悪と悪 6
舘さんが、「あのピンクの豚を狙え」と、山城が放とうとする矢の先に呪文と絵を描いて白い紙を付けた。
「おん・てつりょなんい・そわか」
山城が僅かな隙間から、コスギに狙いを定めて弓を引く時、舘さんが軍畧虎之巻摩利支天法の真言を唱えた。
簡単に言えば、敵が逃げだす呪文だ。
「あっっつ!!」
なんと、山城が放った矢は、コスギの腕を掠めた際、炎と化して彼を襲った。化学製品のポロシャツが燃え、大騒ぎしてスタジオ中を走り回っている。
凄い!
「あんなこともできるんですね」
「序の口だ。お嬢ちゃん! 次々いくぞ、今度はあの外国……」
舘さんが山城の方を見て急に言葉を失ったのは、彼女の顔が違う女の顔になっていたからだ。
「ひっ……!!!」
原田や堀も、山城から一斉に離れる。
俺も、あまりの驚きにその場から動けなかった。
「まさか、怨霊がお嬢ちゃんに乗り移ってたとはな……」
舘さんの表情が今まで見た中で一番厳しいものになっていた。
――気が付かなかった。
「最強最悪の怨霊は、霊能者の目をすり抜けて人間に憑りつき、息を潜めることができるんだ」
舘さんが騒然とするスタジオ内と山城を交互に見て、「火と呪文に反応したな」と言った。
確かに悪霊退散の方法の一つには、火を放ちあぶりだすという方法もある。
しかし、この怨霊は――
「まーた、面倒くさいの連れてきたな。さっさと上で決着つけられなかったのかよ? 陰陽師さんよ?」
いつの間にか背後にいた黒髪ロン毛の黒魔術師が、いきなり山城の背中を蹴り飛ばした。
「おい! やめ……」
俺らが黒魔術師に向おうとしたら、急に体が動かなくなる。
「……く」
声さえも思うままに出ない。
黒魔術師は手に持っていた猫の遺体を傷付け、その血で床に五芒星の魔法陣を描いた。
「エロイム・エッサイム (我はもとめ訴えたり)」
俺が聞いた事もない呪文を魔術師が繰り返す。
一体、何をする気なんだ?
「……悪魔を召喚したらしい」
同じように身体が動かなくなった舘さんが声を絞り出すようにして言った。
そんなことができるのか?
世の中には黒魔術を扱った情報がネットを通して氾濫してるが、実際に悪魔を召喚できる魔術師は殆どいないと聞いた事がある。
「ち、やっぱり生け贄が動物だけじゃダメだな」
魔術師が、嫌がる山城を中へと引っ張っていく。
今は、怨霊の姿は消えて、いつもの山城だった。
「突然、ボヤが起きたと思ったらやっぱりお前たちか」
アレスタとメンバー達が俺らに気が付き忌々しげに見る。
今もなお炎に包まれるコスギには目もくれず、中に押し込まれた山城を見て不適に笑った。
「生け贄、日本人のガキ、二人になったな」
これなら悪魔も召喚できるだろう、そう言って山城を別の台に乗せた。




