#9 俺の夏休みが幕を開ける
七月末、真夏の日差しが窓から降り注ぐ今日この日。
「……皆さん節度を持って夏休みを過ごしましょう。それでは、また二学期に」
夏季休暇を知らせる鐘が校内に鳴り響いた。
「よし!誰かカラオケ行く奴いるか?」「帰りに駅前のカフェ行かない?」「帰ってFPSやろうぜ!」
うん、これこそ青春って奴だな。まぁ俺にはそんな時間無いんだけどな!
「というわけで、ただいま戻りました」
〈ご苦労。如何に我が隊のエースと言えど未だ学生の身だ。学生は勉学に励む事こそ本懐とも言えよう……私個人の意見だがな〉
「お気遣い、痛み入ります」
〈うむ、それでは諸君。知っての通り、我々組織が能力犯罪を取り締まるために存在する極秘組織である事は、周知の事と思う〉
〈そうだったデスか!?〉
馬鹿は放っておこう。構うだけエネルギーの無駄だ。
〈…むしろ、先日の様な依頼こそ例外であり、本来は能力犯罪の取り締まり、および予見、抑制こそが本来のあるべき姿なのだ〉
俺も、組織の全体像はよく知らない。けれども、その理念とか方針と言うのは、ここに来る前から嫌と言うほど教育された。
〈そして能力犯罪のおよそ半数は、思春期を迎えた、精神が不安定になる十代に多い事も知っているだろう〉
「だとさ、リサ」
〈…………デスデース〉
「なんだったかな、リトルデビルだったかな?あの時のリサ、逃げ足だけは早かったからなぁ」
〈BeforeをDig downするのはやめるデース!アレはいわゆる『ワカメのサトリ』って奴デスよ!〉
「それを言うなら若気の至り、な。あと若いって、リサは俺と同年だろ」
〈ムッキャーーーー!!!〉
〈その辺にしたまえよ、ダウナー。誰だって、立ち入られたくない過去の一つや二つ、抱えて生きているものだ、そうだろう?〉
「……そうだな」
〈フーッ!フーッ…!どう言う意味デスか?〉
〈賑やかな宴会はそこまでにして本題に入ろう。月平均として、犯罪数の増加が見込める今月、来月は、より一層の警戒が必要とされる。くれぐれも、気を抜かぬ様に努めてくれたまえ〉
〈「〈了解〉」デス!〉
通信が終わり一息吐いた所で、俺の携帯端末に着信が入る。画面には「脳筋」と表示されていた。
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「なんだ、急に呼び出して」
「ひどいじゃねぇかよ、学校が終わるなり消えやがって」
電話の相手は「脳筋」こと大賀大吾だった。電話に出るや否や裏声で『ワタシ、メリーチャン。イマ、イエノマエニイルノ♡』とか言われたら無言で電話を切るしか無くて。もう一度掛かってきた電話で外に呼び出された次第だ。
「まさか文句を言うために呼んだんじゃないだろうな?」
「半分はそれだ」
「帰るわ、じゃあな」
「まぁ待て待て、半分はって言ったろ?」
「…残りの半分は?」
「デートしようぜ!」
「じゃあな、親友。二度と会う事はないだろう」
「うぉぉい!待ってくれ、せめて話を聞けっ!亮太にとっても悪くない話だ!」
こいつの話が真剣な時を除いて、俺の得になったことなんて一度も無いんだけどな。それでも相手してやるのは、お人好しというか何というか。つまりは大吾が憎めない奴だからだ。
「……で?」
「うむうむ、時に亮太クン、君は彩里ちゃんと一緒に海でキャンプする事を覚えているかね?」
「バーベキューって聞いてたけどな」
「青い空、降り注ぐ太陽、煌めく海、NICE BODYなビーチギャル……何の憂いもなく楽しみたいよな?」
「大吾がな」
「だがしかし……サマーバケーションには厄介な魔物が存在している…それは『SYU☆KU☆DA☆I』ッ!」
「宿題な、うん。そろそろ鬱陶しいかな」
「そしてアァーッとぉ!ここに没能力な上に頭も没知能な俺がっ!」
「続けるんだな、それ」
「何ということだ、このままでは一夏の思い出が消化不良となり、灰色の夏休みになってしまうぅぅぅ……」
「いやそこまで深刻でもないだろ」
「……おや?おやおやおや?こんな所に没能力だけど頭は優秀な親友、井堂亮太クンじゃあーりませんかっ!」
「もう予想はつくけど、一応聞いておいてやろう。本題は?」
「夏休みの宿題、一緒に図書館でやろ?」
「い、や、だ♡」
「頼む、後生だから」
「お前、去年も一昨年もその前も、毎年毎年そのセリフ言ってるだろ!」
大賀大吾という俺の友人は、人となりには良い所があるのだが、いかんせん脳筋だけに頭が悪い。脳に必要な栄養が筋肉に割り振られていると言われても、俺は何も疑う事はしないだろう。
