスマホから、同じタイミングで呪文が聞こえてきた。
――滋岡の声だ。
紫音さんと一緒にいるのか?
紫音さんのあげるお経も後から追ってきた。
よし、もう一度。
さらに、この九字に印を結び効果を増大させる。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前」
すると、この世の者とは思えない――あの世との中間にいる者なのだが――おぞましい、潰れた呻き声を上げながら、俺の目の前で、黒魔術師の身体から怨霊が抜け出し、まるで霧のようにチリチリと細かく霊体を散らせ消えた行った。
「よし、二人とも外れたぞ」
舘さんが汗びっしょりになって、山城と少年を台から解放した。
「ありがとうございます……」
山城が涙を浮かべて礼を言う。手首には輪っかが残っているけど、東京に戻ればどうにかなるだろう。
「良かったなぁ……、山城、手が健在で」
堀が嬉しそうに少年を抱えながら笑った。
「はい……これで堀先輩と結婚しないで済みます」
「はぁぁ!?」
「それにしても……この人、あっけなかったな」
原田が、床に倒れて動けなくなった黒魔術師を見て呟く。
死んではいないが、竹本浩介同様、白目をむいていた。
「悪魔と契約結んで願いを叶えることができると信じてること自体、浅はかなんだ。生け贄差し出せばいいってもんじゃない。心が荒んでいるから自分の魂と身体が蝕まれていることも気が付かない。大体悪魔とは人間のエゴと残酷さを具体化した偶像物なんだ。日本の鬼と同じさ」
舘さんが黒髪ロン毛を飛び越えて、スタジオの入口に向かった。
電気が来ない以上、エレベーター以外で地上に出られないか探らないといけない。
「紫音、聞こえるか?」




