一つかれている9
「え、そうなのか?」
リビングのカレンダーに、新築物件の地鎮祭の予定日に丸をつける父さんに教えてやった。
「天気予報で言ってた」
「予報変わったのか? まぁ、千尋が見てる天気予報は当たるからな、じゃあ、予定日変えてもらおうかな、しかし、どこにするか」
父さんがカレンダーの前でしかめっ面をする。
「テントを用意して張ってすればいい。雨が都合悪いのは人間の勝手だよ。風も雨も自然のものだから、けして悪いことじゃない」
雨がなければ大地は枯れてしまう。
「……そうかな。まぁ、昔から地鎮祭は、″ 雨降って地が固まる″ って言うからな。テント借りとくか」
頷く父さんに背を向け、そのまま二階へ上がろうとしたら、
「千尋、お前なんで進学しないんだ?」
急に表情を厳しくして尋ねられた。
「そうよー、もったいないって先生も仰ってるのに」
キッチンで洗い物をしていた母さんも、口をはさむ。
「前も言ったけど」
俺は軽く息をついて答えた。
「大学なんて、大して身になることを勉強するわけじゃない。時間と金の無駄だよ。それより俺は早く働きたいんだ」
もうすぐ死んで転生してしまうというのに、受験なんてそれこそ無意味だ。
父さんと母さんは顔を見合わせて溜息をついていた。
「千尋が何を考えてるかわからない」
「すっかり冷めきった子になっちゃって」
とうに自立した姉さんに、時折電話をかけては嘆き、相談している母さんの声を何度も聞いた。
――別に冷たくしているわけじゃないよ。
なるべく、俺との思い出を残さないようにしてるんだ。
たとえ、俺がいなくなったあと、俺の存在を忘れてしまう日が来るにしても、それまではやっぱり息子の“死”を悲しむだろうから。
肉親だけじゃない。
親しい友達も作らないし、男女とも交遊も持たないようにしてきた。
――それなのに。
なんで山城リリの除霊なんてしてしまったんだろう?
噂では、彼女は神主の娘だと聞いたから、そっちの方が祓いの本家だし任せておけば良かったんだ。
出過ぎた真似をしてしまった。
俺は、試したかったのかもしれない。
誕生日が近づくにつれて、日に日に増していく、引き継いだ前世の記憶と力を。
やはり“安倍吉近” なんだ、と確認したかったのかもしれない――
その夜、深夜のテレビ番組では、“現代の陰陽師” として滋岡道中がある家に居ついた悪霊を退散させていた。
風呂上り。
俺はそれをボンヤリと見ながら、呑気に牛乳を飲んでいた。
彼は、番組のコメンテーターに『あの安倍晴明の子孫ですか?』と訊かれて、『いいえ』と答えたあと、こうも言っていた。
『安倍晴明がオカルト的に超人であったとする記述や逸話はほぼフィクションですよ』
口の中の牛乳が急に苦く感じた。
――“滋岡道中”。
この人こそ、安倍晴明と自分に呪いをかけた民間陰陽師 “滋岡川仁” の子孫だとわかったからだ。




