#2 俺の能力は秘密がある
月が夜空に輝く。高台から見下ろす黒いバトルスーツを着込んだその人物に、通信が入った。
〈ーーー……るか。聞こえるか、オーバー〉
「問題ない。感度良好だ、オーバー」
〈よし、では作戦の確認をする。とある組織の末端が違法薬物を海外から仕入れるとの事だ。現在位置は『テレパシー』で送る。君の仕事は敵戦力の制圧、および違法薬物の奪取だ。健闘を祈る、アウト〉
「了解」
通信が切れると同時に、テレパシーで位置情報が送られてきた。その情報を一瞬で暗記し、高台から飛び降りる。地上との距離は300mほど。あわや地面と熱烈なキッスをするかと思いきや、音もなく着地した。次の瞬間、その人物は足音ひとつ立てずに高速で移動を開始。暗記した地図通りに走行し、件の現場……廃倉庫前へ。
「な、なんだテメエ!」
「答える義理はない。大人しく捕まってくれるなら、命は保証しよう」
見張りなどまるで敵でないとでも言うのか、隠れる事なく堂々と正面から。
「クソがッ!死ね!」
見張りの男は腰から拳銃を取り出し、発砲。
……やれやれ、そんな旧時代の兵器なんて現代に通じる訳ないのに。いや、没能力者にとっては今も現役なのだろう。
弾丸は人物の心臓部に直撃……する寸前。ピタリと止まった。
「なっ……!」
「ありがとう」
「は、はぁ!?」
「いや、なに、こっちの話」
「くっ……この、バケモノが!!」
見張りの男は錯乱し、銃の引き金をオモチャの様に引き続けた。しかし二発目も三発目も、弾丸は人物に当たる寸前で止まり、その間もゆっくりと見張りの男に近づく。
「く、来るな……来るんじゃねぇ!がああああああッッッ!」
弾の無くなった拳銃を捨て、見張りの男はステゴロに持ち込むべく振りかぶった。しかしその腕は空を切り、顔の横を通過して……。
「もらったァ!」
「っ!」
突然腕を曲げたかと思えば、肘から刃物が飛び出してくる。的確に喉を狙って突き刺そうとするあたり、見張りの男の切り札なのだろう。
「……ふぅ、ちょっとびっくりした」
「…………」
見張りの男は刃物を飛び出した状態で止まっていた。顔の表情さえも、勝利を確信したままで。
「殴り合いが希望っぽいからね。まぁ、君にはこちらの手間を省かせてもらった恩があるし、抵抗はしたけれど命は保証するよ。ただし、痛くないとは言ってないけどね」
見張りの男の下腹部に拳を当てると、軽い衝撃音が響く。と同時に男は刃物を消滅させながら、地面に突っ伏した。
「元は君のだ、恨むなら自分を恨みなよ」
バトルスーツの人物は廃倉庫のシャッターに手を当て、後ろの弾丸の数を思い出していた。
「ええと…6発だったかな?足りるかな……まぁ足りなかったらそれはそれで…」
今度は甲高い音が6度聞こえると、錆ついた古いシャッターは途中で引きちぎれ、倉庫内にぶちまけられる。
「……あぁ?」
「警告する。速やかな降伏をしろ」
今まさしく取引の最中だったのだろうか、アタッシュケースと金の受け渡し現場に遭遇していた。
「おい」
「へい」
幹部格だろうか。そいつが顎をしゃくると下っ端らしき男が右手を差し出す。手のひらが発光したかと思えば、次の瞬間には熱線が発射された。
「……ふむ」
しかしその熱線が目的地に到達する事はなく、やはり寸前で止まり、先ほどとは変わって消滅。それを見て焦ったのか、取引先も買取先も、慌ただしく能力や骨董兵器を乱用する。だが、そのどれもが件の人物を傷つけるに至らない。
やがて勝ち目なしと思ったのか、取引は中止の判断が出されたのか。アタッシュケースを持った恰幅の良い男は裏口から逃げようと走り出す。
「あ、ダメダメ。それは絶対回収なんだから」
「ーーー!!ーーーーー!?」
「え?なに?あ、もしかしてチャイニーズ?日本語分からない?オーケー、じゃあついでにそこで止まっててよ」
バトルスーツの人物が触れると、見張りの男同様に固まって動かない。ついでにアタッシュケースも大事に抱えて、おそらくこの人物ごと持ち帰れば最低限の任務は果たせるだろう。
