救いと導き 29
「じゃあ、そのお医者さんは、放っておいたら死んじゃうかもしれないんですね?」
ここに来るまでの過程を話したら、山城がそんな事を気にした。
「冷蔵庫はそう経たないうち、誰かが開ける。かなり死体の悪臭が漂ってたから。電気も切ったしな」
よほど死臭に麻痺してない限り。
「そんなことより、堀のスマホはどこにあるんだ?」
バニーガールの格好をした堀に尋ねた。
スマホさえあれば、舘さんや紫音さんと連絡が取れる。
「捕まって直ぐに取り上げられたからな。きっと、どこかにあるはずなんだけど」
堀が部屋をあちこち見て回るも、それらしきものはない。
「もう、ないかもしれないな」
堀のスマホから山城にメッセージを送っていたのは竹森浩介だったのか、それとも、既に仲間内で処分された奴らだったのか。
「動ける子供たちがいるなら、エレベーターに乗せて地上に出よう。ここより一階にいた方が午前中に寄る【らせんまる】から見つけて貰いやすいと思う」
俺は、手前の部屋にいた子供たちに声をかけた。
「上に上がったことある人いる?」
子供達は声を発しない。
息を殺すように、一人、二人と手を挙げた。
「どこに何の部屋があるかわかる?」
小学生位の男の子が、頷いた。
俺は医者の机から持って来ていたマジックを渡して、コンクリートの床に施設の間取り図を描いて貰った。
「エレベーター出て直ぐに運動できる広い部屋があるんだね?」
恐らくそこは養成所の一部で練習場なのかもしれない。
踊ってるような人の絵。
一階は、そんなに多くの部屋はなさげだった。
二階には行ったことがないらしい。
「歩ける子、付いておいで」
抱っこやおんぶができればいいけど、俺も肩の傷が痛むし、堀も何日も拘束されて体力が確実に落ちているはずだから頼めない。
それに、はじめに手を挙げた二人以外、皆、じっと動かなかった。
仕方ない。
「行こうか」
また来るよ、とか、必ず助けが来るからね、とか安易な言葉をかけられなかった。
今でも生気を失った子供ばかりなのに、できなかった時のことを想像すれば、約束なんてできない。
俺と山城と堀と子供二人で監禁部屋を出ようとしたら、「っと!」堀が急に立ち止まった。
バニーのしっぽを小さな女の子が掴んだのだ。
「行かないで……」
ほんとうに蚊の鳴くような声だった。
ここにどのくらい監禁されているのかわからないけれど、うす汚れた服を着て、顔もいつ洗ったのかわからないほど黒ずんだ五歳位の女の子が、しっぽを掴んで離さない。
「……うぅ」
堀が急に泣きそうな顔をして、その女の子を抱き上げた。
「おにいちゃんと一緒においで」
しかし、足元がふらついている。
「堀先輩、パンプス履いてたんですね」
山城が今さらそんな事に気が付いて、堀は女の子を胸に抱えながらムキになって言った。
「お、俺は、こんな格好させられたからって、あんなハゲに貞操を許したわけじゃないからな! 名前がそうだからって、けして掘られてないからな!」
「誰もそんなこと言ってないじゃないですか」
山城が連れてきた鳩が、また、クルルットゥーと鳴いた。




