救いと導き 30
エレベーターに乗り込むまで、誰にも見つかることはなかった。
というか、そもそも追ってきてもないのかもしれない。
「ここからが問題だな……」
真夜中、いや、もう朝方だけど、二階の連中がみんな眠ってるとは限らない。
逃亡者がいることも知られて、エレベーターを降りたら、それこそターミネーターみたいな敵がいるかもしれない。
チン!と、一階で扉が開いて、まず俺が顔を出して周囲を警戒する。
誰もいない。
「……スゲー綺麗なフロアだな」
まるでTVに出てくるような高級ホテルみたいだ。
「絨毯ふかふか……。さすがVIPが来る所は違いますね」
山城も地下との違いに目を見張っていた。
「あ、いつもVIP室に奴らがいるとはかぎらないみたいだぞ。たまにバカンス気分で遊びに来てる連中がほとんどだって」
堀がコスギ情報を小出しする。
……バカンス。
連中の全員が儀式をしに来てるわけじゃないんだろうな。
フロアの奥の窓にゆっくりと近づく。
青黒い海と、通くに島が見えた。
あれが本土なのか、大陸なのかもわからないが、まだこちらに向かう船は見えなかった。
「山城、鳩を使ってもいいか?」
「鳩を? 伝書鳩にでもするつもりですか?」
「そんな感じ……」
俺は、自分の体に巻かれていた包帯を一部切り取り、さっき子供が描いてくれた間取り図に、子供達が監禁されてる地下の図も足して、檻の鳩の足にくくりつけた。
俺は、心の中で鳩に念に近い願いを込めた。
「先輩、式神を使うなら呪文唱えなくていいんですか?」
山城が首を傾げ、堀が、「式神ってなんだ」と突っ込む。
「俺は、式神なんて使えないから」
ただ、強い念を飛ばすだけ。
俺だけじゃない、ここにいる被害者全ての無念や希望を携えて、この鳩に託す。
「頼んだぞ」
窓を開け鳩を放つ。
一度トゥルットゥーと鳴いて羽を広げた鳩はうまく風に乗ったようだ。
「ポッポ、行っちゃった……」
堀が抱っこしている女の子が、海と空の間を飛んでいく鳩を見て淋しそうにした。
「鳩なんて、日本中どこにでもいるからな」
堀が眩しそうに鳩を目で追って言った。
ここは、日本のようでそうでない。
滋岡が言っていたように、奴らに、″国″という概念はないから、ビザもパスポートも関係なくこの島に来てるんだろう。
こんなところ、早く出なくては――。
「入口はどこにあるの?」
間取り図を描いてくれた子供に訊くと、首を横に振った。
外に出た事ないからわからない、と。
俺達は、隠れる場所を探した。
鍵で開けられた部屋は、養成所のレッスン室のみだった。
恐らくあと数時間もしないうちに、【らせんまる】が寄るはずだ。
それまで、何とかこの子たちだけでも連れ戻されないようにしたい。
レッスン室には、更衣室とモニター室みたいなのがあった。
表向き、養成所らしいこともちゃんとしているようだ。
「更衣室にいようか。もし、芸能人がいても、こんなに朝早くから活動しないだろうし」
地下から子供達が数人抜け出したというのに、ここまで放置されてる事が不思議だった。
一階も監視カメラはない。
従順に更衣室に入り、体操座りをする子供達を見て、もしかして、と思った。
堀が抱っこしていた女の子の顔や体を注意深く見つめる。
左手の親指と人差し指の間の付け根が赤く腫れていることに気が付いた。
「君たちは、ここに何か注射された?」
皆が頷く。
――やっぱり。
ここにいる子供、もしかしたら地下にいた竹森浩介や比良とかいう医者、全員にマイクロチップが埋め込まれているのかもしれない。
上の奴らは、監視カメラなんて付けなくても、監視できるというわけか。




