#8 俺の大切な日常が戻ってくる
能力色覚に幻影投影、加えて気泡転移……資料にあった能力が、大幅に強化されている。薬物投与によって強化されていたとして、それがどうして奴が使用できるのか不明だ。
後ろの二人はまだ目覚めないし、眠っている二人を抱えて逃げるのは、不可能に近い。なにより、蓄積した速度が圧倒的に足りないな。
「ク…クク……クハハハハ!」
「何がおかしいってんだ」
「ククク……いやいや、失敬。可笑しくてつい笑ってしまったよ。君の見立て通り、確かに私は複数の能力を扱える。先ほど認めた通りだとも。しかしだ、それを踏まえてなお、諦めないとは……くく、実に滑稽だ。ここに極まれりさ」
腹を抱えるように笑いながら、それでいて隙を見せはしない。やはり、こいつを再起不能にして逃げるのが一番得策なのだろうか。
「ふう……さて、それではそろそろ終わりに致しましょうか」
「な……っ!」
床の砕ける音が聞こえたかと思うと、刹那の瞬間に距離を詰められ。
「ハッ!!!」
「っ……!筋力増強…!!」
繰り出された発勁は、瞬間的に空気を圧縮し、膨張。吹き飛ばされた結果、大吾と彩里の後方に位置してしまった。
「やはり、思った通りですね」
「……」
「触れたものに対する能力……そして、自然を装ってはいるが、慣性から逸脱した着地…君の能力は『触れたものの運動エネルギーを操作する能力』ですね?そして操作するには『任意性がある』とも。違いますか?」
正解だよ、クソ野郎め。どうやら本当に頭が良いらしいな。俺の能力は任意性が強く、触れる対象を正確に認識しなければならない。例えば移動速度なのか熱膨張率、果ては衝撃波なのか風圧なのか……。
筋力増強による接触を認識していたがために、風圧の発勁には対応出来なかった。
迂闊だ、未知の能力と対する時は、相性がどうあれ先に見抜いた方が有利になる。ましてや、今のように互いに決め手がない場合など、能力の見抜きはそのまま勝敗に関わる。
「中々に魅力的な能力ですね。ふむ……決めました、君の能力も頂くと致しましょうか」
「何を…言っ……ぁ?」
突然、倦怠感とめまいが酷くなったかと思えば、急激な眠気に襲われた。
「……こ、れは…」
「私特性の急性酸素中毒はお気に召して頂けたかな?」
「そ、うか……さっ…きからの……不調は……」
「過剰な酸素供給によって引き起こされる中毒症だとも。本当は始末したかったのだけれど、気が変わってね。どうにも特殊な訓練を受けているようだから、すこし乱暴な手段を取らせてもらったよ」
「ちく……しょ…ぅ…………」
「これも人の能力なのだけれど。空気操作だったかな?難しいんだよ、コレが。特に意識を失ってから絶妙のタイミングて濃度を戻してやらないと、中枢機関と脳に障害が……もう聞いてないかな?」
白衣の裏側から無針注射器を取り出し、ゆっくりと亮太の近づく。
「しかし、変な都市伝説が生まれたものだ。実験用の脳波統率調整薬が、まさか能力強化薬などとは。これは能力者の脳波を私用に合わせてやるだけだと言うのに……いや、複数の脳で超能力を演算するのだから、実質的には同じか」
そうぼやきながら、亮太の血管に注射しようとしたその瞬間。
「…………」
動きが、停止した。
「……ぁ、ああー……っと、疲れたぁ…」
「……」
「三文芝居も楽じゃねえってんだよ、全くなぁ。そうは思わねえか?」
まるでなんでも無かったかのように亮太は立ち上がり、ぐぐぐっと背伸びをする。凝り固まった肩や背中を重点的にストレッチしながら、組織の端末を起動する。
「あ、もしもし?俺だけど。……うん、うん…無事だ。とりあえず救護班を頼む。リサ?……問題ないだろ、時間的にもう向かってきているはずだ」
その後の段取りを確認して端末を切ると、無針注射器を回収した。
「意味がわからないって感じか?」
「……」
「あぁ、すまん。口が動かないよな」
首から上の機能を戻してやり、必要最低限だけの状態に戻す。元の脳波流出は止めておいた。
「懇切丁寧に話してくれて助かったよ。例え動きを止められたとしても、能力を無効化する能力とか使われたら、意味ないからな」
「何を、した……っ」
「うん、まぁその疑問はもっともだよな。けど、これはアンタが悪いんだぜ?確かに頭は回るが、俺の能力を見誤った結果だ。俺の能力はあらゆる速度を奪う。そして奪った速度は……還元できるんだよ、青木隆介さん?」
「まさ、か……私の能力を…っ!」
「おいおい、アンタの能力じゃねぇだろ?アンタの能力は情報同期だろ?」
情報同期……触れて分かった事だが、この男は自分の記憶や記録、果てはその身で体験した感触などを脳の外側に保存し、いつでもその情報を自身に投影する事が出来る。だが保存も記録も、全てが自分だけの事であり、完全自己完結型の能力だ。
ところが、例の薬で他人の脳波を自分と同じ波長に調節し、情報同期させれば不特定多数の人間と繋がる事が可能となる事に気づいた結果、今回の事件に発展したと言える。
