救いと導き 18
* * *
喉の渇きで、ボンヤリと目が覚める。
右目が痛い。
……そうだ。船に乗る前に何か飛んで来て、目が眩んで階段のヘリから落ちたんだ。
溺れかけたところに、橋本先輩が飛び込んできて……―
そこからの記憶がない。
重い瞼を上げると、暗い部屋に寝かされているのだとわかった。
鼻を蠢かす。
悪臭は、自分が寝かされているマットからだ。
起き上がってみる。
手足の拘束はされていない。
髪はまだ濡れていたけれど、毛先が乾いて結晶か何か付いて、動けばそれがパラパラと落ちてきた。
……あれ……?
自分の胸元や足元を見て、着ているものが制服じゃないことに気が付いた。
黒いドレス。
カーテンみたいな生地に幾層ものレースがついて、まるでドールになったようだ。
でも、臭い。
体臭?
鉄?
汗?
色んなものが染み着いたドレス。気持ち悪い。
誰が着替えさせたの?
それに、ここ、どこ?
光が全くない部屋の中でようやく視界が慣れてきて、壁も床もコンクリートうちだと分かった。
もしかして、地下?
……まさか、ここって。
竹森浩介のアトリエ兼シュピルマン・エンターテイメントの養成所?
橋本先輩、何処に行ったの?
心細さマックスになったその時、どこからか悲鳴が聞こえてきた。
女の子の声だった。
やっぱり、ここは拉致された子供たちが閉じ込められている地下なんだ。
て、ことは堀先輩もいる?
先輩……。
助け出すどころか、頼れる大人から引き離され先に閉じ込められてしまった。
絶望的。
身一つで落ちちゃったから、弓矢もスタンガンも、IP無線機もない。
私も殺されちゃうのかな。
悲鳴は、壁の向こうから聞こえた。
隣にも部屋があるの?
そっと歩いて壁に近寄る。
今度はカビくさい。
こんなところにいたら、鼻がもげてしまう。
扉とかないの?
手探りで凹凸を探す。
あった、ドアノブ。
引いてみるもやはり動かない。
外から鍵がかけられているようだ。
歩いても体力を失うだけ。
諦めて、寝かされていたマットの上に座る。
体操座りして、最後に見た橋本先輩の顔を思い出した。
なんだかんだと言って、やはりあの人は優しい。
普通の高校生が、ただの後輩のために、海に飛び込んでくれるだろうか?
正義感。
もしくは――
「……て、馬鹿みたい」
こんな時に橋本先輩も、もしかしたら、自分のことを好きかも、なんて思ってしまった。
でも。
会いたいな……。
どーせ死ぬなら、先輩の側がいい。
両思いになんてなれなくても、それこそ来世で逢えたら……――
膝を抱えて、また眠りにつきそうになった私の顔を、何か冷たいものがスッと這った。
「ひっ……!」
はっ、と顔を上げる。
誰かに頬を撫でられたようだ。
一瞬、寝てしまった間に人が入ってきていた。
電気が点いて、眩しさに顔を背ける。
いくつもの、大人の靴が見えた。
「なんで、こんなの着せてんだよ? こいつはどう見たって着物だろうがぁ」
「そんな事言ったって、こんな所に着物なんかないって」
私に着せるものの話?
「あーぁ、せっかく市松人形みたいなガキが手に入ったってーのに……」
ブツブツと、上から降ってきた不満そうな声は、何となく聞き覚えがあった。しかし、現実ではない。
橋本先輩の霊視したものを覗いた時に聞いた声だ。
恐る恐る顔を上げる。
腕時計が見えた。
蛇柄の、派手な――
やっぱり、この男の人は――
「こいつは、悪魔じゃなくて鬼の生け贄にしたかったのに」
サイコ的な細く吊り上がった目。
歪んだ口元。
左耳の下にある大きなホクロ。
――竹森浩介だ。




