#23 俺のせいだ
やっと納得できた
都市上空一万メートル地点。
「おいノウナ!本当にここなのか!?」
「うーん…うん。間違いなくこの場所だね。って言っても、Z軸はもっと下だけど」
「つまり、この下での出来事を阻止すればいいんだ、っと!?うわっ!」
はるか上空で話をしているのは県庁捜査第二課に所属する種田悟と。
「あはは、気をつけてね。さすがに落ちると助けられないからさ」
同じく二課に所属する、本名不明の通称ノウナだった。
悟は古びたホウキにしがみつき、ノウナは蝋で出来た羽を生やしている。
「魔女のホウキに、イカロスの翼……本物…なのか?」
「いやあ、ホウキはその辺のホームセンターで。翼は鳥の羽と蝋があれば作れるよ」
「……本当に落ちないだろうな」
「それは大丈夫」
そう言いつつ、ノウナは一冊の本をパラパラと流し読みし始めた。
「…それは?」
「マチュー・ランスベールの暦書」
「…それもレプリカか」
「これは本物」
「!?」
「って言ってもこれは創刊号ってやつだけど。ラプラスの悪魔を使って未来予測を立てるんだ」
「…よくわからん」
ノウナの能力は遺物制御と言って、逸話や神話に登場する道具の性能を本当に使えるという能力だ。媒体にレプリカなどを必要とするが。
「…とにかく、とにかくだ。この下に世界を救う何かがあるんだな?」
「無いよ」
「………」
ノウナめ…分かっていて私の事をからかっているらしい。つまり余計な事は聞かずに読み取れと。私の心理閲覧で要点を確認しろと、そういうつもりだな。
「…なるほどそうか。ここが歴史の特異点……この場の事件の結果次第で…大きく未来が変わる。そうだな?」
「……」
ノウナは何も言わず、そうだと言わんばかりに笑っている。
…今まさに、私たちは未来が変わる分岐点の上に立っている。ここでの不用意な発言が……コトダマが。なんらかの因果律改変を引き起こす可能性がある以上、下手な会話をする事が出来ない…という事情らしい。
つまるところ、言葉を交わさずとも意思の疎通が可能になる私は…ノウナにとって非常に好都合な能力者という事だ。
「既に決まった未来など今更どうにも出来ず。一番オイシイ結果だけを勝ち取るために。未だ判断のつかない子どもを特異点の軸に据え置く。外道の極みだな」
「……」
だがその選択を。ノウナが取った外道の愚策を。賢者の英断と変えられるのもまた…悟の役目だと読み解き。
「…お前の望む未来が……はてさて、全ての人にとってのより良き未来である事を信じて…賭けてみるか……」
◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎
上空一万メートルに対し、こちらは地下三千メートル地点。
亮太の意識は今……白い、無色透明な世界の中にあった。
「……?」
ここは…どこだ……?
「……っ!」
声が出ない…!?……いや、違うな。声だけじゃない…手も、足の感覚も無い。意識だけがそこにあって……ふわふわと浮いているようだ。
ーーー亮太は温い水の中を漂っている感覚を覚え、通常であれば心地よさの中に沈むのであろうが……亮太にはそれが、気味が悪いように感じられた。
「……!…。……?」
早く、早くここから出なくては…!ここから出て…出て……それで?…俺はなんで、こんな所にいるんだっけ……?
ーーー覚醒した意識とは裏腹に。亮太の思考は急速に……霧がかかったように鈍くなる。
「………」
頭が回らナい……こコはどこで…『僕』は…ダレダ?思い出さナクてはダメな気が…ホント、ウに…?
ーーー止まった思考の隙間に忍び込むように…亮太の知らない『ナニカ』の感情と記憶が…『亮太』という個人の自己同一性を破壊していく。
「」
……………オボエ…テ…ル……ノハ…『力の使い方』…?
『」
……ツカウ…オなカ………スイタ…つカウ……『速度を奪う』……『生命を奪う』……ミタ…ナイ……ミタ…見……?見えナイ…
ーーーゆるゆると漂う…感情だけが漂う中……『 』は暗闇の中で一筋の光を見た。
『』
ミエ…た……タ…タベ……
ーーー光の中を動く…動くモノに手を伸ばし、蟻でも潰すように、その速度を奪った。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何……
「亮太君っ!!!!」
光より差し伸べられた声は。手は。果たしてそれは救いの女神だったのか。
『 』は……いや…『俺』は、俺は『亮太』で。忘れていた事を忘れ去って。一筋の光は瞬時に、世界を覆い尽くし。亮太もまた、その光に飲み込まれた。
◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎
「…なに……これ…」
全身をドロドロに汚しながらも、どうにかハシゴを降り切った小子が見たものは。
『………』
推定五メートルはある水球に囚われた、半透明半液体の……『胎児』だった。
「水と…赤ん坊?……あっ!」
そしてようやく気付いた。胎児の中に、亮太が取り込まれているという事実に。
「ど、どうしてあんな所に……ううん、考えるのは後よ」
今は一刻も早く助け出さなくてはと…そう思考を巡らせた瞬間。水球がぶるりと震え、球は球の形を保てなくなり、ばしゃばしゃと音を立てて足下に垂れ広がり始める。
「な、何が起きて『OGYAAAAAAAAAAAAA AAAAAAAAAAAA!!!!!』……っっっ!!!!」
産声、と言うよりは、怪獣の咆哮に近い叫び声を上げて。半透明だった胎児は大きさをそのままに色濃く、動き回れる赤子へと成り果てる。
