救いと導き 36
黒髪ロン毛男が、本気で嫌そうな顔をした。
「そう、かもしれない……」
自覚はなかったけれど、結界が薄れ引き寄せていたのかも。
あれほど巨大化した怨霊を祓える人間はここにいるのか。
「情報で最強の陰陽師がここに向かってるって小耳に挟んだんだけど、まさかお前か?」
コスギと白魔術師が俺を見る。
「どうだろうな……」
なんて答えてもこいつらには通用しないだろう。
特に黒髪ロン毛の男はヤバい氣を放っている。霊能力者かもしくは黒魔術師か、それとも陰陽師か。とりあえず鋭い。
……それにしても。
舘さんがこっちに向かってる情報は既に漏れてるのか。
考えてみればそうだよな。山城を捕らえにボートで港まで来たってことは――。
でも、どうやって?
彼女のスマホはこいつらの一味に取られ、GPSも意味なかっただろうし。
俺は山城の顔や体を眺めた。指の付根にチップを埋められてる様子はないし、それならいくらなんでもわかるだろう。
――もしかして――
ある疑念が頭に浮かんですぐだった。
「彼女の身体にはとっくにあの受動体が入ってるよ」
いつの間にか上がってきていた比良が、フロアの隅で楽しそうに笑って答えた。
「私のこと? 受動体ってなんですか?」
途端に山城が不安そうな表情になって俺を見た。
「まさか、先輩が言ってた注射液の事?」
「……」
俺は自分の事のようにショックを受けて、返事が喉でつかえる。
――いつだ?
彼女が注射を打ったなんて聞いてない。
俺が動揺を隠せないまま、ただ見つめていると、思い出したのか山城が視線を右にずらして、信じられない様子で答えた。
「そういえば……前に、攫われそうになって病院で手当て受けた時、念のため血液検査して後日、貧血だからって鉄剤を打ちました……」
ククク……と乾いた声で笑ったかと思うと、
「そう、どこの病院にも【ゴールド・スター】すなわち【ルーメン】のメンバーはいるからね。目を付けたターゲットの情報は常に流れてくるのさ」
比良は勝ち誇った顔で言い、手を伸ばし俺に近づいてくる。
「さぁ、来るんだ。浩介は死んだけど、君は俺の獲物であることには変わりない」
やっぱり、冷蔵庫の電気切らなきゃ良かった。
ぐっと持っていた杖を握りしめ、比良にぶんなげようとしたら、
「……船、来たね。竹森号。息子もいないっていうのに」
比良が窓の方を見て、スッと俺から離れた。
堀や山城も顔をパッと輝かせた。
水平線に黒ごまのように見える船の存在を確認したからだ。
「でも、君たちはこの施設から簡単に出られても、島からは出られないよ。……また地下で待ってるからね」
比良は、エレベーターに一人、先に乗り込み、地下へと降りていく。
俺は子供たちを抱えて、残った大人達の次の出方に注視する。
「あれ、散歩から戻ってる間に、薄汚い人間が増えてるな」
外から戻ってきたアレスタとメンバーの男達が、フロアにいる俺達を見て嫌悪感を露にした。特に、何年も捕らえられていた子供達に対して、だ。
「え? 使えないの? 何で?」
レッスン室に入ろうとするアレスタ達をケンが止めて、「悪霊がいる」と教えると、「それなら、あんたらの出番じゃん」とアレスタが黒髪ロン毛に言った。
「俺、日本独特な怨霊って、苦手なんだよねぇ」
「いいから、早く何とかしてよ」
アレスタは呪術師達よりも立場が上なのか、偉そうに言って、「朝食済ませてくる」と、エレベーターで二階に行った。
「こっち来んな!」
コスギが堀を追いかけましてる間に、いつの間にか増えていた用心棒のような男達が俺や山城、さらに子供達を無理やりレッスン室に押し戻そうとする。
「え、やだ、なんでここっ?!」
「え、ちょ、」
堀もあえなく捕まり、再びレッスン室に押し込められる。
「俺達は二階で高みの見物してるから、あとは最強の陰陽師になんとかしてもらいな」




