#25 俺の過去を語り終えたらしい
「………っ」
それは体が癒えたからか。それとも全身が痛みを訴えるからか。あるいはその両方によって、亮太は意識を取り戻す。
「な…なに、が……」
ぼんやりした頭が覚醒するにつれて、少しずつ状況把握ができるようになった。
一つ、俺の周囲……いや、おそらくこの地区全てが砂と瓦礫だけになっていること。
二つ、俺の中の命が全て消え去っていること。
三つ、空に何か…鏡のような物が浮かんでいること。
「……そうか…」
俺は奪った命を。エネルギーを……そのまま、外に放出したんだ。手当たり次第、届く限り全てに。
「…命のエネルギーは……言ってしまえば寿命という『時間』そのもの…時が過ぎれば必然と、万物は風化していく」
そんな貴重なエネルギーを、俺はただただ、無駄にした。能力の出力を、感情のあまり制御出来なかったからだ。
そして今なら分かる。俺の能力は、この世に存在してはいけない能力だ。
「…どのみち、返す肉体が無ければ……行き場なんて無いんだけどな」
そして残りの一つ……夜空に浮かんだ謎の鏡は。
「終わった!?終わったよね!?もう仕舞っていいよね!?」
「我鳴り散らすな。うるさい」
「ごめんわざと」
「……」
…と、まぁ。よく分からない事が分かった。
そんな意味不明な鏡はゆっくりと降下を開始し、俺の前で甲高い音を立てて砕け散る。
「あちゃあ。耐えられなかったか」
砕けた鏡の裏から現れたのは、背中に羽を生やした…オッサンと。
「……何が起こったのか説明…は、しないんだな。読ませるんだな、お前は…」
浮かぶホウキに釣り上げられている…こちらもオッサンだった。
「コラそこ。オッサンじゃない、お兄さんだ。まだ二十代だぞ」
「あと五年かそこらで三十になるのに?」
「捻り潰すぞ」
「おーこわ」
仲が悪そうに仲良くするオッサン二人を見て、自然と俺の口を突いて出て来た言葉は。その後、何年も経とうとその時の言葉は間違ってなかったと言い切れる。すなわち。
「まて。よせ!言うなっ!」
「…へ………へんたいふしんしゃーーー!!!!!!!!!!!」
荒れた土地に、そのマヌケな言葉が、響き鳴りわたるのだった……。
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「さてはてさーて?オレっちは誰でもあって、誰でもない。とりま『ノウナ』って事になっている優しい優しいお兄さんだよ?自己紹介おわり」
「……ノウナの言動には色々と言いたい事はあるが…まぁ、私は『種田悟』。県庁捜査第二課に所属する、警察官だ」
「は…はぁ……?」
あまりにも、この一瞬で沢山のことが起こったからだろうか。不思議と頭は冴えていて、とても信じられないこの話が呼吸をするように頭に入ってくる。
「あっ勘違いしてそうだから言っておくけれど。今、ダウナーが冷静なのはオレっちの能力で『神獣鏡』の光を浴びているからだよ」
「…ダウ…?シン……?なんですか、それ」
「ダウナーは君の事、神獣鏡は神事に使われる鏡…らしいぞ。というか、さっきあの風化現象を防いだのはその力か」
「そのとおり!」
いわく。鏡は『真実を暴く』と言われていて、風化現象の正体が生命力と見抜いた…そうだ。そして鏡には『邪を祓う』といった側面も併せ持つ。それゆえに、亮太の持つ罪悪感や自分に対する怒りといった感情が消されてしまったらしい。
「って言っても、神獣鏡のカケラから作った鏡だし、ダウナーの浄化効果は永続じゃ無いよ。明日には自己嫌悪で死にたくなるんじゃあ無いかな?」
「そうなんですね」
まるで他人事のように受け止めてしまえるあたり、この『ノウナ』と名乗る人の言っている事は間違いないのだと思う。頭の片隅で、今すぐ自分の首を絞めてやりたい感情があるのに、どこか今は自分が夢を見ているような気がしているのが、その証拠だ。
「それじゃあ、今のうちに話をまとめようか。オレっちは、世界平和を目指しているんだけれど、人手がぜーんぜん足りないのよね?だからそれを、手伝って欲しいんだ。そのお礼に、どんな願いも一つだけ叶えてあげる」
「おい。そんな事、私には一言も言っていないぞ」
「隊長には効果が無いからね。大人には価値のある取引を、子どもには夢と希望の提案を。交渉の基本だよ」
「…詐欺師の手口だろう、それは」
どんな願いも、叶う。本当に?例えばそれが、許されない行為だとしても?
