悪と悪 9
照明が落とされただけではない。
換気扇や空調が一斉に止まり、不気味な静寂さだけがその場を支配した。
「舘さん、アレスタが……地下の人間皆死ねって」
持っていたスマホの灯りを頼りに近寄る。
堀や原田も寄ってきた。
「お前、連中の仲間じゃなかったのか?」
舘さんが、黒魔術師に向かってやや気の毒がった声を出した。
「仲間? 俺は連中の日本でのお遊びに付き合わされてるだけだ。なにせ、日本で悪魔を召喚できる貴重な魔術師だからな」
僅かな灯りの中で黒髪ロン毛のむすっとした顔が見える。
「本当に召喚できてるのか? 魔術のことはよくわからんが、悪魔、中でもルシファーを召喚できた術師はソロモン王だけだと聞いた事あるが」
舘さんの冷ややかな返しに、黒髪ロン毛は更に目を吊り上げさせた。
「呼び出せれば悪魔なんてなんだっていいんだ!低級な悪魔だろうが連中には分かりはしない。なんちゃってサタニストだからな!」
「ソロモンってなに」「ダビテの息子」
堀と原田がコソコソと話す。
「……だろうな。貴様には低級な悪魔どころか悪霊が憑りついて離れない。召喚しただけで還すことも封じることも出来てないんじゃないか」
舘さんが言ったことは確かだろう。
俺がこの男を初めて見た時に感じた“ヤバい氣”はそれだったかもしれない。
「上に上がればケンがいるから祓ってくれるだろう」
黒髪ロン毛が言うケンとは白魔術師のこと。
「上に、上がれれば、だけどな」
舘さんは何気に天井を見上げた。
俺も見て息を呑んだ。
そこには奴によって炙り出された怨霊が今にも憑りつく勢いで見下ろしていたからだ。
「で、お前は連中に雇われて悪魔を呼び出したり人を呪ったり、それで満足してるのか?」
続けて冷めた物言いする舘さんに、黒髪ロン毛は吐き捨てる。
「それは貴様もだろう? 雇い主の竹森隆だって善人のふりした悪魔でしかない。そんな奴を形だけの呪いと殺意から守る業務に、あんたは生き甲斐を感じてるのか? 世の中には、あんたみたいな陰陽師を必要としてる庶民だっているんじゃないのか?」
空調の切れたスタジオ。
暑さプラス、ジメジメとした、まとわりつく湿気が俺達を襲ってくる。
「……買いかぶりだ。まだ陰陽道を重要視している政府人や芸能人はいるが、一般市民は陰陽師自体、ファンタジックなモノだという認識しかないし、俺も、それでいいと思ってる」
必要とされなければ、また山にこもるだけだ――そう言って舘さんは、まだ繋がれているままの山城のそばへ寄る。
「橋本、お前ら、ここを照らせ」
「は、はい」
スマホを持って山城達を囲む。
舘さんの手には、魔術師が使った鎌が握られている。
疲れきった顔でそれを見た山城が固まった。
「……何をする気ですか?」
「その手錠の鎖をぶったぎる」
「そ、そんな大丈夫なんですか!?」
原田が心配そうに鋭い鎌の刃を見つめる。
「もたもたしてたら、船に間に合わなくなるだろうが。パイロットが目覚める云々より、連中が離岸しない船を怪しむ前に乗り込みたいんだ」
「山城、心配すんな。もしお前の手になんかあったら俺がお前の手になってやるからな」
堀がプロポーズみたいなことを言った。
「覚悟してます。スパッとやってください」
そう言いながらも目を瞑る山城の身体が少し震えてるようだ。
俺は、スマホを持ってない方の手で彼女の手を握った。ひんやりと柔らかい手だった。
「いくぞ」
舘さんが刃を鎖にひっかけて引っ張ろうとしたら、「勝手な事すんなよ!!」と黒髪ロン毛が怒り始めた。
「お前の雇い主は放棄しただろうが。すっこんでろ」
舘さんが牽制するも、なにかに憑りつかれたように、「そいつらは俺のもんだ! 俺の生贄だ!!」と、繰り返した。
もともと鋭かった目が真っ黒に、エイリアンのように広がっている。
顔が既に怨霊化したA子だった。




