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パウンドケーキ  作者: 青山えむ
11/12

第11話 困った

「なんで逃げたの?」

 ストレートに聞いてしまった。何を言ってもまわりくどい気がした。

 月岡さんは呼吸を整えて、顔を上げてまた驚いた表情で僕を見る。それに驚いた僕も月岡さんを見てしまう。月岡さんの目が潤む。な、泣く? なんで? どうしよう。思い出せ、今までに描いたラブコメ漫画のシーンを。記憶をフル回転させた。

 まずは状況と設定を整理しよう。主人公と姉、そこに現れた気になる女子――。

 あっ。姉ちゃんを姉だと知っているのは僕だけだ。月岡さんは下を向いている


「今一緒にいたの、姉だから姉。姉ちゃん!」

 僕は焦りながら言いたい単語を確実に発音した。月岡さんは顔を上げる。まだ驚いた表情をしているけれどもさっきとは違う。陽がさしている。


「お姉さん?」

「そう、お姉さん!」

「仲いいんですね」

 月岡さんはやっと笑顔になった。

 風が吹いた。白くて丸い花びらが飛んできた。上を見ると桜が満開だった。桜の木の下にいたのか。この間まで鈍いピンクだったのに、白寄りのピンクになっている。満開の桜ってこんな色だったのか。意識して見たことなかったな。


「うわー満開ですね」

 月岡さんが髪の毛を抑えながら言う。茶髪のボブは、風になびくとちょうど目を覆うのだろうか。月岡さんに花びらが舞い降りる。月岡さんがとてもきれいに見えた。


「月岡さん、僕たちつきあおう。返事待たせてごめん」

 考えるより先に言葉がでた。月岡さんは目を丸くしていた。


「本当に?」

「本当に」

 僕は真剣だった。


「嬉しい」

 月岡さんのほっぺがピンクになった。桜色だ。


「じゃあ名前で呼んでいいですか?」

「あ、うん」

「会社でも?」

「会社じゃちょっとまだ……」

 歯切れの悪い僕だけれども、僕も月岡さんもずっと照れ笑いをしていた。



 月岡さんとつきあい始めてから数週間後、健康診断の結果がでた。

 血圧の値が規格ぎりぎりだったけれどもその他は全て規格内。血圧だって規格内だ。セーフだった。結果も問題なしでスッキリした。

 

    〇〇〇


 今日は月岡さんと初デート。以前姉ちゃんに連れて来てもらったあのカフェに来た。

 そういえば前回僕が月岡さんを追いかけて店を飛び出した日、一人残された姉ちゃんはデザートを頼んで満喫していったらしい。よかった。

 

 今日は前回食べていないデザートをメインにした。

 僕はキウイのヨーグルトケーキ、月岡さんはいちごのタルトを注文した。

 予想を上回るキウイの使用量に驚いた。緑のキウイが角切りでどっさり載っていた。そしてあっさりとしたヨーグルトケーキの中にもキウイが隠れている。タルトもこれでもかと大粒のいちごが載っていた。


「双葉さん、神宮司創爽の漫画好きなんですか?」

 僕のカバンのストラップを指さして、月岡さんが聞く。

 アニメ化したあと、グッズが毎月のように新発売している。僕はラバータイプのストラップが好きなのでチェックしている。


「私も見てるんですよ」

 意外だった、ファッション誌が好きそうだと思っていたけれど少年漫画も読むんだ。

 月岡さんに関しては知らないことだらけだった。これからたくさん話をしてお互いを知っていこう。漫画を描いていることはどのタイミングで打ち明けようか。


 明日からGWが始まる。祖父ちゃんの退院や社内プレゼンが通ってずっとバタバタしていた。

 パウンドケーキの賞味期限も明日だった。明日がラストチャンス。ついに食べる日が来るのか。

 ここまで来たんだからデコレーションでもするか。予定通り一番高い豆のコーヒーを淹れて。明日の朝、それで決まりだ。期待が高まる。


 ぽんっ。メール到着音がした。月岡さんからだった。明日月岡さんの家に遊びに行くので連絡をくれたのだろう。


 ―明日パウンドケーキ焼いて待ってますね―


 僕は目を疑い、メール本文を二度読んだ。

 確かにパウンドケーキと書いていある。月岡さんに、神宮司先生お勧めのパウンドケーキの話はしていない。偶然だろう。

 

 待ちに待ったパウンドケーキ。神宮寺先生と同じ感想を共有できるチャンスだ。

 今まで数々の障害が入り、賞味期限当日の明日、やっと味わうことができる。はずだった。

 さすがに同じ日にパウンドケーキを二度食べるのには抵抗がある。


 では今食べれば? そうはいかない。神宮寺先生は「コーヒーと一緒に」召し上がっているのだ。僕も同じ状況で食べたい。けれども僕は夜にコーヒーを飲むと眠れなくなる体質だった。

 僕の中では一番いい豆のコーヒーと一緒に食べるのが条件になっている。

 賞味期限は明日、そして午後からは月岡さんの家に行く。やっぱりラストチャンスは明日の朝だった。いくつか可能性を考えてみよう。


 明日の朝食べたとして、我慢して午後から月岡さんの家で月岡さんお手製のパウンドケーキを食べる。

 僕はどんな感想を持つだろう。多分発する言葉は決まっている、おいしいと。

 けれども表情がついていかないだろう。僕は愛想笑いが苦手だ。それにあとから食べるほうが感動は薄れそうだし、言葉と表情が合っていないと月岡さんは傷つくだろう。なんによせ我慢してお手製のパウンドケーキを食べるなんて失礼だよな。


 次、賞味期限を一日過ぎて食べる。これは嫌だ。第一買ってから二ヶ月近く経っている。品質保持剤だって限界なはずだ。神宮寺先生は賞味期限内に食べているに決まっている。そんな違う状態で食べて神宮司先生と感想を共有した気持ちになるなんて失礼だ。


 次の案、今回は諦める。そろそろパウンドケーキも流通すると思うので、新しいのを買って食べる。今あるのは家族の誰かにあげる。

 うーん。一番無難な気がするけれども。僕はパウンドケーキを食べることが目的なんじゃなくて神宮司先生と同じ感想を共有したい。それには時間軸も組み込まれている。あとから、じゃだめなんだ。ここで諦めると、しばらく引っかかりそうだ。そんな状態で月岡さんと会うのも失礼な気がする。


 どうしたらいいんだろう。考えがまとまらない、時間も迫っている。こうなったら誰かに助けを求めよう。

 祖父ちゃんは退院したばかりなので安静にさせたい。姉ちゃんに相談しよう。


 姉ちゃんに月岡さんのことは話してある。あのカフェでの出来事がつきあうきっかけだったし隠してはおけなかった。

 姉ちゃんにメールを打ち、今から部屋に行ってもいいか尋ねる。オッケーの返事が来たので姉ちゃんの部屋のドアをノックする。

 姉ちゃんはファッションショーの最中だった。



 

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