#22 俺は……
おまたせしました。
ようやく更新です
ちらりと、下降を続けるエレベーターの階層表示に目を向ける。もうずっと、表示は『B6』のままだ。
「君は……」
「亮太」
「…亮太君は……不老不死についてどう思うかね」
脈絡もなく話はじめたかと思えば、不老不死について…だって?自分で研究しておいて、俺みたいな素人に聞くとはどういう事だ。
「永遠の命。朽ちることのない肉体」
「それはいわゆる、俗説という物だろう?そうではなく、君の、君自身の、偏見のない意見が聞きたい」
「……あえていうなら生き地獄」
「…ほう…!」
だから、なんでそんなに嬉しそうなんだよ。もっと意見が聞きたいって顔してさぁ…?
「ヒトの心ってのは、そんなに強くない…と、思う。もってせいぜい…一〇〇年と少しくらいだ」
「長く生きると精神が病む…と。ふむ、なぜだ?」
「単純に刺激が無いってのが、一番の理由…かと思う。八〇年も生きれば、ある程度達観してしまう。経験を貯めすぎたって言うのかな…?生きるのに飽きるん…だと思う」
こんな考えは変かもしれない。けれど俺は…終わりがあるからこそ、物事は楽しめるんだと思う。
「…いい……いいね…うん、いい!やはり君は合格だ!」
「…その、合格ってなんの事……ですか」
コレだ。さっきから俺の事を合格だと言っているけど、何に合格しているかは頑なに教えようとしない。この先の『何か』を見れば…全て理解すると言わんばかりに。
「不老不死を望むのは…時の権力者であったり、自分の死後に不安を抱える者達だ。かくいうこの施設も、そういった富裕層の豚どもからむしり取った金で動いている」
「…出資者を豚とはよく言う……おっと」
「構わない。私も同じ意見だとも。むろん、肥え太った豚どもに与えてやる餌など、持ち合わせてはいないがね」
つまり、資金だけとって研究成果は開示していないと?よくやる。
「奴らは不老不死を軽んじている。ただ死を恐れ、ぬるま湯に浸っていたいだけの家畜だ」
ようやくエレベーターは止まり、扉が開く。真っ暗な通路を、ぼんやり光る誘導灯だけを頼りに進んで行く。
「私はね…そんな豚どもに、不老不死を与えてやる気など微塵も無い。十数年かけた研究成果は全て…私のものだ…ッ!」
通路の果て。指紋、顔、虹彩、声帯、静脈といった、およそ思いつく限りの厳重なロックを解除して、重苦しい扉は開く。
「……っ!」
俺は自分の目を疑った。扉の先にあったものは大量の……いや…『大勢』の、培養液に浸された実験台だった。
「亮太君ッ!」
「っ!」
「散々君を合格と言ったねッ!それは…私と、同じ思想を持つからなのだよッ!」
「言ってる、意味が、わかんねぇぞ…!」
「生きているだけで害にしかならぬ奴らになど、等しく社会のゴミだッ!私は奴等を世界から排除し!新しい社会を築き上げるッ!私こそが社会の支配者…いいや、新世界の神となるのだッ!!!」
「ますます意味がわかんねぇよ!」
なんなんだよ突然!?不老不死について聞いてきたかと思えば、今度は自分が不老不死になって新世界の神になるだと!?話が飛躍しすぎだろ!そもそも、その妄想と俺とチルドレンズが、どう関係するんだよ!!
「私の能力は〈物質合成〉…右手に触れているものに、左手で触れているものを合成するッ!」
「だめだコイツ話聞かねぇ!」
一方的に喋り散らかして、よそ様に多大なるご迷惑をおかけするタイプの人種だッ!コイツと話をするには、向こうから問題を投げかけられねぇと意思疎通すらままならねぇぞ!?
