#26 俺たちの祭が始まるらしい
九月。明日からシルバーウィークという秋の大型連休に差し迫った本日。俺たちは…というか、俺のクラスのごく一部は、これから死地にでも向かうかのような表情をしていた。
「いまさら焦っても手遅れだと思うぞ」
「黙れよ優等生…脳まで筋肉にするぞ……」
「だからなんじゃないの?」
その、険しい表情をする中に一人。大賀大吾は混ざっている。
「先週受けた休み明けの学期テスト……結果次第では明日からの大型連休が追試になる…!俺は今、人生の分かれ道に立っているんだっ!」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟なもんか!人生一度きりの青春っ!たった三年の、それも今は二年生だぞ!来年の今頃は就活やら受験やらで手を取られるんだ!!本気で『遊べる』時間は限られているんだぞ!?」
大吾、意外と先の事を考えているんだな。脳まで筋肉な割には将来性がしっかりしてる。脳まで筋肉な割には。
「じゃあどうしてテスト前に勉強しなかったのよ」
「それはそれ!コレはコレ!!」
さすが大吾、脳筋だった。
ともあれ。まもなくテストの結果が開示される。
俺たちの学校では、専用端末機での授業を行なっている。ごく一部を除き、この端末で授業を聞いたりしているし、テストは規定時刻に問題が開示されるようにプログラムされていて、採点された結果が後日各々の端末へと送られる。
「来た!」
全ての学科試験の結果が開示され、湧き立つクラスの皆を見つつ。俺の結果は、おおむね予想通りの追試回避となった。
「…アタシ、追試回避よ。亮太は?」
「いつも通り。まぁ追試回避」
「………追試、確定…」
さすが大吾、期待を裏切らない。去年もこの時期だけ追試だったような気がするけど、多分脳筋だから覚えてないな、これは。
「……確定…だが、しかしッ!俺は一人じゃあ無いッ!!我らが馬鹿担当のリサちゃんがいるッ!!!」
「デス?」
そうだった。去年は三人組だったこのグループに、今年はもう一人追加になったんだった。アホの子リサが。だが俺は知っている……リサがアホの子なのは、その言動であるという事を。つまり……。
「さぁリサちゃん!俺と一緒に追試受けようねっ!?一人じゃあ無いんだよねっ!?!?」
「ダイゴの言う『追試』が何かワカラズヤなのデスガ、リサはもう駄目なのデス……リョータと一緒にいられないデス…」
「えっ…そんなに、悪かったのか……?まさか、馬鹿すぎて退学とか?」
「シカラバ、これはもうハラキリで責任を取るデス……オイノチチョウダイツカマル!!!」
「お前は一体何時代の人間なんだよ。そもそも、どんな結果だったんだ?」
「マルがいっぱいでマルしか無いデス……もうThe endデス…」
だと思ったよ。まぁこれは知らなきゃ勘違いするから、よくある話だけど。
「リサ、チェックマークは無いのか?」
「……デス」
「どの教科にも無いのか?」
「…………デス」
「成績表の一番上には、大きな文字で『1』と書いてあるか?」
「………………Death」
「そうか。よく聞けリサ。それはな、満点という事だ。日本じゃあ答案用紙のチェックマークは『間違い』の意味で付けられる。そして一番上の数字は学年で一番の点数を叩き出したという意味だ」
「………??????????」
「ハラキリは無しだ」
「完璧に理解したデス」
そう。リサは言動こそアホの子であるが、その実こと勉学に関しては有名大学を飛び級で卒業した上、博士号を取るほど長けており、先進国でもない、発展途上国日本のさして進学校でもない当校の授業など履修済みで、当人にとっては赤子の手をひねるようなテスト内容だったのだ。
「だからな、大吾。そんな『宇宙の真理を理解した猫』みたいな顔をしたって、追試を受けるのは一人という事実に変わりは無いんだぞ」
「嘘だと言ってよバァァァァニィィィィィィ!!!!!!」