ともあれ、大型連休に入るたびに手伝ってやっては、大吾の為にならないし、何よりすごく面倒だ。
「お願いしますぅ!一生のお願いだからぁ!」
「テメェの一生のお願いは何回あるんだよ!事あるごとに俺を頼るなっ!」
「頼むよぉぉぉ!!赤点ギリギリな頭脳じゃ夏休みの宿題なんて一生かけても終わんねぇよぉ!!!このままじゃあ夏休みをループしちまうよぉぉぉ!!!エンドレスエイトだよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「知らねぇよ!!おいやめろ、足にすがりつくな!涙を拭くな、鼻をかむな、よだれを擦り付けるなぁぁぁぁぁ!!!!」
……結局のところ。脅迫じみた大吾のお願いに屈する事になった俺は、大人しく図書館に向かう事にした。無論、汚れた服は即刻洗濯したが。
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「……で、だ。まぁ根負けしたから、大吾がいるのは分かる」
「そうだな」
「なんで彩里までいるんだよ」
「あれだけ家の前で大騒ぎされたら、嫌でも気になるわよ。まぁ、声で大体の察しは付くけど」
「でもって、亮太が着替えと用意をしている間に、俺が図書館に誘った」
「なんでだよ」
大吾だって、彩里が俺と同じくらいの成績だって知ってるだろ。まさかとは思うが、彩里にまで手伝わせるつもりなのか?
「嫌…だった?」
「俺は別に気にしてないけど……彩里、大吾に脅されたのか?それとも弱みでも握られてるのか?」
「へ?別に、何も脅されてないけど……」
「なら、わざわざこの馬鹿に付き合ってやる必要は無いんだぞ?」
「……鈍感」
「…なんだって?よく聞こえなかった」
「なんでも無いわよ!アタシも、ついで…そう、ついで、よ!ついでに、分からないところ教えてもらおうと思っただけよ!別に、亮太と出かける口実が欲しかったとか、そんなんじゃ無いんだからねっ!ほら、行くわよ!」
そう言うが否や、彩里は足早に歩き出す。
「……なぁ大吾、なんで彩里はあんなに怒っているんだ?」
「えぇ……あそこまで言わせておいて気付かないのかよ、亮太は…」
「えっ、分かるのか?頼む、教えてくれ、一生のお願いだ」
「亮太の一生より俺の一生の方が大事だから教えない。彩里に燃やされるのは御免だ、自分で気付け」
「そ、そんな事言うなよ、後生だからっ」
その後も何度か頼んでみたが、教えてくれる事は無いのだった。
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俺の成績は下から数えた方が早い。というのも、国語と歴史と地理が絶望的に酷いからだ。大体なんだよ、物語から作者の意図を読み取れとか、過去の記録とか、行く予定もない海外の位置とか。本当に生きる上で必要なのかよ、それは。
ともあれ、それ以外の成績は上から数えた方が早いので、提出物と内申点を稼いでおけば留年する心配は無いわけだ。
さて、では他の二人はと言うと。
「微分…積分……二次関数…公式が…ぁー……」
まぁ、大吾は言わずもがな。頭より体を動かす方を得意とするのでスポーツと保健体育以外は壊滅的。
「だからそこは、こっちの答えを代入して……って、この問題も間違えてるじゃないのよ!…ねぇ亮太、これどうやって解くの?」
「その問題には『タスキガケ』が重要になってくるぞ。あとはわかるよな?」
こちらは化学と数学以外は平均的なので、総合すると彩里が一番成績が良い。
「ええっと……うん、ありがと。そっちは?」
「解らん。作者の意図が読めん。これならまだ『くらむぼん』とか『ごんぎつね』の方がマシだ」
「それ小学生の内容じゃない……全く、相変わらず感情を読むのが下手くそなんだから…それでいて行動を予測するのは早いって、どういう思考回路してるのよ」
「さぁ……?」
はぁ……まったく。こっちは好きな物は最後まで取っておくタイプなんだ。苦手な物はさっさと片付けて終おうってのに。人に教えてる余裕なんて、本当は無いんだけどなぁ。
「……ん?」
「どうした、大吾」
「いや、今なんか、大気が震えたような……」
「どこのスーパー宇宙人だよ。そのうちビーム撃ったりしないよな?」
「そう言うのじゃなくて……もっとこう…爆発的な?」
……お、おいおいおい。やめてくれよ、こんな時に…せっかくの夏休みなんだぜ?もっと平和的に終わってくれよな?
