悪と悪 7
『″水、火、災難。いずれも救いの手に導かれる″』
紫音さんが山城に言っていたことを思い出した。
水は、船から落ちたあの時のことだろう。
じゃあ、火は……――
「悪魔を呼び出す場所はクリーンじゃないとダメなんだよな。他に霊がいたら降りてこない。ってことで、この娘に憑いた怨霊を祓う」
黒魔術師が、山城と男の子が並んで寝る台の周りに何かを撒き始めた。
「すっかり焼き豚になりやがって」
そこにまだ燃えているコスギを立たせると、炎はあっという間に“生贄”の二人を取り囲む。
撒いていたは油だったのか――
山城の悲鳴と、男の子の泣き叫ぶ声が聞こえた。
「やめろ」
俺だけじゃない、原田も堀も、魔術で動けない体で必死にもがく。
この魔術ってどうやって解くんだ。
舘さんを見ると、言いたいことがわかったのか、「俺は魔術はわからん」と僅かに動く首を振った。
「原田!」
お前、オカルト研究部だろ!? 魔術だってかいつまんで研究しただろ?
目で訴えたが、
「今、必死になって思い出してんだよ。魔法はハリーポッターの知識しかないんだから」
と、焦ったよう様子で声を出す。少し考えて、あ、と顔を輝かせた。
「そうだ、これだ! エマンシパレ(解け)!」
そんな簡単な呪文で解けるのか、と思ったら、全員が数回唱えると、まるで撒かれていた縄が解けたように体が軽くなった。
ここにはスプリンクラーはないのか?
あったら火に反応するはずだよな?
消火器は?
それさえも部屋には見当たらない。
水道は?
地下通路にはなかった。
どうやって火を消す?
「撮影は一旦中止!」
メンバーの一人がギターを抱えてスタジオから飛び出す。
「ほぉら、出てきたぞ」
黒魔術師が、炎に炙り出されたA子と融合した怨霊が姿を現し、山城の身体を使って暴れ出す。
隣で寝かされてる男の子は更に恐怖で泣いた。
「悪魔も火があったら降りてこないだろう」
火災のリスクから逃げ出すメンバーやカメラマンに混じって、アレスタが部屋を出ながら言った。
「何もかも燃やし尽くしたあとで灰でサークル(魔法円)を作る」
焼け死ぬかもしれないのに魔術師が呑気な事を言っている。
「トイレから水汲んできた!」
「これも使おうぜ!」
堀がバケツの水を火にかける。
原田がそばにあった器をトイレに持って行こうとすると、魔術師がキレた。
「おまえ! それ召喚に使う銀杯!!」
俺達の動きを止めようと、「デューロ!!(固まれ)」再び呪文を唱え始めた魔術師の首に舘さんがチョップをかました。
「橋本! アレスタが手錠の鍵を持ってる! 捕まえろ!」
言われて、スタジオから出てエレベーターに乗り込おうとするアレスタのシャツの襟を掴んだ。
俺より背の高い英国人。芸能人だが体幹は鍛えてるのか、咄嗟に踏ん張ってもぐらつかない。
「小汚い手で触るな! 黄色い猿が!」
猿呼ばわりをされ、ブン!と拳を振られる。
「鍵を出せ!」
それをかわして、持っていた杖でアレスタの脛を叩くと、効いたのか「ouch……!」顔をしかめてうずくまった。
屈んだ際、ズボンの尻のポケットから小さな鍵が見えてすかさず手を突っ込もうとすると、腕を取られ顔を殴られた。
思いの外パンチがあり、俺は手をつく暇もなく地面に倒れる。
すかさず馬乗りのされ、首を絞められた。
「go away.(消えろ)」