バーニィって誰だよ。
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「つらい事の後には、楽しい事が待っているんだぜ!!!」
その日の放課後。昼間の意気消沈っぷりはどこへやら、ホームルームで取りまとめ役を買って出た大吾は、いつになく上機嫌で浮き足立っていた。
「つらい追試を乗り越え、連休明けに待ち受けるものはそう、創、爽ッ!大化祭だ大喝采ッ!!!!!」
テンアゲパリピモードの大吾に連れられて一緒に『イェェ!!!!!』と浮き足立つ陽キャ達。もはや興味の無い陰キャ達。ノリに付いて行けない無個キャ達。クラスは今、三つの勢力に分断されたが特に何も起きなかった。
「タイカサイ……って、なんデス?」
おっと第四勢力の出現で勢力図は特に影響は…無かった。
「ふむふむ。そういえばリサちゃんは初参加だった、なッ!?なればこそ説明の必要があると、なッ!?ではではでは説明いたしませう。大化祭、とはッ!!!!!」
以下、大吾に代わりまして説明すると。他校では体育祭と文化祭なる秋の祭典があるとは思うのだが。当校では何をどう狂ったか、全部オールミックスで開催する狂気の祭典だ。
……それを言うだけに何をもったいぶっているのか、ひたすらに熱と中二心をこめたフワッとした表現で説明する大吾がまぁ痛々しいやらバカらしいやら。
「………と、言う事だ。だがこの話には続きがあってなァ…?なんと今年の大化祭は去年より盛大にッ!より大規模にッ!生徒の父兄や卒業生、地域住民を始めとして理事会や教育機関各所、その他にも各方面から多数の歴々が参列するんだ!」
マジかよやっぱ狂ってるわこの学校。
「たしか今年は、アニバーサリーって話なのよね?アタシのパパも来るって言ってたわ」
「悟おじさんって警察の偉い人なんだよな?ってーことは、まぁ学校運営側の都合で新たな支援ないし、継続支援を期待しての事だろ」
……しかし妙だな。大吾はこういう難しい話にはトンと疎いはずだ。脳筋だからな。つまり大化祭の裏事情や情報を一つとして掴めるタイプでは無い。という事は。
「なぁ大吾、ちょっといいか?」
「その声、我が友亮太ではないかっ!?何用かね??」
「先生に何を言われた?」
「………………………………………ッスー……」
アタリか。おおかた、追試免除をエサに、今年は特に盛況に大化祭を盛り上げたい学校側が、比較的マシな追試生徒を狙って旗頭に任命したのだろう。おそらく、全クラスで実施されているはずだ。
「……そんな事だろうと思ったよ」
「二人してなんの話してるデス?」
「リサちゃん、今は大人の会話してるからね、あっちで遊ぼうね」
ナイス彩里。ピュア散らかしたリサにはまだ早い話だ。それはどうやらクラス全員の総意らしく。
素のテンションに戻った大吾はつつがなく進行役を務め上げ……ああ見えて責任感の強い奴だからな。そのまま今年の大化祭実行委員に任命されたのだった。
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「さぁ、円卓会議を始めよう」
八月某日。亮太の通う学校の生徒会室にて。開校記念として贈られたとされる、生徒会室の円卓調度品を囲むのは。
「まずは点呼を取ろうか。氷室鏡介くん」
「…はい」
「美剣桜花くん」
「あぁ」
「鳴家操一郎くん」
「……ッス」
「城柳縁くん」
「はい」
「小栗百合くん」
「話しかけないでいただけますこと崇道扇会長。あっ、お姉様はいつでも床でも床だけに呼んでくださいまぐへへへへへじゅるり」
「……全員出揃っているな。では本日の議題は…」
「あの!始める前にちょっといいですかね!?」
もはや限界という意味を込めて、無駄に生徒会室の敷地面積を半分は占める円卓を叩いたのは、副会長を勤める氷室だった。
「なんで日中から遮光カーテンで窓を塞いで部屋の照明を点けないんですかっ!?!?」
