#7 俺の反撃が始まるらしい
「……っ、ゲホッ!か、はぁ…っ!」
気管に入り込んだ水分を吐き出すように咳き込み、ぼんやりとした頭で状況を確認した。
全身が水で濡れ、ベタベタと気持ちが悪い。服や持ち物は全部揃っている。周囲は薄暗く、配管や何かのタービンが回る音が響く。ぐるぐると目眩がして、思考はうまく働かない。
「時に君は沼男……スワンプマンという思考実験を知っているかね?」
「っ……誰、だ…っ!」
「ある男がハイキングに出かけ、道中の沼の側で雷に打たれて死ぬ。なんの偶然か、その時もう一つの雷が沼に落ち、死んだ男と完全に同一の生命体が生まれる話だ」
唐突に話しかけて来た相手は、亮太の質問など聞いていないかのように話し続けた。
「先の能力は、その思考実験によく似ているのだよ。夢や幻が泡のように消えるのと同じように、ある地点で対象が泡にとともに溶ける。溶けた泡は別の位置で構築される。おかげで、ほら……全身が未知の液体で濡れている」
「転移、能力者か……っ」
上手く頭が回らない。でも、動けないわけじゃなかった。ゆるゆると立ち上がり、光の薄い空間で目を凝らす。ようやく、脳に酸素が回って意識がはっきりとして、目の前の相手を視認した。
「彩里を…大吾を、返せッ!」
「君のお友達の事かい?あぁ、もちろんだとも。ただし、能力は頂くがね」
「…なんだと?」
そう言って相手は背後に手をかけ、能力を解除する。空間が歪み、背景は蜃気楼のように消え去った。そこには、安いパイプベッドに寝転がらされた彩里と大吾が拘束されている。
「今日は別の場所で能力を回収していたのだけれど、途中で彼女を見かけてね。発火能力は能力者の総数がそもそも少ないからね……珍しい能力はつい、欲しくなっちゃうのさ。ついでに、使い勝手のいい身体強化の能力も、頂く事にしたのだがね」
「…ついで?見かけて?そもそもさっきの幻影能力はなんだ。お前……転移能力者じゃないのか?頂くって、どういう事だ」
こいつは何者なんだ?さっきから何を言っている?能力は……なんだ?
「君に教える義理は無いよ」
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自室の扉を勢いよく開け、型遅れのパソコンでコンタクトを取った。
「ヘンタイデース!!」
〈大変なのは百も承知さ、ミニマム。既に追跡している〉
「リョータッ!リョータがlostしたデス!」
〈知っている。商業区の監視カメラから確認した。そして予想通り、昏睡状態の能力者と同じ能力を使っている。しかし、報告書にあった転移距離の範囲内にダウナーの姿が見られない。これも強化されていると見るべきで……〉
「ドースルデース!ドースルデース!ヘンタイなのデース!」
『いいから静かにして下さい!ですですうるさいです!』
パソコンのスピーカーから聞いたことのない幼い女の子の声が聞こえたデス。もしかして今のは、サテライトの肉声デスか?
「……children…なのデスか?」
『…チャットが面倒ですから、今日は特別にこのままでいいです。とりあえず、落ち着いてください』
「…分かったデス」
『それと、この事は絶対内緒でお願いします。ええっと…オキテ、ですっ!』
「オキテ……いい響きデス…ブシに二言は無いデース!」
シノビにとって、オキテは絶対なのデース!キンキをすれば、ムラハチブでハラキリ必須なのデス。痛いのはイヤなのデース。
『っ!見つけました!生産業区内の廃工場、その地下です!』
「ショーチ!スケダチイタス!」
『待ってください!敵を知り、己を知れば、百戦危うからずと言います。連れ去った時の映像から、犯人の割り出しを……』
ものの数秒で、サテライトは連れ去った犯人を割り出した。
「どうかしたデスか?」
『……なんでもありません、犯人の情報が出ました。名前は青木隆介、三八歳。二年前まで東宝薬業の研究主任だった男です』
「トーホーヤクギョー…?聞いた事がある気がするデス」
『人工アドレクトロンを開発、製造している会社です。そこで青木隆介は研究データと開発途中だった新薬を持ち出した疑いで解雇されています』
「……もしかしてリョータ、dangerous?」
『デンジャラスですね、すごく。とにかく、この事は隊長に報告します。あの人なら、なんとかしそうな気はしますけど…もしかしたら、彼女を戻す必要があるかもしれませんから』
ウッ……戻す、デスか…あのヒト、苦手なんデス……グイグイ来るというカ、距離が近いというカ…アト、いろいろ触ってクルデース…
「トニカク、そっちは任せるデス。meはリョータを連れ戻すデス。ダイジョブ、逃げるのト、オンミツ、meのオハコデース!」
『お願いします、ミニマム』
サァ、そうと決まればゼンは急げデース!愛機〈HANZOU〉にrideシテ、シュツジンデース!!
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触れるだけで、対象の速度を奪ったり与えたりする能力。それが、こんなにもどかしいと感じた事は今まで無かった。
「っ!」
「ふむ、流石はプロと言った所か。まるで近づけん」
頭痛がする。足元が覚束ない。目眩、吐き気、悪寒。まるで風邪でも引いたのかという程に、すこぶる体調が悪かった。
それでも、彩里と大吾には近づけさせまいと立ち回り、どうにか二人と男の間に割って入る事が出来た。
「さて、教える義理の無い私の能力で見るに……変化系、そして接触により発動する能力だね?」
「……」
見抜かれた?いや、口ぶりから察するに、詳しく読み取る事は出来ないようだ。『見る』と言っているから、視覚に頼った能力閲覧…となれば……
「…分かったぞ……お前の、その能力は『能力色覚』だな?そして『幻影投影』に『気泡転移』…いずれも、現在意識不明の被害者が所有する能力だ」
認めるよ。ここまで状況が揃っていて、わからない方がおかしい。頭のどこかで、そんなのはあり得ないって決めつけるのは、一番良く無いからな。
「お前の能力は『複数の能力を使用する』能力だ」
「ご明察だとも。しかし、それが判明した所で、君にはどうする事も出来ないだろう?」
「さぁ、それはどうかな?」
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