救いと導き 2
紫音さんは、体調不良の部員を目の前に座らせ、その顔を暫く眺めたあと、
「あなた、気が弱いのよ」
と、いかにも柔らかそうな手を両方とも広げ、パン!!と思い切り叩いた。
店内中に響くほどの大きな音に、部員はビクッと体を震わせたあと、キョトンと不思議そうな顔をしている。
「あ……れ、なんか、頭痛が無くなった」
「え、あれだけで?」
隣の席で見守っていた原田くんたちは信じられない、と顔を見合わせていた。
「呪いの餌は恐怖心だからな」
橋本先輩は、コーヒーを飲みながら至って冷静。
「あとの三人は大丈夫そうね。何かお守りでも持ってるのかしら?」
紫音さんは、付き人がとってきたメロンソーダを受けとり、美味しそうに飲み始めた。
「三人は、って、あと一人は呪われてるってことですか?」
原田くんが恐る恐る尋ねると、紫音さんはストローを咥えたまま、橋本先輩を指差した。
「え?!」「橋本くん?」
私達がジュースを噴き出しそうになったのに対し、橋本先輩は、相変わらずクールな表情でコーヒーを飲んでいる。
「そ、そんなら解いてやってくださいよ、パン!!ってさっきみたいに!」
原田くんが唾を飛ばしながら頼んでも、紫音さんは、軽く、
「そんなもん解けないわよ、千年前の呪いなんて」
と手を振っていた。
せ、千年……?
ぽかん、と口を開けたままの私達に向かって、橋本先輩は、メニューを広げて見せる。
「そんなことより、滋岡に請求していいらしいから、好きなもん食おうぜ。腹が減った」
紫音さんは、にっこり笑って、
「そうよ、食べなきゃ損よ。滋岡くん儲かってるんだからどんどん食べなさい」
と、ビーフステーキセットとデザートにアイスクリームまで頼んで付き人に、「先生、カロリーが……」と心配されていた。
「ところで、紫音さんは、今日はこれだけの為に出向いてくださったんですか?」
隣のテーブルで、ほくほくとステーキ肉を切り分ける紫音さんに声をかける。
大きな目が私の顔をまんべんなく捉えて、何もかも見透かされそうでドキリとした。
「あなた、前世は巫女だったわね」
問いには答えてもらえず、いきなり前世を告げられ、私は少し不機嫌になった。
「そんなの適当に言えます」
「いや、山城の前世は巫女だよ」
隣でグラタンを頬張りながら、橋本先輩までおかしな事を言う。
「すげ、橋本くん、そんなもんまでわかるの? じゃあ、俺らなんだった?」
部員たちのそれには答えないで、橋本先輩は、紫音さんの方を真っ直ぐに見た。
「それで、俺達がすべきこと、これから起こり得ること、もう視えてらっしゃるんですよね?」
紫音さんは、頷きながら残りの肉を一気に食べてしまうと、まず原田くんを見た。
シワやたるみがなければ、物凄く可愛い顔立ちであったろう、紫音さんの大きな瞳。
一体、何が見えたのだろう?
「″羊たちは逃げ場を失い、一生出られない柵の中で飢え死ぬ″」
さっきまでの気さくな近所のおばちゃんみたいな口調から、急に予言者らしい、お告げみたいな事を口にするから、空気が一変した。
「そ、それ、どんな意味が?」
「直ぐに部活のブログを閉鎖しなさい。さもないと学校ごと閉鎖させられたり、吹き飛ばされるわよ」
「えー?!」
そんな大胆な攻撃もありなの?!
原田くんは額に汗を滲ませながら、「ちくしょ、しょうがないな」と、スマホからブログの操作を始めた。
次に紫音さんが見たのは私だ。
何を言われるのかと思うと、ぞくぞくして寒気がした。
紫音さんの薄いけれど、愛嬌のある小さな口が静かに開き、また不気味な予言を残す。
「″水、火、災難。いずれも救いの手に導かれる″」




