#27 俺の過去が続いているらしい
テストも終わって、追試にはならなかったシルバーウィーク。組織からの依頼も特にない、珍しく連休となった井堂亮太は。
「白菜、豚肉、エノキとシメジ。それから春菊と…あ、牛乳が無くなっているな……」
決してアウトドア派ではない亮太は休みだからと何かするでもなく。大人しく家の用事でも済ませようかと行動していた。
「じゃあリサ、ちょっと買い物に行ってくるから。留守番と組織からの連絡番、よろしく頼んだぞ」
「任せるデース!」
何一つ安心は出来ないが。そんな事を言っていても始まらないので、半ば諦めつつ外出する。
亮太の能力を使えば、移動なんてものは労力無く行えるのだが。あくまでも世間的には『停止』となっているので、徹底して『速度付与』は行わずに自転車という旧世代の技術で移動を開始した。
「……フンフフーン…」
誰も聞いていないからと、鼻歌交じりにペダルを漕いでいると。
「見つけたァァァァ!!!!!!!!」
「…ふん?」
誰かが失くし物を見つけたのか、大声で叫ぶ声がする。必然的にそちらの方を向くと……なんとも言えない、世紀末のような奇抜な格好をした…女の子、だよなぁ……??が、こちらに向かって走って来ているのが見えた。
「……逃げるか」
見つけたのが、俺には見えない何かなのか、はたまた俺より前の何かなのか。その辺りは不明ではあったが、見ず知らず人に追いかけられている自覚も時間も無い。この先の角を曲がって、彼女が通り過ぎればそれで良し。けれど追って来たなら…『停止』ではなく『速度与奪』に切り替える必要がある。追われている事に気付いていないフリをしつつ、次の角を右に曲がった…瞬間。
「逃すかァァァァ!!!!!」
自転車をその場に止め、上空へ避難。いつどこで恨みを買うか分からない立場にいる以上、振り切ったら組織に報告して「逃すかって言ったよなァ?」
「…っ!?空間系能力者…!!」
その女の子は突然その場に現れて、鬼のような形相で殴りかかって来る。ならばここは、殴られるフリをして拳が当たった瞬間に全身から速度を奪って…ッ!?
「ぶハァッ!?!?」
止めた、はずなのに。確かに能力は発動した感覚があったのに。止まるはずの拳はそのまま振り抜かれ、俺は近くのビルの屋上にまで吹っ飛ばされた。
「なん、ハァ!?」
まさか突然使えなくなったのかと思ったが、着地時の衝撃は奪い尽くせたので、その線は無くなる。となると次の原因は相手の能力だが、瞬間移動に近い能力者に、あんな事は出来ない。複数持ちという可能性を考えたが、青木のようなイカレ野郎が何人もいてたまるかと考えを改める。
「あァすっきりしたァ」
「何者だよ、おまえ…っ!誰なんだよ、おまえ…ッ!!」
「あァー……悪いィ。ちっと溜まっててなァ…いやほんと、この世界のオマエにはミリとて関係の無い話なんだがよォ?」
「…は?」
「オレァ蟻塚次元ッてんだァ。あァ、もちろん本名じゃねェ。つかァ、本名はオレェも知らねェ。親ァいねェしなァ、オレェ勝手に言ってンだァ」
「蟻塚、次元……それで、俺に何の用だ」
そう言いつつ、ポケットに忍ばせた連絡装置を起動させて、組織に応援要請を飛ばす。相手との相性が悪い、もしくは対処が出来ない場合は、送って一分で応援が駆けつける手筈に「あァ、ほんと悪いィんだけどォ、そーゆーの無しで頼むわァ」
「ッ!?」
どういう、事だ?今、蟻塚は俺の目の前にいる。なのに俺の後ろにもう一人の…蟻塚!?