「雰囲気でるかなーって。てへ」
「暗すぎて資料が読めなァい!?!?」
三年も崇道会長といると、さすがに人となりが見えてくる。一見すると責任感が強く、それでいて後輩の面倒見も申し分の無い『理想の上司』に見えるが。その実、身内にはこうして『遊び心』を全開にする節がある。
まずはカーテンを全開にし、照明のスイッチを押した所で、更には次なる問題が出現してきた。
「小栗ッ!暗がりで見えないと思って美剣にすり寄るなッ!美剣も空気を固めてガードするんじゃないッ!鳴家ッ!今すぐカバンの中のゲーム機を閉じろッ!城柳ッ!資料と見せかけたミステリー小説をしまえッ!頼むから全員仕事しろォォォォォッ!!!!!」
「いよっ、今日も切れてるね!キレッキレだね!」
「はぁ、はぁ……もうやだこんな生徒会…」
そうやって『いつもの』遊びが終了し、主に小栗の能力で片付けをすませると。崇道は途端にスイッチを切り替えて真面目な話を始めた。
「知っての通り、今年の大化祭は二〇〇回目の記念開催となる。理事会やら教育機関各所の方々も見えるとの事だ。口にはしないだろうが、これを機に新規支援先を引き込もうとするつもりだろう」
そして崇道の末恐ろしい所は、その空気に周囲の人間を巻き込める性質にある。それは彼の能力による副次効果などではなく、本人の気質によるものだという事が、さらに恐ろしい。
「したがって、従来の大化祭よりも規模と予算を大きくしても構わないとの許可が降りた。これもひとえに、上期における皆の頑張りと城柳会計係の交渉のおかげだ。ありがとう」
「いえ、私は会計の仕事をしただけですので。それで会長、何かやりたい事でもあるんですか?」
「それについては資料の次のページで。氷室副会長、頼めるかな」
「わかりました」
氷室は嫌がる素振りもなく、崇道の続きを引き受ける。普段がどうであれ、崇道の会長としての手腕は確かだ。副会長である氷室はいつでも崇道の代わりとなれるよう、会議の内容も事前に聞かされている。
「上期より定例会にて何度か通達をしていましたが、今年の大化祭は例年より日数を取らせてもらい、全二日の開催となります。初日は従来通り開催いたしますが、二日目は学外にて特別種目を行う予定です。場所は商業区内運動公園の、市民球場をお借りしました。当校関係者には観戦チケットの配布を行い、それ以外の方には有料観戦となります。機材の搬入作業を小栗庶務係にお任せしたく……」
「お断りですわ。どうしてワタクシがそのような事をしなくてはなりませんの?」
「美剣くん」
「頼むよ百合。お前さんにしか頼めないんだ」
「お任せくださいませお姉様っ!不詳、小栗百合が完璧にやり遂げて見せますわっ!!」
「搬入作業の人員に関しては、こちらで見繕っておくが…」
「必要ありませんわ。ワタクシの『転送』能力で一発ですもの」
「ではそのように。次に当日の警備についてだが…美剣風紀係」
「構わないよ。風紀委員は呼んでも問題無いかい?」
「そうしてもらえれば、助かる。当日のチケット販売、および回収には……」
「私ですね。大化祭実行臨時委員は手配していただけるので?」
「学期テスト追試者から選別してくれて構わないよ。それについては全権を一任する」
「それから最後に、当日の雑務および連絡係を…鳴家書記係」
「まぁ、消去法で僕ッスよね。大丈夫ッスよ、屋内は僕の『霊障』能力の見せ所ッスんで。全力を尽くすッス、先輩方」
「以上です、崇道会長」
「ご苦労様、氷室副会長。では各自、それぞれ担当業務に戻ってくれ。当日も、当日までも、よろしく頼んだよ」
かくして。物語の主人公が知らぬ所で、知らぬまま会議は終了し、知ることもなくその日が刻々と近づき、知ったときにはもう何もかも終わった後になるのだった。
ご愛読ありがとうございます。
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