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パウンドケーキ  作者: 青山えむ
12/12

第12話 パウンドケーキ

「明日デートだからね、服を選んでいるのよ」

 明日からのGWは天気があまりよくない。少し寒くなるかもしれないのでトレンチコートを着る設定で服を選んでいると言っていた。


「で、なんかあったの?」

 前から見ると無地、背中にスカーフのような模様のついてあるカットソーを着て、首元にスカーフを巻きながら姉ちゃんは言う。僕は神宮司先生のパウンドケーキから、明日の午後、月岡さんの家に行くことまで全てを話した。


「漫画家のパウンドケーキはいつでも食べられるんじゃないの? 今あるのは母さんか誰かにあげてさ。月岡さんのパウンドケーキは明日しか食べられないんだから月岡さんを優先すればいいんじゃない?」

 スカーフ模様の服にスカーフはくどいと思ったのか、今度はワンピースに色々なカバンを合わせながら姉ちゃんは言う。靴も合わせだした。


 姉ちゃんの意見が一番無難だとは思う。けれども僕は今まで待ったんだということと、旬のうちにパウンドケーキを食べたいことを伝えた。


「旬ってなに?」

「神宮寺先生があのパウンドケーキを好きだって言ってから二ヶ月近く経っているんだよ。同じ期間に味わいたいんだよ」

 姉ちゃんは縦じまのワンピースにトレンチコートをはおっている。先ほど諦めたかと思ったスカーフをカバンに巻きだした。


「双葉、冷静に考えて。二ヶ月も経って同じ期間って」

「僕にとっては初期衝動みたいなものだから」

 姉ちゃんは黒のストラップシューズとスニーカーを交互に履いている。どちらにするか迷っているようだった。


「その靴、寒そうじゃない?」

 先日会った昔の彼女の足元を思い出した。明日は寒いと予想がつくのになぜその靴を履こうとしているのだろう。姉ちゃんは春でもブーツを履いているのに。


「デートだからね、五月だしブーツは季節感ないかなって」

「季節感って、合わせる靴にも旬があるってこと?」

 雪が降ったら冬靴、それ以外はスニーカーしか履かない僕には純粋な疑問だった。


「一人で外出するんだったら気温に応じたファッションだけど、彼と一緒だから着飾りたいのよ」

 姉ちゃんは黒のストラップシューズに決めたようだ。姉ちゃんはオシャレした時によくあの靴を履いている。手入れも怠らない。


「双葉も彼女がパウンドケーキを焼くから迷っているのよね」

「うん」

 なんだろう、なんだかもやもやしていたものが晴れそうだ。


「漫画家のパウンドケーキは明後日食べればいいんじゃない? 期限の一日くらいどうってことないわよ。それか今から新しいのを注文しちゃいなさいよ。古いのは私が食べてあげるから、一応明日まで食べるのは待ってあげるし。

ここまで来たら数日食べられないことでそんなに違いはないと思うわよ。ほら、漫画家のパウンドケーキはいくつか対応策があるじゃない。月岡さんのパウンドケーキは明日しか食べられないのよ。それに期日的なことだけじゃないでしょ?」

 姉ちゃんに言われて、その気になってきた。けれども今一つ気持ちに踏ん切りがつかなかった。姉ちゃんは帽子を選んでいた。僕は下を向いて考えていた。


「漫画家のパウンドケーキ、注文したから」

 姉ちゃんがスマホの画面を見せてきた。

本当だ、神宮司先生のパウンドケーキがお買い上げ履歴にでていた。明後日到着予定と書いてある。


「そういえば双葉がパウンドケーキ食べようとしたの、私が邪魔したんだもんね。罪滅ぼしも兼ねて双葉に献上するから、漫画家のほうは明後日到着する新しいの食べてよ」

 ここまでされたらもう逆らえない。強引な姉ちゃんに少しだけ感謝した。



 次の日、月岡さんの家に遊びに行った。

 月岡さんはアパートに一人暮らしをしている。台所と居間が繋がっている構造で、とても広かった。

 居間にはテーブルとソファが二つあった。一つは二人掛けのソファで、テーブルを挟んでその対面に一人用のソファというか椅子がある。

 テーブルには二人分のカップが用意されていた。二人掛けソファと一人用の椅子側に置かれていた。よかった、カップが二個とも二人掛けソファ側に置かれていたら僕は戸惑っただろう。


 月岡さんは、今お湯を注いだばかりのティーポットをテーブルに置いた。紅茶のにおいがする。

 ティーポットに保温用のキルト生地をかけて砂時計をひっくり返した。いいなぁ、砂時計。どこで買ったか聞いたけれども知らない店の名前だった。今度一緒に行こうと言ってくれた。

 月岡さんは台所に向かった、多分パウンドケーキを取りに行ったのだ。どんなパウンドケーキがでてくるのかどきどきした。


 丸い皿に乗って出てきたのは三角のチーズケーキだった。


「あれ? パウンドケーキ焼くって言ってなかったっけ?」

「ごめんなさい! 神宮司先生のSNSを見たら好きなパウンドケーキがあるって言っていたから、双葉さんなら最近食べたんじゃないかと思って……比べられるのも嫌だし、パウンドケーキは急遽やめたんです」

 月岡さんは申し訳なさそうに、しかし明るい顔で謝った。 

 気遣いが嬉しかった。僕は昨日までのパウンドケーキにまつわる出来事をどんな風に言おうか考えた。

 明日到着するパウンドケーキは四個入りだ。僕と月岡さんと姉ちゃん、三人は食べる人が決まった。


「チーズケーキ、食べたい」

「紅茶、できましたね」

 僕が言った瞬間、砂時計の砂が落ち切った。

 僕と月岡さんは同時に言葉を発した。僕たちは少し気まずそうに笑った。


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