「合成する!右手を私自身にッ!左手をスライムにッ!」
肉体がドロドロに溶け始め、原型を留めなくなると。今度は体中から網状に手のような形をした何かを飛ばし、手当たり次第に培養液ごとチルドレンズと合成を始めた。
「…おいおいおい……っ!マジで何がしたいんだよ!不老不死は!?精神が病むとか言う話は!?いきなり怪獣映画か何かですかぁぁ!?」
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痛みを『忘れる』と、人は眠ってしまう。
そして、痛みを思い出す記憶を『忘れる』と、その傷は認識されなくなる。
「…記憶、消去……」
「うぅ…せん、せぇ……」
最後の子どもの記憶を消し去ると、小子はしばらく立ち上がれないでいた。
「……」
今まで、何度もこんな場面はあった。別段、亮太君が賢いというわけでも無い。何年かに一度、亮太君以上に頭の切れる子どもが現れて、同じように記憶を消されている事に気がつく。単独にしろ総動員にしろ、この施設を脱出しようとして……失敗する。私がいるから。
「…もう、嫌よ……」
元の能力が没個性だった私も、辛くて薬物に頼ってしまった私も、薬物で他人の記憶に干渉出来る様になってしまった私も、その能力を利用されている私も。全部、ぜんぶ、嫌いだ。
「私は…私はただ…ッ!」
かつて、自分がそうであったように。子ども達の憧れになれるような、優しい先生になりたかっただけなのに。
「…泣くのは後よ、優川小子……!」
今までと、決定的に違う点がひとつだけある。所長が言っていた『合格』という言葉。それは亮太君の能力と、その思想が所長の望むものだったということ。
「まだ…間に合う!」
所長の目的は不老不死。その目的のためには三つの要素が必ず必要なのだと、いつも聞かされていた。それは『記憶をリセットする能力』『熱量を肉体に還元する能力』『巨大な質量体』の三つ。
「私の能力と、速度を奪取還元する亮太君がいれば…理論上、不老不死は成り立つ」
そしてその二つを、所長が自身と周囲の物体ごと『合成』してしまったら。
「んっ…しょ……ッ!」
エレベーターの扉を非常用装置でこじ開け、小子はごくりと息を飲む。この下に、所長の研究室があるはずだ。
非常階段だけでは下まで降りる事ができない。となれば、研究室まで降りる手段は一つだけ。
「…コレを、伝うしか無いのよね……」
現地整備用の足掛けハシゴ。壁面に取り付けられた、横幅三〇センチのハシゴは…ホコリと油で容易に滑りそうだった。滑落すれば間違いなく…死ぬ。
「こんな所ですくんでいてはダメよ、小子。何としてでも、所長を止めないと…!」
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「のあああああああああ!?!?!?」
所長だったソイツは、手当たり次第に壁やチルドレンズを取り込み肥大化し、執拗なまでに俺を取り込もうとスライムの触手が追いかけてくる。
「アレはやばいッ!捕まったら終わりだって本能で分かる!触っちゃダメだ!!」
地下の研究室が広くて助かった。幸いにも触手の速度は目で追える程度には遅い。瓦礫やチルドレンズを取り込めば取り込むほど、その速度は落ち続けていた。
「ッ…まぁ、デカくなる分だけ逃げる場所が無くなるんだけどね…!」
もう通る空間も走り抜ける隙も無い。入ってきた入口はスライムの後方だし、それ以外に脱出口は存在しそうにもない。
「だとすれば…取るべき選択肢は一つ……ッ!」
平面がダメなら立体で動く…!って言っても飛べるわけじゃない。なら、瓦礫や土埃、時には自分で投げた物を固定して階段状にする。その上を駆け抜ければ…!
「いよっしゃ想定通りィ!」
ははっ!スライムめ、愚鈍な触手をウネウネさせて俺を探していやがる。目も耳も失った人間だった物が、どうやって俺を捉えているのか知らないが……ひとまず、この施設を脱出する!
「移動は最速…ッ!飛び降りて、落下の速度を着地と同時に奪う!」
大丈夫、上手くいく。怖気付くな、出来る、出来る!出来るッ!
「いっけぇえええええええ!!!!!」
推定高度五メートル…三…二…一!今ッッ!速度奪取!!
「やったぜ想定どお…!!」
瞬間。足の裏に違和感を感じる。落下速度を奪い、硬い床に着地したはずなのに。ゴムの上にいるような弾力を感じた…その途端。
「ッ!?!?」
床が突然波打ち、まるで大波のように巻き込まれていった。
「なん…!?なんだこれ!?」
考える暇もなく、床だった物は色と形を変えて行き。それがスライムの一部だと気付くにはそう時間はかからなかった。
「まさか…最初からこれを狙って……!」
肥大化し、そのまま取り込めれば良し。そうでなくとも、後方全てを擬態化させて待機しておけば、勝手に飛び込んでくると…!
「こいつ…ッ……知性を持っていたのか…!?」
膨大な力と肉体を手に入れる代わりに、知性を失ったと思わせて。奴は…『所長』は、この時を待っていたのか。
「は…ははは……こいつ…笑ってやがる」
肉体を捨て、すでに顔もドロドロに溶けて形なんて失われているのに。俺には所長がニヤニヤと笑っているように見えた。
「…けど、残念だったな。お前が俺に触れた所で、捕らえようとするスライムの速度を奪ってしまえば……っ!?」
奪えない。止まらない。今もなおゆっくりと本体に向かって直進している。
予感が当たった。触れたらヤバイ事になると第六感が告げていたが、やはり当たっていた。
「い…いや、だ……」
嫌だ。嫌だ、嫌だ、いやだイヤだ嫌だッ!!!!!死にたくないッ!まだ死にたくないッッッ!!!!!!
「死ぬのか…?俺が?こんな、ところで…?」
なおもゆっくりと近づく死への入り口。いや…これは意思を持ってゆっくり取り込もうとしている。楽しんでいるのだ、絶対的優位からの、完全なる勝利を。
「この…!……くそっ!」
足掻いても、もがいても、止まらない。やがて、ずぶずぶと体がスライムの中に吸収され始める。
「だれ…か……」
助けて。
………その言葉は、誰の耳にも、届かない…。
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