生と死 22
「””軍畧虎之巻摩利支天法”を使うなんて、しかもネットを使って念飛ばしとは。なかなかやるね……”」
滋岡は視聴者の存在など忘れたように俺にだけ話しかける。
この法は天皇家の秘法となっており、ゆえに神罰の恐れがあるかもしれないと言われている。
明治維新以降、陰陽道は神道と一緒に一括りされているが、本来、陰陽師は神など崇拝していなかった。
魂を成仏させたり厄を祓ったりする神仏とは別の所で生きていて、陰陽道にも様々な神というものがいるものの、呪術としての対象ではあっても信仰の対象ではなかったのだ。
父、安倍晴明が神罰など恐れていたら、これほど有名にはなってなかったかもしれない。
「”しかし、いいのかい? そんな念では俺は倒せない。どうせなら、人殺しても顕れざる法でも使ったらいいのに”」
滋岡が冷淡な口調で話すから、チャットのコメント欄がかなり荒れ始めていた。
【滋岡さん、いつもより怖いんですけど】
【え? 殺人しても隠せる呪文とかあんの? w】
滋岡が言っている呪文は、こうだ。
「おん・そあれりたりた・そわか」
この呪を千遍唱えれば人を殺しても表面に出てこない。
しかし、俺は滋岡を殺すつもりはない。そんなことしたら、堀の救出が永遠にできなくなる。
俺の躊躇いなど知らず、多くの視聴者に害が及ぶかもしれないのに、滋岡は、ぞの法を使おうとした。
「“おん・そあれりたりた・そわか”」
目を瞑り、滋岡が静かに唱え始める。
いや、待て。
殺さない程度って言ったじゃん。
俺も負けじと二刀印を結んだ。
「おん・ぶん・ゆうのう・ちんかなう・そわか」
”この呪を唱えれば敵竦みて太刀を抜けず”
つまり、滋岡の動きを封じ込められる。
繰り返すうち、滋岡の唱える唇が震え出した。
恐ろしい呪文だが、俺には響かない。
神を信仰していなくても、念を送るこの場所が最大のパワースポットとなっているせいか、奴の想念より俺の方が今は勝っているらしい。
「……っ」
それでも限界はやってくる。
強い電磁波の影響か頭痛がしてきた。
俺が唱えるのを止めたのと同時に、滋岡からの動画配信が途絶えた。