「アンタの脳波を逆算させてもらった。流石に、脳波を無理に弄られた人達は保存と同時に意思が外へ出られず、眠ったままらしかったけど…今は少しづつ目を覚ましてる頃だろうな」
「速度を、還元…そうか、初め、から……」
「身体機能の流れを見れば、自分の体で何が起きてるのか知るのは簡単だったよ。あとは空気の流れる速度を操作して、正常な濃度まで戻してやるだけだ」
最初にこの場所へ来た時、自分の不調が空気濃度の変化である事にはすぐに気がついた。だが、その変化を戻す為には圧倒的に蓄積された速度が足りず、攻めあぐねていたのも事実。
そこで、わざと劣勢のフリをしつつ、虎視眈々と機会を窺っていたわけだ。
「まぁ、途中で俺の能力を見抜かれたのには肝が冷えたけど。うまく勘違いしてくれたおかげで助かったぜ」
「……く、ククク…」
「……何がおかしい?」
「クク…いや、私自身、の、マヌケ、加減に…ね……」
…なんだ?こいつ、何を言って……。
「貴様ら全員、道連れ、だ……っ!」
「っ…!速度を……!」
青木は何かを噛み潰すと、ゴクリと飲み込む。おそらく、奥歯に何かの薬物を仕込んでおいたのだろう。
「うグっ……ぐ…ぐがぁ、ぁぁぁぁあああああ!!!!!!!!」
「なん……っ!くそ、抑え、られ…っ!!」
俺の能力は内部構造に届かない。人体の速度を奪う場合、その外殻は固定されたままだ。そんな状態で、例えば、体の内側から巨大化を始めたとすれば。
「アアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!」
「っ……筋肉増殖!」
己の皮膚を突き破り、赤々と脈打つ筋肉の塊が孵化をする。さらに筋肉を増殖させ続ける事で体液の漏洩を防ぎ、およそ理性などかなぐり捨てた戦闘マシンが出来上がった。
「ゴロズ!ゴロズ!ゴロズゥゥゥゥ!!!!」
「チィッ!」
策など何も持たない膂力たっぷり丸太のような腕が振り下ろされる。問答無用で速度を奪ったところで、再び筋肉の鎧を脱ぎ捨てて襲いかかって来た。
「クソッ、このままじゃ二人が…っ!」
それほど広い空間でも無い。立ち回りを変えてどうこうと言う次元を遥かに超えている。
「っ……だった、らァ!!!!」
青木を正面に見据え、自分の両足の速度を奪う。無作為に振り回される腕を、体をのけぞらせて回避し、巨漢の下へ潜り込んだ。
「アンタの速度、返すぜッ!!」
「ガッ!?」
下から上へと速度を還元し、その頑丈そうな体に任せて天井に穴を開けてやる。
「せぇ、のォッ!」
匠もビックリな吹き抜けを、奪った速度で加速しながら飛び上がり、吹き飛ばした青木に追いつく。おおよそ、高度一万メートルくらいか?
「下で寝てろッッッ!!!!!」
「ゴガァァァァッッッ!!」
踏ん張りの効かない空中でも威力の出る回し蹴りが、青木の首頸椎を直撃する。グルンと目を回して、一万メートル分の落下速度をその身に受けた。
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後日談。
あの後、リサが拾いに来る頃には筋肉増殖の効果も切れ、普通の肉体へと戻っていた。
今回の事件についての動機を聴取しようとしたが、薬の影響なのか廃人と化し、今は組織の精神病院で治療中だ。
そして、彩里と大吾については。
「おはよう!なんだか元気無いぞ、亮太!」
「お、おはよう…」
何事も無かったかのように、日常へと戻ってきている。
「いやぁ、昨日は悪かったな。まさか熱中症で倒れるとは思わなかったぞ」
「……助けてくれた、のよね…?その、一応……ありがと」
青木の急性酸素中毒により、その日の事件の前後に辺る記憶が残っていない事を良いことに、組織は催眠系能力者を使って二人の記憶を改竄した。
それによると、二人は熱中症で倒れて病院に搬送された事になっている。この時期に熱中症というのも、いささか無理があると思うが。
「おはよう。二人とも、もう出歩いて大丈夫なのか?」
「おう!亮太の初期対応が良かったって、先生が言ってたからな!問題ない」
「…そ、そうか。三割増くらいに元気になってる気がするが……まぁ、問題ないならそれでいい」
一体、組織の能力者はどんな記憶を植え付けさせたのやら。ともあれ、あんな記憶は覚えてない方がいいと思うけど。
「そういえば、昨日買った水着ってどんなのだったんだ?結局、教えてくれなかっただろ?」
「な、ななな、何聞いてんのよ、この馬鹿!変態!色欲魔っ!」
「俺は大吾に聞いたんだが……」
「ふふふ……それはだな…」
「…ごくり」
「肩から股間までッ!ブゥゥゥゥゥゥゥメランだぁぁぁああああああああああ!!!!!!」
だから誰得なんだよその水着。そんなのもう尊敬するわ。変態を通り越して勇者だよ、お前は。
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