「別にィ、恨みとかそーゆーのじゃあァ無いんだよなァ。でもまァ、ちっと話聞いてくれねェ?」
半ば強制的にではあるが、俺が首を縦に振ると、許可を得たと思ったのか「ありがとなァ」と言って心呼吸をする。
「オマエェェェェェ!!!!!!!!!オマエ、オマエ、オマエ、オマエェェェェェ!!!!!!!何なんだよォ、ほんっっっっっっと何なんだよォォォォォォ!!!!!!!!!!死にすぎじゃあねェェェェェのかよアァン!?!?!?!?ここッッッッッッッッッまでナンッッッッッッカイ死ねば気が済むんだよォアァン!?!?!?!?こんなん初めてじゃッッッ!!今まででダンッッッットツなんじゃッッッ!!何なんだよこの世界はよォォ!!!こんッッッな世界は初めて見るんじゃッッッ!!!どんだけ無理難題の上にキレーにバランス取って成り立っとんじゃッッッ!!!!誰が分かるかこんなもン!!!!!!ちょぉぉぉっと手違ったら即プッチュンじゃねェかよクソがァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!ンでもってなんッッッッッッでこーゆー世界にしかオマエは生きてねェェェェェんだよチクショォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!もっとマトモな世界で生き残ってろよ死にまくり野郎がァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」
………。よく、分からんのだが。つまり、生きてるってスバラシイ????
「フーッ!!フシューッ!!フシュシュー…ッ」
「落ち着いたかァ?」
「あァ……かなりなァ…」
蟻塚が蟻塚に……ややこしいな。俺を殴った蟻塚を蟻塚A、後ろで見張ってる蟻塚をBとして。同じ人間が同じ人間を心配するという意味不明な状況が、そこにはあった。
「要約するとだなァ?」
息を整えている蟻塚Aに代わり、蟻塚Bがワケを話してくれたのだが。
「……ええと、つまり?俺の住んでるこの…世界?ってのは、無数にあって??で、俺はもうこの世界以外には現在把握している限りは観測出来なくて??見つけても既に死んでるか、すぐ死ぬか、そもそも存在すらしてなくて????ダメだ、わからん」
「オマエェ、絶滅危惧種ゥ。世界ィ、救って今すぐゥ。オレェ、アタマを下げてるゥ」
「いやです」
そもそもアタマ下げてないし。ファーストコンタクトで殴られてるし。俺の知らない存在しない俺の事でキレられても理不尽以外の何者でも無いし。何より言い方がムカつく。
「そうも言ってられねェんだよなァ」
「…何がだ、蟻塚B」
「ヤツらァ、次元移動ってェの、作りやがったァ。他の世界も狙ってるゥ、ってかァ、オマエを殺して回ってるゥ」
「…ん?」
「言ったろォ?他の世界にィ、オマエはもうほとんどいないってェ」
「言ってたけどな!?事故死とかそんなんでは無く!?物理的に殺されてんの俺ぇ!?!?」
「狙われてる自覚ゥ、あるよなァ?」
「……っ!」
それは、ずっとあった。というか、定期連絡で報告は受けていた。組織が上手く俺を隠しているって事は聞いていた。まさかそれが、こんな意味不明な事だとは思いもしなかった。
「…な、なら!ひとつ方法がある!詳しくは言えないが、俺を守ってくれる人達に報告して……」
「国家秘匿特務機関、だろォ?組織ってやつゥ。でも無駄なんだよなァ…ヤツらァ、どんな所にでも潜り込むからなァ。つーかァ、もう潜られてるってかァ?まァ、まだオマエには辿り着いてないけどォ」
こいつ、組織の事まで知ってるのか!?いったいどこまで……!
「蟻塚A…お前の言う『ヤツら』の狙いはなんだ?俺の何を狙ってる?」
「ヤツらァ、永遠の支配を望んでるゥ。悠久の世界を狙ってるゥ。永遠の栄光ゥ、尽きぬ権力ゥ、そしてェ……」
「永遠の命とォ……死者の復活ゥ…」
「…なん、だって……?」
永遠の支配。悠久の世界。永遠の命に、死者の復活。それって、つまり、まさか……!