…という、俺の思いは聞き届けられず。少し遅れて、何かが弾ける爆発音が鼓膜を震わせた。
「な、何よ今の!」
「し、知らねぇよ!とにかく、外に出るぞ!」
悲鳴と混乱が蔓延する図書館を飛び出し、外の状況を確認する。
「な……」
「な………っ」
「何よこれぇぇぇぇぇっっっ!!」
図書館より程近いビルの一棟が、途中で折れて倒れかかっていた。一体、何をどうすればこんな事が出来るのか。
「お、おい大吾、彩里!何をボケっとしてんだ!逃げるぞ!」
「そ、そうね!危ないもんね!」
「……ッ」
「大吾……?」
「…悪い。先に行っててくれ」
大吾……まさかお前、アレをなんとかするつもりじゃ無いだろうな?
「……心配するな、ご想像通り体は丈夫に出来てる」
「あんなにデカい質量、どうやって止めるつもりだ」
「それ、は……」
「俺は止められるぞ」
「亮太……」
「ただなぁ……あの高さまで飛んでいく力は無いんだよなぁ…なぁ?」
まぁ、それは嘘なんだけど。ここは一つ、親友に華を持たせてやるとしますかね。
「ってわけで、彩里は逃げろ」
「嫌よ!また……アタシ一人を除け者にするつもり!?」
「いや、でも危ないから……」
「そんなの、亮太だって同じじゃない!」
「亮太、諦めろ。彩里は言い出したら聞かないって、よくわかってるだろ?」
「……っ…はぁ…わかった。それじゃあ、作戦を伝えるぞ。練習は無し、ぶっつけ本番、時間との勝負だ」
「わかったわ!」「おう!」
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「準備はいいか、亮太」
「大吾こそ、狙い外すなよ?」
彩里には作戦のため、別の位置に移動してもらっている。上手くいくと良いんだけど。
「さぁさぁ、そんじゃ行きますか……はぁぁぁあああああああっっっ!!!!パワー全開ッ!飛んでけぇぇぇぇぇ!!!!」
「っ……!」
流石に鍛えているだけあって、中々の体幹だ。俺一人を空に打ち出すのに、何の支障も無い。
二人に告げた作戦は、実に単純だ。まず大吾が俺を折れたビルに投げつける。俺がビル全体を固定する。最後に彩里が落ちる俺を止める。一番早くて、簡単で、確実なやり方だ。
「こ、のぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」
伸ばした手をビルの壁に触れさせ、速度を奪う。ガラス越しに中の人の様子がよく見えたが、何が起こっているのか分かっていない様子だった。
「よしっ!これで倒壊の心配は無い……あとは…」
放物線を描きながら落下を始め、しっかりと着地点を見据える。
「彩里ぃッ!」
「任せなさい!今、アタシに出来る、最大出力でっ!」
位置と、距離をしっかりと見据えつつ、何も無い場所を発火させた。直径五メートルはあるであろう巨大な火球が生み出され、そこから放出される上昇気流がクッションの代わりとなる。
「って!危ねぇ!避けろ彩里!」
「へ?」
いくら落下の衝撃を押し殺したとしても、結局は低い高さから落ちるわけで。
「っ…!」
「きゃ…!」
仕方なく、衝突する速度だけは、不自然で無いように奪っておいた。これで少し頭をぶつける程度で済むだろう。
「……う…いてて…ん?なんだ、微妙に柔らかいのに硬い……まな板か?」
「…………亮太」
「彩里!?どこだ彩里!」
「下」
見下ろすと、ちょうど俺が彩里に覆いかぶさるように倒れていた。
「彩里!怪我はないか、無事か?」
「ええ…全く問題ないわ。それより亮太、一つ聞いても良いかしら?」
「ん?」
変だな、さっきの火球でこの一帯は暑いはずなのに。寒気がするぞ?
「いつまで触ってるつもり?」
「……あ」
気がつくと、俺の右手は彩里の胸に押し当てられていて。とすれば、先程のまな板……もとい、口走ったセリフは。
「い、いやぁ、つつましやかな、良き物をお持ちで……あっいけね!宿題を図書館に忘れちまったよ!と、取りに行かなくっちゃあなぁ…?」
「……その必要は無いわ」
「…どして?」
「提出する人間が存在しないからよ」
逃げた。全力疾走だ。俺は今、殺人事件の被害者になろうとしている。
「待ちなさいッッ!!」
「おう亮太、なんだよ血相変え…て……」
すれ違った大吾も、彩里の形相に全てを察した。そして本能が告げる……逃げろと。
「ケシズミにしてやるッッ!!」
「お、おま、お前何やったの!?」
「うっかりまな板って…!」
「アホッ!」
その後、彩里がバテて止まるまで、この寸劇は続いたのだった。
ご愛読ありがとうございます。
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