救いと導き 28
俺を診察台に倒し、上に覆い被さってきた医師がメガネを外したその時――
「…ぐ…っ!……」
俺は、医者の股関を思い切り膝蹴りしてやった。
よほどキたのか、そこを抑えたままうずくまる。その身体に、さっきまでは俺を拘束していたロープを巻き付ける。
うす汚れた白衣ごと締め上げると、引っ張って部屋の大きな冷蔵庫に押し込めた。
そこには、先客がいた。
腐りかけた少女の遺体がゴミ袋ごと入れられていた。
「おいっ! こんなところに入ったら死んでしまうだろっ?!」
ほざけ。
俺は、わめく医者を無視して重い冷蔵庫の扉を閉めた。
その分厚い扉に遮断され、中で叫んでいた医者の声は聞こえなくなった。
冷蔵庫のコンセントを抜き、改めて室内を見回す。
監視カメラは見当たらない。
日本地図から消去するくらい隠したい場所なのに、ここ自体の監視はさほど厳しくないようだ。
もしかしたら、連中にとっては、地下の子供たちも、竹森浩介も、儀式自体も重要視してないのかもしれない。
上に出れば、またべつなのか。
エレベーターはあるのだろうか。
そして、山城や堀はどこに監禁されてるんだ。
何か施設内の案内図みたいなのはないのか。
パソコンを触ってみたけれど、流石にパスワードは設定してある。
「時間が勿体ない」
とりあえず部屋を出ようとしていたら、ギシッ……と軋む音が聞こえた。
「……」
後ろを振り返る。
机の引き出しに、なにやら″気配″を感じる。
見守っていると、勝手に数㎝ほど引き出しが開き、そこから青白い、子供の指先が出てきた。
――そんなところに。
俺は、近寄って引き出しを引っ張った。
真っ黒な瞳と目が合った。
小さな子供の霊が目を見開いて俺を見上げている。
――この子もここで殺されたのか。
「俺の友達、知らない? 最近、拉致されてこの地下に連れてこられたんだけど」
尋ねると、入口の方にスッと移動して右側に消えて行った。
「とりあえず、右、ね」
独り言を言いながら、開けた引き出しの奥にに鍵の束が入っているのを見つけた。
それをポケットに仕舞っていると、大きな足音が聞こえてきた。
隠れるか。
しかし、もう冷蔵庫の中はいっぱいだ。
それにホモ医者と少女の遺体と一緒に隠れるなんて絶対に嫌だった。
俺は、机に放置された注射器もポケットに、空の注射器をゴミ箱に棄ててから診察台に横たわった。
「おい、比良ぁ、小僧に注射打ったかぁ?」
間延びした声とともに、竹森浩介が部屋に入ってきた。
「あ、れ? 比良、どこに行ったんだ? 糞か?」
あの医者を探して、室内を見回す。
「……ま、いっか。それより、と」
診察台に横たわり、じっと大人しくしてる俺と、ゴミ箱の注射器を見て、つり上がった目元を少しだらしなく下げて笑った。
「注射効いてるのか? 今日からお前は俺の僕だ」
俺は、か弱く頷いた。
心の中で、″こいつ馬鹿なんだな″ と思いながら。
受動体打っただけで何もせずに変わるわけないだろ。
「お前を、ルシファーが乗り移る高僧の役に任命するから、ついてきな」