「組織は恐れているゥ……永遠の終わりをォ…」
「オマエを狙うのはァ…オマエだけだからだァ」
「オマエだけがァ…永遠を壊せるゥ……壊した世界をォ…生きているゥ」
「「ヤツらの正体はァ、悠久の楽園だァ」」
終わったはずの物語が、再び俺を暗闇に突き落としたのだった。
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頭を抱えた。しばらく考えたが、あまりにも突飛な話すぎて、信じる材料が少なすぎる。組織の情報が漏れていたとしても、否定する理由としては弱すぎた。
「…………」
「事態はァ、飲み込めたかァ?」
「………話は、理解した。だが、信じる根拠が無い。そもそも、別の世界ってのがよく分からんし、どうやって移動するんだ?楽園は次元移動を『作った』って言ったよな?それってこの世界でも作られるのか?他の世界では?」
蟻塚AとBは互いを見つめ、何か目配せをしている。どこから話せばいいのか、どこまで話せばいいのか、相談しているようにも見えた。
「現状ォ、次元移動装置はァ、一つしか無いィ」
「次元移動はァ、オレェの特権だァ」
「世界の数だけェ、オレァ存在するしィ、認識も出来るゥ」
「オマエがAってェ呼んでるオレァ、世界として終わった世界の蟻塚でェ」
「オマエがBってェ呼んでるオレァ、この世界の蟻塚だァ」
「次元移動装置はァ、脳だけになっちまったァ蟻塚でェ」
「オレェ以外からァ、装置は作れないィ」
「「オレァ『次元移動』能力者だァ」」
要約すると。蟻塚は楽園に装置として改造され。それに成功した世界は今は一つしかない。蟻塚は蟻塚同士で意思疎通が出来るので、この点については問題は無いと。蟻塚次元が人として存在する以上、装置が増える事は無い。
「それで?」
「オマエェ、次元蟻ってェ話ィ。知ってるかァ?」
「あー…昔の宇宙飛行士が言ってた話ってだけ。点が…なんとか」
「オレァちっと違うなァ。オレァゼロ次元だァ」
「いいかよく聞けェ。ゼロは原点だァ、つまりィ点だァ」
「イチ次元は線だァ、つまりィゼロ次元を無限に重ねるんだァ」
「ニ次元は面だァ、つまりィイチ次元を無限に重ねるんだァ」
「……なるほど。そうすると三次元は立体か?ニ次元状態の紙を重ねて紙束を作るんだな?」
原初を点として。点を無限に続けると線になる。
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ほら、点『線』になった。
で、線を使って『平面』を出す。
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うん、面になったね。
立体はちょっと文面じゃあ説明出来ないんだけど。メモ帳や本を見てみると、ペラペラの紙が何枚も重なって立体になってると思う。
「…ん?それで終わりか?コレでどうやって次元移動するんだ?」
「サンの次はヨンだァ。オマエェ、ちょっと立って一歩進んでみなァ」
「こうか?」
「そうだァ。じゃあァ、一歩前と今とォ、違うのはなんだァ?」
「……位置?」
「半分正解だァ。答えはァ、その位置に存在し始めた『時間』だァ」
「動くのに使った『時間』でもいいぞォ」
少し苦しいか?いやでも、理屈は通っている。立体がある地点から別の地点に移動する際、等しく消化しているのは時間だけだ。
「大抵のヤツァ、ヨンが空間とか言うがァ」
「ヨンが空間じゃあァ、空間の中にィ時間が無くてェ」
「瞬間移動した時にィ、空間の中でェ永遠に囚われるんだよなァ」
「へぇ……ん?今の話って論文学界がひっくり返る話してない?」
「それでェ、最後はゴだァ」
「ゴは世界ィ…空間だァ」
「沢山のヨンがァ、好き勝手に動いてェ、無数の空間を作るんだァ」
つまりそれが、並行世界。パラレルワールドか。誰かが起こした些細な出来事が、未来を大きく変えたとして。変わる前の世界と、変わった後の世界の二つが産まれる。
「理解ィ、したかァ?」
「ゼロが点、イチが線、ニが面、サンが立体、ヨンが時間、ゴが空間、だろ?そして蟻塚が俺を殴れたのは…俺が蟻塚の言う三次元に位置していて、蟻塚Aは俺よりも高い次元にいたからだ。違うか?」
「そうだァ。オマエェ、賢いなァ」
三次元の中にはゼロからニ次元が自然と存在する。だから干渉できる。でも三次元から直接四次元や五次元に干渉する事は出来ない。動く四次元に干渉するには、停止した三次元では触れられないからだ。
「キチッと理解ィ、出来たなァ」
「コレでェ、準備は出来たなァ」
「…準備?」
「次元を移動する準備だァ」
次元移動?俺が?どうやって?俺の能力は『速度与奪』だぞ??
