救いと導き 32
弾丸は、堀のウサギの耳を貫通したらしく、
「……ひ」
堀は固まって動かなくなった。
「おい、正義のヒーローぶった小僧。お前だけは許さないからな」
竹森浩介が今度は銃口を俺に向けた。
「……」
俺は動かず、竹森浩介の歪んでいく口元や、大きく弧を描く細い眉をじっと見つめた。
――撃つなら撃てばいい。
呪いの解けてない俺は、どうせ死ぬ。
「……ち、怖いもの知らずみたいなその目が気にくわねぇんだよ! 普通、こんなん向けられたらビビるだろ! まるでゾンビみたいな野郎だ!」
竹森浩介は吐き捨てると、銃口を部屋の角に寄り添い合うようにしている子供達に向けた。
「自分の痛みに鈍感だけど、他人の痛みには敏感なんだよな? ヒーローってやつは」
「止めろっ!」
俺と堀が、「あ!」と、動き出す前に躊躇いの微塵もなく弾丸を撃ち放った。
再び銃声と、山城の悲鳴が響く。
堀が、愕然と腰を落とす。
弾は、堀が連れてきた女の子に当たった。
煙と血を出しながら、小さな体がドッ! と前に倒れた。
「俺にも良心があるからなぁ! オデコに一発、苦しまずに仕留めてやったぞ!」
悪魔のような高笑いが更衣室に響き渡った。
堀が、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして、小さく、「あぁ……」とか、「うぅ……」とか、呻いていた。
「おい、比良に電話して材料取りに来るように言え。内臓は新鮮さが命だからな」
竹森浩介が男に顎で指示を出す。
無惨に散った小さな遺体と、それを言葉なく唖然と見つめる子供達から素早く視線を反らし、俺は、竹森浩介に一歩近付いた。
「俺はあんたが思うほど、他人の死に敏感じゃない」
他人はおろか、肉親のことも、距離を置いて接してきた。
とても薄情な人間だ。
きっと、人を慈しみ愛しいと思う感情を知る前に転生を繰り返してきたせいかもしれない。
「そりゃ奇遇だな、俺もだよ。一回、ヤりながら殺したら病みつきになった。これが俺の生きがいだって」
恐らくA子のことだろう。
竹森浩介の腕の中で青ざめる山城が、横で軽蔑の眼差しを向けていた。
「そのデリヘル嬢殺人を隠蔽したあんたのお父さんは、政治生命を完全に絶たれた。申し訳ないとは思わないのか」
あえて、こいつが呪っている竹森隆の事を口にした。
操られているとはいえ、実の父親を呪い殺そうとするなんてよっぽどだ。
歪んだ顔がますます崩れていく。
竹森浩介は、ゆっくりと銃口を下ろしながら、少しだけトーンを落として言った。
「……事件を起こさなくったって、あいつはとっくに政界から消えてたさ。何て言ったって、大国の大物面々に恥を掻かせたんだからな! 大馬鹿者の裏切り者め。そのくせ、偉そうに俺の選挙立候補を邪魔しやがった!」
なに。
俺と思ったことが一緒だったのか、山城が目を見開いて竹森浩介を見つめている。
お前がもし当選でもした日には東京都が、日本が秒で沈没してしまう。
「それこそ、親心じゃん。そんなこともわかんないほど馬鹿なのか」
「なんだとぉ? 俺に馬鹿つったな? アイツみたいに、この俺をっ!」
アイツとは、父親のことか。
竹森浩介が下ろしていた銃口を上げて、俺に向けた。
「あんたを賢いと思ってるやつは世界中探してもいない。エゴサくらいしたことあんだろ? 【竹森隆のヤクチュウ馬鹿息子】って一番上に出てくるぞ」
歪んだ顔が真っ赤になった。
「俺は、薬中じゃねえ! 比良に治して貰ったんだ!」
「その分、人殺しが発散方法になったんだろ? やっぱり馬鹿じゃないか」
馬鹿を連呼してやる。
「てめ……」
そうだ、俺に怒れ。
あと何発弾が残ってるか知らないが、怒りで震えて外せ。
外しまくって、丸腰になれ。
「もう許さねぇ」
竹森浩介は、向きを変え、あろうことか銃口を山城に向ける。
「……ひゃ」
ぐぐっとピストルを耳に押し付けられ、山城が変な声を出して足をガタガタと震わせていた。
「他人はどうでもよくても、この女はお前の弱点だろ? わざわざ海に飛び込んでまで助けたんだからな? な? ちがうか? 」
ゲラゲラと舌を見せて大きく笑いながら、竹森浩介が、ゆっくりと引き金を引いていく。




