#5 俺の夏休みは波乱の予感がする
以前より多発していた昏睡事件。それらがどうも、噂の強化薬と関わりがあるとされた。俺たちの管轄内で取引が確認された事もあって、本格的に捜索するよう近いうちに本部からの要請が来るだろう。
「どうした、亮太。いつにも増して不機嫌だな、寝不足か?」
「どうせ、夜中まで起きてたんでしょ。ゲームのしすぎよ」
「……そんな気分でも無い」
学校の授業も、ろくに頭に入らなかった。
「……これはどう思う?解説の彩里さん」
「…恋わずらい…ってわけでもなさそうね。亮太に女の子からお誘いなんてあるわけないし?」
強化薬の使用者が、どうして昏睡状態になるのか。薬物のサンプルがもう少しあれば、サテライトの研究も進むというモノなのだけど。
先日、隊長から報告を受けた通り、使用者の血液等々からは採取する事が出来ない。つまりどうにかして現物を入手する必要がある。
「まぁいいか。なぁ亮太、ちょっといいか?」
「……ん?」
「いや、ほら、もうすぐ夏休みだろ?来年は多分、忙しくなるからさ……俺の大会が終わってからだけど、みんなで遊びに行かないかなって」
「俺は構わないが……みんなって、彩里も?」
「そ、そうね。亮太がどうしてもって言うなら、行ってあげなくも無い事も無いわ」
「嫌なら来なくていいんだぞ?」
「い、行くわよ、バカッ!」
「そ、そうか?それなら良いんだが……なんで夏休みの話を、今したんだ?」
「……はぁぁぁぁぁ…………」
これでもかと長いため息を吐きつつ、大吾は有り得ないものを見る目をした。
「なぁ亮太おい亮太……お前は本当に日本人か?」
「な、なんだよ。何か変な事言ったか?」
「花の高校生が夏休みに出かける…行き先はどこか、分かるよなぁ?」
「えっと……山?」
「オイオイオイオイ、なんで夏に山なんか行くんだよ。夏に山なんか行って何が楽しいんだ?」
「え?頂上で澄んだ空気とかバーベキューとか……」
「男ならァ!水着のお姉さんを拝むぐらいの意気込みを見せろォ!」
あまりの大声に、一瞬だけ静まり返るが……やがて、クラスの男子から拍手が湧き上がる。彩里は汚物を見るように「うっわ最低……」と呟いたが。
「と言うわけだ、海に行くぞ!」
「…まぁ、分かった。海に行くのは構わないが……何故、今その話をするんだ?」
「決まってるだろう?『俺たち』の新しい水着を買いに行くのさ!」
それは俺でも分かる。そんなイベント、誰も望んでいないって事を。
「……あれ?もしかしてアタシも?」
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来週末、あいつと一緒に買い物に行くことになった。
「…………」
ぼふっ、と自分のベッドに飛び込み、うつ伏せのまま声にならない声を上げる。そのまま枕に抱きつき、左右に揺れ、ひとしきり奇行に走った後、ぴたりと止まった。
「…まって、ほんとに?夢かしら、夢じゃ無いわよね?」
嬉しくって、恥ずかしくって、顔から火が出そうで。けれど同時に、舞い上がっているのはきっと自分だけなんだと、そう思うアタシがいる。
「……そうよ、あいつが意識するわけないじゃ無い」
きっと今頃、何も考えずにゲームでもしているに違いないんだから。
「…最初はもっと、ムカつくやつだったのになぁ……」
初めて会ったのはいつだったか…確か小学生に上がる頃だったような気がする。
パパと知らない女の人が玄関で挨拶をしていて、話題は多分あいつと引っ越して来た話だったはず。普通、年相応なら恥ずかしがるようなものを、あいつはまるでロボットのように冷たい目をしていたのを強く覚えている。
笑顔を振りまいて、いかにも年相応の子どもを演じているような。その態度がアタシをイライラさせて、よく喧嘩ばかりしていたっけ。
それがだんだん、意識するようになって…いつもあいつの事を考えて……
「……って!これじゃあまるで、アタシが恋する乙女みたいじゃ無いの!」
そんなんじゃ無いんだから!今は普通の……そう、普通の友達よ!幼なじみって言える間柄の、友達!それ以上でも、それ以下でも無いんだから!ただちょっと、ほんのちょっと、久しぶりに二人で……今回は大吾もいるけど…出かける事が嬉しいだけなんだから!全然、デートとかじゃ無いんだからっ!
「あ、アタシが亮太を好きなわけ無いんだからぁぁぁぁっ!!」
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俺が亮太と彩里を誘って商業区に誘ったのは、何も本気で夏休みの準備に充てようと思ったわけじゃない。
そりゃあ、素直になれない彩里と親友ならぬ心友の亮太が付き合ってくれる事には、全力で応援しているつもりではあるけれど。
「……えぇっと…」
散らかった引き出しの中から件の箱を取り出し、中身をしっかりと確認する。血管に注入する注射器と、能力を底上げするらしい怪しげな薬を。
「…持ってると厄介事に巻き込まれそうだからな」
あの後も色々と考え、この薬は持っているよりも返品した方が良いだろうという結果に落ち着いた。
怪しい薬の出所が噂ならば、手に入れる方法も噂で流れてくる。とは言え、それを一人で行う勇気はこれっぽっちも無かった。
「…まぁ、亮太の事だ。ゴリ押しで頼めば頭を抱えながらでも協力してくれるだろう」
亮太はいい奴だ。あいつの存在に助けられた事なんて、数え上げたらキリが無い。だから、本当にやばい状況になったら、突き離してでも守る必要がある。それが心友としての務めだ。
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