悪と悪 3
「あ、これは海でボートから撃たれて……一応、縫ってくれてるみたいです」
麻酔なしで、あのホモサディストめ。
「少し傷口が開いてるんじゃないのか。ガーゼも替えたほうがいいだろう」
軍手を外した舘さんのごつい手が俺の肩を掴んだ。
「救急箱、奥の更衣室にあったんです」
山城が、ちょっと顔をしかめて指でさす。
「なら取りに行けばいいだろう」
何も知らない舘さんがズカズカと歩いて行き、更衣室の扉を開けて直ぐに、その足を止めていた。
入るのを躊躇うのが当然だ。
二体の遺体と床には血の海。
そして悪臭。
ただならぬ邪気。
「……あった」
しかし、惨劇の跡を見たはずなのに、いたって冷静に救急箱を抱えてきた。
俺の手当てを手際よくする舘さんに、それとなく訊いてみる。
「…いた、でしょ?」
「あぁ、いる。霊感がさほど強くない俺でも分かる。でも、見て見ぬふりだ。今のところ、害はなさげだしな」
害はない、か。
ならいいけど。
「しかし、ここの呪述師、怨霊は舘さんに任せるつもりで野放しにしてるんじゃないですかね? 高みの見物って言ってたし」
「呪術師? 野放し? 高みの見物だと?」
包帯を巻き終えた舘さんの片眉が大きく上がった。
「あれのどこが野放しなんだ」
スッと窓の方により、扉が開けっ放しのエレベーターの方を目で見るように促した。
「あ!」
出入口を塞ぐように、SPっぽい男二人が倒れている。
「ご丁寧にエレベーターの中で待ってやがったぞ」
見た所、流血の様子はない。
素手でやったのか。
唖然とする俺達に、原田が、
「マジで凄かったんだ! 片手チョップで一撃! この手、機械で出来てんなんじゃないかと思うくらい!」
と話した。
――機械……。
不意に、山城に打たれてしまった注射のことを思い出したけれど、何も言わなかった。舘さんもいくらなんでも、その計画は知らないだろうから。
「はい、これ。弓矢とスタンガン、そしてスマホにイヤホンとIP無線機」
原田が一番欲しかったものを手渡してくれた。
「で、そのウサギの恰好した君は誰なのかな」
きっと、誰だか分かってるのに皮肉った。
「お、お前こそ誰だ! 千尋に馴れ馴れしくしやがって!」
「オカルト研究部部長の原田だ。ひょんなことで橋本くんとは気が合って親友になった」
「はぁ? 親友は昔っから俺しかいねぇっつーの!」
また低次元な話を始めた堀に、ナップサックを手渡す。
「俺の荷物に一日分の着替え入れてたはずだから、着替えろよ」
「あ……れ、このナップサック、小学五年の時に家庭科で作った奴だろ? お前、まだ使ってたの?」
堀が余計なことを覚えていたものだから、「先輩! 物持ちいい! てか可愛い!」「橋本くんの意外な一面!」と他の二人にからかわれた。
「そんなことより、子供達は、地下にもっといるんだろう?」
舘さんが部屋の隅でうずくまる子供達を見て言った。
「はい、俺が見たのは一部屋だけですけど。そこには数人いました」
「他にも監禁部屋があるかもしれないな。で、どうする?」
「え……どうするって?」
舘さんは、堀や山城を見て言った。
「竹森浩介は死んで当然の男だが。……もっと多くを救出しようとすれば、あの女の子のように無残に殺されてしまう被害者が出てしまうかもしれない、それは君たちかもしれない」
更衣室の遺体の女の子のことを言ってるのか。
俺は、もともと、堀を救出するのが目的だったが、舘さんは一体、どうしたいのだろう?
そして、皆は――
山城は、子供達を見てから舘さんに尋ねた。
「あの船はあとどれくらいで離れるんですか?」
「サイレースをパイロットに飲ませたから、あと十二時間は動かないだろうな」
「サイレースって、睡眠薬ですか?」
「あぁ。体には二十四時間残ると言われてるから、しばらくは動けないだろう。船が戻ってこなきゃ大騒ぎになるし、捜索も始まるから悪い結果には繋がらないさ」
「じゃ、あの子達も含めて夜までに他の子も助けたいです」
山城が強い口調で言うと、原田も堀も頷いた。