「話が見えない。次元移動が出来るのは蟻塚か装置を持った楽園の連中だけなんだろ?襲ってきた奴らを返り討ちにするんじゃ駄目なのか?」
「後手に回った時点でェ、勝てる見込みは無いなァ」
「今までもォ、そォだったァ」
「取れる手段はァ、もう残ってないんだよなァ」
「つまり、敵地に乗り込めって?それならそれで構わないが、多分知ってるから言うけど俺の能力では次元移動どころか空間移動すら出来ないぞ」
「問題ねェ、飛ばすのはオレだァ」
「理解してないオマエェ、飛ばしたらすぐ死ぬゥ」
「認識ってのァ、意外と大事なんだァ」
瞬間。蟻塚は俺に触れると。世界は突然収束していく。感覚や、感情や、自分を自分と認識できる自我だけを取り残して。自分だけが、世界を外側から見ているような気になる。
「………………」
「オレァ、今からやる事があるからよォ。まァ、手順は全部『あっち』の世界でェ、聞くといィ。帰りはァ、装置の『オレ』がァ飛ばしてくれるァ」
収束した世界が再び広がり始め、俺はその感覚に酔ってしまい、保っていた意識を手放した。
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「…っ!?」
どこかの廃ビルにて。起きなければ、という意識だけが先行し、俺は妙な夢から目覚めたかのように飛び起きる。
「やっと起きたのね」
「っうお!?」
心拍数の収まらぬうちに、誰かから…いや、彩里に話しかけられた。
「えっと…彩里?ここは……いや、まてまて。記憶が混乱してて…」
床に転がっていたからか、全身が痛い。その痛みが夢では無いことを告げている。少しずつ記憶がハッキリとしてきた。
「俺は…そう、蟻塚だ。蟻塚に次元移動をさせられて……それで、それで。手順が、どうとか?」
「…蟻塚から話は聞いているわ。アンタには悠久の楽園を壊滅させる力があるって」
「…彩里、蟻塚の事を知ってるのか?」
「……ハァ。あのさ、初対面よね?アンタの世界でアタシとアンタがどんな間柄か知らないけど。気安く呼ばないでくれる?」
「………ごめん」
初対面…かぁ……俺のいない世界ってのは聞いてたけど、いざ自分の知っている相手から『初対面だ』と言われるのは…ちょっと複雑な気分だ。
「えっと、とりあえず初対面って事で。初めまして、俺は井堂亮太です。年齢は十六歳、誕生日は「そういうの、いいから」…あっハイ」
「アンタはアタシを知ってるのよね?だったら何も言わないわ。とりあえず来てくれるかしら」
「…おう……」
なんだろう。同じ人間なのに…ツンデレからデレが全部消えてるんですが。いったいどういう世界なんだ、ここは…?
ご愛読ありがとうございます。
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