「さて、それじゃあ後は買取先のあんたらだけだね」
罵詈雑言を並べ立てながら必死の形相で殺そうとする人達を一人ずつ止め、一番最後に幹部格の人を止めようとした、その瞬間。その人物は突然その場から姿を消した。
「あらら……逃げられたか…相変わらず転移能力者には役に立たない能力だよなぁ……」
耳元の機械を使用し、本部に連絡。買取手の幹部以外を拘束したと伝えた。
〈ーーー転移能力者か…それは、相性が悪かったな、オーバー〉
「ブツと情報源を大量に入手したんだ、報酬は弾めよ?オーバー」
〈一杯奢ってやる。それで我慢しておけ、オーバー〉
「こちとら未成年だぞ。酒はまだ法律違反だ、オーバー」
〈ハハハ、そうだったな。では回収要員をそちらに送る。ドラッグと情報源を載せてくれ、アウト〉
「了解」
通信が切れた少し後、小型ドローンの小さな羽音が聞こえていた。連絡のあった回収班だ。
ドローンの上にちょこんと乗った玩具のようなコクピットから、これまた小さな人が外に出て手を振っている。おもむろに飛び降りたかと思うと、軽い破裂音がして金髪の少女が出て来た。
「Hey!今日も収穫は上々デスか、リョータ?」
「やめろ、本名を晒すな。仕事中はコードネームだろう、リサ」
「Oh!これはこれは失礼つかまつりマスル!Missionの途中では、呼んではイケナイのデシたネ!シッケイ、シッケイ。では改めて……収穫は上々デスか、ジャパニーズニンジャ!」
「違うだろ?俺のコードネームはダウナーだ、ミニマム」
「ウーン、カッコイイのデスけどネ、ジャパニーズニンジャ。シュバババ!」
この嫌にハイテンションな日本かぶれの彼女は「Lisa」。イギリス系アメリカ人の、カナダ生まれの日本育ち。能力は変化系に属する〈縮小〉だ。自分と、触れた対象を小さくする事ができる。
「もう全員ノびてるから。さっさと連れ帰って拷問でもなんでもしてやってくれ。俺は明日も早いんだ……ふぁ…」
気絶した連中を小さくして箱詰めするリサに、早くしろと催促する。それを聞いたリサはみるみる膨れて不機嫌さをアピールした。
「Boo……そんなに楽しいデスか、Schoolは」
「あぁ。気の合う連中と毎日バカやって遊んで、殺伐とした俺の心に光を与えてくれているよ」
「……よく分からないデス。まぁデモ、リョータのSkillなら、テンカトウイツもBerry berry easyデス!スゴイデース、ニンジャだけでなく、ショウグンにもなれるデース」
「いや、俺って学校じゃパッとしない没能力扱いだから」
「Wats!?騙されないデース!リョータ、冗談が過ぎるデスよ?なぜならリョータは、Teamの中ではムテキ……もしかしたらWorldでTOPかも知れないデスから!」
「それは……買いかぶりすぎじゃないかな…?」
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能力ナンバー372625〈井堂亮太〉
彼の能力は変化系に属する〈停止〉とされている。が、本質は違う。
彼の能力は「触れたモノの速度を奪って停止させる」という代物。例えそれが弾丸であろうと、突き立てられた刃物であろうと……光線であろうとも。
では奪われた速度は何処に消えたか?それは至極簡単な問いかけである。「奪う能力なのだから奪った本人が持っていて然り」だ。そして奪った速度をどこで、どの様に消費し、使おうとも……本人の自由である。
例えば、落下速度を奪って地上を高速で移動しようとも。弾丸の弾速を奪って倉庫のシャッターを吹き飛ばそうとも。エルボーの速度を奪って本人の腹に撃ち込もうとも。
その全てが、奪った本人の裁量で決まる。
ご愛読ありがとうございます
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