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19/28

#19 俺は行動を起こすらしい

「…ふぅ」


 綺麗に片付けられたデスクを見ながら、私はチラリと出勤ボードを見る。そこに自分のネームプレートはもう無く、いよいよ今日から部署が変わる事を意味していた。


 ーーーキミ、来月から異動ね。よかったじゃ無いか、新部署の署長だとさ。ハハハ。


「……つまり左遷…か…」


 県庁捜査第二課。それが、昨日までの私の役職だ。そして今日からは、増え続ける能力犯罪に対抗するため設立された新部署…「能力対策課」に所属する事になる。

 ……その理由として挙げられるのは、単に私の能力に所以するのだろうが。


「…ここか」


 まとめた荷物を持参し、県庁地下物置の奥の貨物用エレベーターで下に降りた、さらに奥。かつては時効資料倉庫として機能していた部屋が、新部署室となる。

 古めかしい扉の隣には、使い古された出勤ボードが掲げてあり、そこには『種田(たねだ) (さとる)』という私のプレートが掛かっていた。


「署員が私一人だから署長……はっ、笑わせる」


 兎にも角にも、今日は自分の荷物を置いた後、手続き完了報告書を庶務課に提出して終わりかと。

 そう考えて扉を開けた私は、理解出来ない現象に襲われる。


「……なんだこれは」


 扉の向こうは真っ白な虚無空間。それでも確かな足場はあると考えられたのは……おそらくこの空間の中心部であろう位置に、一人の人物が立っているという事実だった。


「こんにちは。はじめまして、種田悟さん」


 不思議な感覚のする自己紹介だ。その人物…おそらく彼は、日本語を話しているようで話していない。例えるならば、こちらが知らぬ間に習得している共通言語で話しているような気分だ。


「…はじめまして。君は?」


 そう問いながら、私は目の前の人物の心を読む。それが私の能力『心理閲覧(ハートライブラリ)』だ。


「オレっちはナナシ。名前の無い名無しだよ。逆に言うと色々な呼び名があるんだ。猫に例えるなら『イッパイアッテナ』かな」

「…そうか。では便宜上『ノウナ』と呼ぼう」


 彼の言っている事は事実だった。名前を尋ねた時、彼の心には本当に沢山の名前が浮かんでおり、同時に敵意の無い心理も読み取れた。しかし敵意が無いから友好的かと問うのなら、それは否と答えるのが正解だろう。彼は何かの為に、私を利用しようとしているのだから。


「ノウナ、ノウナ……No nameだから略してノウナ…うん、いいね、悪くない。とまぁ自己紹介を済ませた所で、なんだけど…僕の考えはある程度読んで分かってくれたかな」

「…っ」


 どうやら、彼には私の情報が筒抜けらしい。その証拠に、彼は自分の情報をわざと心理上に明確に描いてみせた。問答するより見たほうが早いと言わんばかりに。


「…この空間も、君が作ったモノらしいな」

「そうだよ。使ったのは『オンパロスの石』だね」


 オンパロス。ギリシャ神話にてゼウスが鷹を飛ばし見つけた世界の中心を示した石。曲解すれば、石のある地点が世界の中心であり、石の数だけ世界が存在する。


「オレっちの能力をあえて語源化するならば、さしずめ『遺物制御(レリックマスター)』だね」


 遺物制御。神話、逸話、民話に登場する伝説のアイテム…それらの伝承を現実化する能力。そこには理解、真解、曲解も無く、伝承を元に能力者の思う通りの効果を発揮する。効果の範囲、出力、伝承強制力は、アイテムの質による。


「今回の石はギリシャのお土産屋に売ってたレプリカで、まぁ効果範囲は六畳くらいなんだけど。でも『ノストラダムスの予言書』は本物だし、この『バベルタワーの土台石』は発掘現場から借りた本物に近い物質だから、効果だけはお墨付きなんだよね」


 どうやら私の事は予言書で知り、先程から話している言語はバベルの塔建設以前の『統一言語』と言うものらしかった。


「…あえて聞こう。私になんの用だ」

「そんな怖い顔しないでよ。教えられない事もあるけれど、敵対したいわけじゃないんだから……」

「御託はいい。私に、なんの、用だ」


 要件は知っている。だが、あえて言葉にする事に意味がある。心の声はいつだって曖昧で変化するものだ。だが名言化すると不変の感情として心理に刻まれる。


「まったくもう…まぁ、隊長はそういう人だって知ってるけど。うん、じゃあ、一言で」


 ノウナはたっぷりと含みを込めて言った。彼自身の、そのバカバカしい目的のために。


「オレっちと世界を救ってみない?」


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 悠久の楽園。その目的は、不老不死……または、死者蘇生。富裕層の連中が喉から手が出るほど欲しがるのは、永遠の命。

 この能力社会において、空想は空想にあらず。どのような犠牲を払おうとも、永遠の命を手に入れようとしている。


「……このままじゃ…いずれ、俺も…」


 優川先生から話を聞いた、その日の夜。一縷(いちる)の不安が加速度的に膨れ上がり、土石流のように心の中へと流れ込んでくる。

 いつかでは無い、必ず訪れる確かな死の恐怖。もう一刻の猶予も無い。今すぐにでも行動を起こさなければならなかった。


「でもどうやって…?」


 どうやって、この施設を抜け出すか。まず必要なのは、施設の全体図だ。そもそも検査室しかり、養護施設しかり……およそ建物の外に建設されている気配がしない。となると、この施設は地下に埋まっていると考えるのが妥当だろう。

