第3話 喫茶メロン
ここから車で少し行ったところに喫茶店がある。田舎なので交通量は少ない。
喫茶店の駐車場はないので近くの銀行に車を停める。今日は土曜日で銀行は休みなので遠慮なく停める。
常温保存可能なパウンドケーキを車に残し、しっかりロックする。
数秒歩くとすぐに喫茶店に着く。四角い看板に【メロン】と書いてある。この喫茶店の名前だ。昔来た時と変わらない看板だった。ここに来るのは高校生以来かな。当時つきあっていた彼女と一度来たっけ。
喫茶店の扉を開ける。中に入ると以前来た時と同じ店の雰囲気で一気に懐かしくなる。あの時と同じテーブルと椅子、壁に飾ってあるどこかの駅の看板。これは駅名標というらしい。今見ると「昭和レトロ」と表現されてインスタ映えがしそうだ。
当時は「大人の来る店」という印象が強くて少し緊張して入った。彼女は友人と何度か訪れていたらしく、堂々としていた。あの時確か、彼女はオムライスを頼んでいた。大人の店でオムライス? と違和感を抱いたことが印象に残っている。しかし喫茶店は洋食メニューが多いのだとあとから知った。僕はミートソーススパゲティを頼んだ記憶がある。本当は牛肉入りのピラフを頼みたかったけれども値段が少し高かったのでやめたんだ。あと少しかっこつけたかったのかもしれない。スパゲティをフォークできれいに食べることに少しは自信があった。
本日二杯目のコーヒーになるので、ミルクを入れた。銀色の大きいミルクピッチャーが置かれている。一応ブラックのまま飲んでみたけれども少し濃いので多めにミルクを入れた。色が黒から暗い茶色になり、味がまろやかになった。
そういえば喫茶店のミルクピッチャーの中身は生クリームなのだろうか? スーパーで売っているポーションミルクと中身は違うのだろうか。まさか牛乳ということはあるまい。
僕は気になりスプーンにミルクを注いでなめてみた。牛乳ではなかった。しかし生クリームをなめたことがないので判断に迷った。ポーションミルクをなめたこともない。まさか店の人に聞くわけにもいかず、なめたミルクの残りをコーヒーに入れてスプーンでかき混ぜた。
モーニングには厚切りトーストとゆで卵とサラダスティックが付いてきた。
厚切りトーストは食パンをななめに切った状態で出てきた。黄金色をしている。トーストに塗られているのはバターだろう。まだ少し乳白色の塊が残っている。バターナイフで塊をならす。焼きたての食パンの熱でバターはすぐに食パンと同化した。
やっぱりおいしい。かじるとじゅわりとバターがしみ出る。濃厚な味だ。食パンを割ってみる。厚い食パンの半分くらいまでバターがしみ込んでいた。表面は黄金色をしていたけれど、バターがしみ込んだ中身は黄色でそれ以外は白かった。おいしさを目で確認できる。黄色い部分が少し湿っていて白い部分は柔らかかった。耳は三センチほどあるだろうか、かじるとサクッと音がして柔らかいのですぐに口の中に収まる。
自宅で食べるトーストは基本マーガリンだった。僕はマーガリンでも充分においしいと思っている。けれども時々外で食べるバターが塗られたトーストはやっぱり格別だ。自宅でも食べたくなるけれども、トーストは時々しか食べない。そうなるとバターの劣化が心配だから一回使い切りタイプを買うのがよさそうだ。確か以前もそう思って、一回使い切りタイプのバターを買いに行ったんだっけ。そしたら売っていなかった気がする。だから自宅で食べるトーストはずっとマーガリンなのだろう。
サラダスティックも、ようは生野菜なのになんでこんなにおいしいんだろう。家で同じようににんじんを切ったからといってこの味になるのだろうか。実行したことはないけれども、がっかりする確率が高い気がして真似ようとは思わない。
シンプルにマヨネーズが添えられている。にんじんにマヨネーズをつけて口に運ぶ。パリッと気持ちよく音がして割れる。新鮮さを感じる。他にはきゅうりとレタスがある。レタスはくるっと丸まり、にんじんときゅうりは同じ高さにカットされてココット皿にきれいに詰め込まれていた。
ゆで卵を割るなんて久しぶりだった。トーストが載っていた皿の端でコツコツとひびを入れる。意外に硬かったのでもう少し力を入れる。細かいひびが気に入らなかったけれどもそこから一気に殻をはがす。なかなかうまくはがれない。
ようやく殻がむけたゆで卵には食塩をつけて食べる。
バターとマヨネーズと食塩。全部おいしいに決まっているのになぜか自宅ではあまり積極的に摂取しようとは思わないものばかりだ。なぜだろう。ああ、姉ちゃんだ。姉ちゃんはいつもダイエットをしている。バターとマヨネーズは大敵だと言いながらオリーブオイルは美容にいいと言ってなんにでもかけている。塩もむくむ、などと言ってあまり好んでいない。姉ちゃんはサラダにノンオイルドレッシングと決めている。僕から見たら確実に油が入っていると思うけれども口出しすると二倍になり反論が来るので黙っている。
残っているのはコーヒーだけになったので、おしぼりで手を拭きスマホを開く。
SNSでは例のパウンドケーキの感想が多くなっている。とびきりの皿に盛りつけて、生クリームとフルーツを添えて食べたという写真が多くのイイネを獲得していた。神宮寺先生のSNSは更新されていなかった。
パウンドケーキは明日の朝に食べよう。食べる時の想像をしてみる。一番いい豆のコーヒーを淹れよう。神宮寺先生と感想を共有できると思うと愉しみでならなかった。ゆっくり味わって食べよう。