「…本当に、なんでも叶うんですか」
「なんでも。ダウナー、君が願うなら死んだ者を生き返らせる事や不老不死、今日の事を全て無かった事にだってできる」
「…っ」
そんな事が可能だなんて言うのなら。俺の願いはいとも簡単に叶えてしまえるのだろう。どうしようもなく子どもで、愚かで、自分の事も何一つ出来ない出来損ないだけれど。それでも。
「俺の願いは……」
願いを聞き、ノウナは驚いた顔をしたけれど。すぐに怪しい笑みを浮かべて、笑った。
「ははっ、いいね!流石はダウナーだ。まさかそう来るとは。オーケー分かった、その願い叶えてあげる。そのかわり……」
「大丈夫、理解しているよ。願いの代償に協力しろって」
「うんうん!それじゃあ始めるよ、最適な聖遺物は……うん『◼️◼️◼️◼️』だね」
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俺がノウナに願ったのは『その日の記憶を全て消した上で、その日の出来事を全て語り聞くこと』だった。
「………次に目が覚めた時には、荒れた都市の、かろうじて残っていた廃墟の中だった。俺はそこでノウナに、事の経緯と説明を受けたんだ」
目が覚めた時、その話を信じられなかった。けれど、周囲の状況がそれを否定した。紛れもなく、自分のした事だと。
「その時は、自分の判断を呪ったよ。なんでそんな願いにしたんだって……でも、今ならわかる」
その日の出来事を無かった事にしなかったのは、新たな被害者が出ないようにするため。
死んだ誰かを蘇生しなかったのは、施設の大人と同じになると考えたから。
不老不死にならなかったのは、自分は今すぐ死ぬべきだと思っていたから。
そして、死ななかったのは、先生に救われたから。
「記憶を消したのは、自分の精神を守るため。出来事を知ったのは、自分のした事を忘れないため。そして……俺のために、命をかけてくれた人や友だちを、忘れないため」
さらにもう一つ、記憶を消した理由がある。その日に覚えた『命をエネルギーにして時間を操る能力』の使い方を忘れるためだ。そんな使い方、覚えていない方がいい。
「……なんだか話が長くなったな。まぁ、俺の過去なんてこんな物だよ。その後は隊長に養子縁組してもらって、しばらくは隊長の家で過ごしてたな…五年くらい」
中学に入る前、今の部隊の原型とも呼べる部署が県庁捜査第二課の派生として誕生し、俺はその所属になった。もちろん、その部署は極秘だったし、メンバーも当時は隊長と俺の二人だけで、何をどう改変したのか…ノウナは『大稲名迷』という偽名で部署に配属されていた。もちろん、十年前のあの時からずっと姿を見ていないし、今も世界のどこかで聖遺物を集めているらしいけれど。
「…そろそろ寝るぞ。話疲れた」
時計はそろそろ日付けを変えようとしている。明日からは夏休み明けの試験が始まるから、絶対に寝坊できない。喋り出すと止まる気配の無いリサは放って置いて、さっさと寝てしまおう。
「………やけに静かだな?」
途中から不自然に思っていたが、あえて気付かぬふりをしていたのだけれど、そろそろ限界だった。
「…リサ?」
「……すぴぃ…すぴぃ…むにゅ……ぇへへ…もうたべられないでぇす…」
「………ッ!ッッッ!?!?!?ッッッッッッ!!!!!!!!!!」
お前が話せって言ったんだろッ!ベタな寝言言ってんじゃねぇよッッッ!?!?!?寝るはずだった俺の数時間を返せよッッッッッッ!!!!!!!!!!
という、心の叫びをぐっと堪えて。起こすと面倒だと分かっているので。二度と話してやるかと心秘かに誓いを立てて、亮太は翌朝まで不貞寝を決め込んだ。
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