 次に必要なのは、扉を開ける鍵だ。これは施設員の持つカードと、扉ごとに設定された暗証番号の二つ。


「……地図は…自分でマッピングするしか無い。それは、いい。問題はカードと暗証番号だ」


 後ろ暗い背景の施設だ、カードにも権限があって上位権限でないと開かない扉もきっとある。そしておそらく、出口のセキュリティは他のどの扉よりも厳しいはずだ。


「となると、どこかにあるはずだ。非常用のマスターキーが……」


 マスターキーを探して……いや、無理だ。子どもの俺では探す事自体が難題すぎる。つまりは必要不可欠なんだ、協力者が。


「…優川先生に協力をお願いしてみる…か……?」


 先生の事情もあるだろう。俺には分からない、大人の事情が。それでもこの施設の中で、俺の見方をしてくれるのは現状…優川先生だけだ。


「…とりあえず……計画書を、作ろう…明日……うん…明日、話をして…それから……」


 まずい。いつもの就寝時間を過ぎた。この時間に眠っているから、習慣のように体が寝ようとしている。起きてから書いていてはダメだ、やらなきゃいけない事は、早く、手早く、手短にしないと……。

 ぅ……ダメだ…まぶたが重い。鉛でも吊るされている気分だ。仕方がない、要点だけメモを取って、明日作ろう。今日は、もう…眠らな…きゃ……。


 ◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎


 翌朝。決められた時間の少し前に目覚め、しばらく無意識の中を泳いでから、顔を洗う。大きなあくびをしながら、寝巻きから普段着に着替えていると、テーブルに置かれたメモに目が止まった。


「…全体図作成、マスターキー、協力者……」


 紛れもなく、それは俺の字ではあるのだが……とても不思議なことに。


「……なんだこれ」


『全くもって記憶が無い』のだ。けれど、何かとてつもなく重要な……とても大事な事…の、ような気がする。


「…まぁ、忘れるくらいの事だ。さして重要でも無いのかもな」


 とりあえずメモはポケットの中に入れて、食堂へ向かおうとしたその時。


「亮太君」

「あ、優川先生」


 いつになく真剣な顔をした優川先生に呼び止められた。


「昨日の、事ですが…」

「昨日?……何かありましたっけ?」

「えっ…?」


 優川先生は驚いた顔をして、目を見開いている。そして何かを一瞬だけ思考して…それから。


「…亮太君、昨日……何をしていたか思い出せますか?」

「昨日のことですよね?えっと、朝起きて検査して、それから……」


 …それから。それから……?俺は一日中、何をしていたんだ??


「昨日はいつもと違う事が…たくさんありました。まず検査の後、お友達が襲ってきません…一昨日、処分されました。そして鍵の開いた資料室で……私を助けてくれました」


 友達…友達……?朝から襲ってくる友達なんて……いた…のか?…ッ!?


「…っぐぅ!?」


 突然、激しい頭痛に襲われる。思い出されるのは朝の襲撃だった。毎日同じ時間に襲撃され、同じように迎撃する朝の恒例行事。


「…これが、あなた達子どもが……この場から逃げようと考えられない理由…」

「…記憶、の…忘却…ッ!」


 これは…これはッ!能力、なのかッ!?あるいは、もっと別の、外的要因…っ……!


「私の授業は、本当は……一週間、同じ授業なんです。どうしてなのか…今はっきりわかりました。記憶の忘却は…浅い記憶までしか行えない。そして私には効かないからこそ…契約書を交わし、薬物で支配して。逃げ出せないように子ども達を足枷にされました」

「その話は後だ…っ……それよりもこの記憶は…ッ!間違い無いのか!?」


 いや、間違いない。でなければ、あのメモの説明がつかないからだ。


「…俺は、ここを出る。そのためには先生……協力者が必要なんだ」

「私は協力出来ません。他の子ども達を見捨てるなんて…出来ません」


 …やっぱいい人だよ、優川先生。世の中の大人が、全員優しい人だったら……世界は平和になっていたかもしれない。どこかの神話のように、先生が本当に神様だったら……どんなに世界は救われていただろうか。


「俺だって…一人で助かろうなんて思ってない。けれど、全部は無理だ。両手で抱えきれない救いを与えても……その全部を、拾い上げるには限界があるんだ」

「なら私は協力出来ません」


 これは……まいったな。どうやら優川先生は頑固らしい。言いくるめるか、折れるかしないと話が進まないぞ?先生と結婚する旦那さんは苦労しそうだな…って、今はそんな事どうでもいいんだよ。


「…優川先生は、子ども達全員で脱出しないと協力しない……って事だな?」

「そうです」

「…わかった、全員助ける。ただし!それは先生がマスターキーと暗証番号を手に入れたら、だ。ここの最高責任者からセキュリティカードを奪ったなら逃げながら行動する事になる。そんなの、何十人と子どもがまとまって実現するわけ無いからな」


 嘘だ、なんとかなる。けれど時間と手間がかかるから、それは避けたい。狙うは短期決戦だ。

ご愛読ありがとうございます


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