赤子はしばらく泣き続け、ようやく落ち着くと、ぐずりながら小子の方を向いた。
「はぁ…はぁ……こ、今度は何…イタッ!?」
聴覚が麻痺していた小子を次に襲ったのは、足下の痛み。見下ろせば、履いていた靴の一部が溶け出し、剥き出しの素足が溶かされ始めている。
足下に垂れ広がった水だと思っていた物……だがそれは、強い酸性の液体だったらしい。
「だけど、なぜ…?これほどの強酸性なら、そのphは28とも言われている。その一部を、飛沫とはいえ浴びている私の服は溶かされていない……」
だがその小子の長考を赤子は許さない。人間の赤子が行う四足歩行を……わずか一歩にして。次の瞬間にはエレベーターの前まで飛翔して移動した。
「なっ!?」
『速度を奪う』という能力。亮太の持つその能力は、ほんの表面上の効果でしかなく。固定概念の無い、まっさらな赤子がその能力を手にしたのならば。使うだろう、その速度を。その自質量から生み出される速度を奪い、別の場所に付与するという離れ業を。
「私を無視してエレベーターに…?一体……」
亮太と、小子を、その肉体に取り込むと言う所長の目的。それを無視して、横を素通り?ありえない。もしそれが、意図的な事だとして、その意味は……無い。だとすると、おそらく所長はもう…。
「……まって、それなら、あの赤子の目的は…」
そこに意識が無いとして、見た通り赤子へと成り果てたアレは、それでも紛れもなく理論上は永遠に生きるエネルギーを持っているし作り出せる。そしてそれは確かに成功し、今目の前に存在している…けれど。
瞬間、小子は最悪の結論を導き出した。おそらくは現状における最悪の結論を。
「アレの、狙いは………!!」
動き続ける限り、永遠に生きる生物?知った事か。そんなモノより、よっぽど効率の良いエネルギー源があるじゃないか。
「上の、子ども達……ッ!!!!」
生命体というエネルギーが。
そう悟った時、小子の身体は頭で考えるより早く動き出していた。赤子を止めるために。
「ッッッ…!……馬鹿か、私は…っ!止めるって、一体どうやって止めるのよ……っ!!」
頭ではわかっていても。もう止められない。止まらない。もしも私が亮太君に触れたら。もしかしたら、あの赤子から亮太君を引っ張り出せたなら、維持する力を失って消えてしまうかもしれないけれど。羊水の役割を果たしていたあの超酸液に耐えられる、いわゆる超アルカリ性の赤子に触れてしまったら。間違いなく数秒であの世行きだ。
今もエレベーターの扉と壁を腐食させてこじ開け、垂れ下がったワイヤーを掴んで登ろうとしている。
「……ワイヤーを…掴んだ…?」
たった今、この瞬間。深く暗い絶望の闇の中、見えた微かな光。身体を動かしていた心と、思考していた脳が、ガッチリと歯車のように噛み合った瞬間。小子は迷いなく赤子の肉体へ飛び込んだ。
「今、確かに見たッ!いいえ、観たッッ!超酸液を中和するほどの超アルカリ性の身体が、その手が、エレベーターのワイヤーを掴んだ瞬間をッ!」
コンクリート、鋼鉄の扉を瞬時に腐食させる手が掴めたワイヤーはッ!超酸液を浴びても服が溶けなかった理由はッ!!
炭素鉄線だからだッッッ!エレベーターを吊り上げるワイヤーが、炭素繊維で編み込まれた炭素鉄線だったからに他ならないッ!
汚れていると思っていたハシゴは、その実グリースと摩耗した炭素鉄線から降り注ぐ炭素そのもので。そして炭素は非常に安定した物質であり、酸化と腐食に対して耐性がある。そんな炭素をふんだんに練り込まれたグリースを、それこそ全身ドロドロになるまで塗り込めば、ただの服が防護服にすら匹敵するほどの耐性を得る。
「…ッッッ!」
耐性を得る。得ると言っても、一時的だ。しかも腐食しにくいとあっても、あくまでも浸食が遅れるだけ。なればこそ、この赤子の体内に長く留まるのは得策ではない。それに、炭素入りグリースの付いていない箇所は、その限りではない。
「……っ」
故に、僅かな光。故に、微かな希望。だけど。それでも。たとえ万策尽きたとしても。一万と一つの手立てがきっと。そこにあるのなら。
「っ!!」
いた。見つけた。痺れる手足を強引に動かして、小子が亮太に触れたその瞬間。何百何千何万という、亮太の物ではない記憶の濁流に触れた。それはきっと、所長が取り込んだ子ども達の記憶で。同時に亮太から思考と意思を奪う足枷で。なおも流し込まれる記憶は、今襲っている子ども達の記憶だ。
………亮太君。大丈夫、先生が…守ってあげるからね。
◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎
………ずるり。
「……ッ…ゴホッ!カ、ガハッ…!!」
気管に入っていた謎の液体を無事に吐き出し、半ば嘔吐混じりに亮太は意識を取り戻す。
「ハァ…ハァ……」
ぼんやりとした記憶だが、優川先生に助けられたのはハッキリと覚えている。
「ありがとう…先生……」
助け出された時に抱きしめられたのだろうか。互いに寝転んだままではあるけれど、亮太の腕の中で小子は穏やかな笑顔のまま眠っている。
「…………え?」
腕の……中…?大の大人が?まさか10才にもならない子どもの腕の中に?
「……先生?」
見下ろした小子は。
「……ぁ…ぁぁ…」
超アルカリ性の中に飛び込んだ小子の身体は。
「ぁぁ……ぁぁぁああ…!!」
無いのだ。腰から下、その半身が。
「うぁぁぁあああああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!」
ご愛読ありがとうございます
面白ければ評価、感想、レビュー、ブクマ、Twitterフォローなど、よろしくお願いします