#18 俺の過去を語るらしい
悠久の楽園……そう呼ばれる場所で、俺が物心ついた時にはそこで暮らしていた。それと同時に、自分には父や母と呼称できる存在とは無縁である…という事も理解して。
『それではテストを始める。No.37265、前へ出て準備を』
「………いつでも」
壁に内蔵されたスピーカーから、男の声で開始の確認を取られる。四方八方を白い壁で囲まれ、上の方の小窓には数人の大人が白衣を着てこちらを覗いていた。
『開始』
「……」
そう言うが早いか、壁から突起物が何本も出てくると、それらがランダムに発砲。飛び出す実弾を、何でも無いように止めてみせる。
ここでは毎日決まった時間に起床し、朝食を食べ、検査薬を飲んで能力検査するのが、当たり前だった。
『…では次のテストを開始する。例のモノを投入しろ』
「例の…?」
モノと言われて思い付くのに時間がかかったが、すぐにそれは先月触った『瀕死のマウス』であると思い出す。実験を重ねすぎて弱りきったマウスを止め、通常ならあと何日も生きない生物から、動く速度を奪った。
『開始』
通用口からワゴンロボットがマウスを運び入れ、目の前で停車する。ワゴンの上には止まったままのマウスが鎮座しており、今にも生きて動き出しそうな雰囲気を出していた。
だがしかし、解除してみればそんな事はない。止めていた分だけ細胞分裂が一気に進み、マウスはすぐさま絶命。死後硬直を数秒したのち、腐臭が鼻をツンとついた。
『本日のテストは終了した。明日に備えて体を休めたまえ』
「お疲れさまでした」
心にもない言葉を発し、検査室を後にする。
コレが俺の、基本的な一日の流れだ。寝る時間が決まっている以外は、あとは自由時間。施設のどこにいても問題無いし、何も言われる事はない。
と言っても、子供部屋と呼ばれる部屋以外には厳重なロックがかけられていて、入れない作りにはなっているけれども。
「あ!亮太みっけ!」
「……うへぇ」
少し遠くの方から男の子が叫びかける。亮太というのは、ナンバーとは別に、施設に登録されている俺の名前だ。トテトテとおそい足取りで駆け寄って来ると、至近距離で何かをぶん投げた。
「とりゃあ!!」
「はい届かない。返す」
「ぷぎゃっ!?」
投げてきたのは泥団子だ。どこで拾ったでもなく、それは能力で壁の一部を持ってきた物なのだが。
「また負けたァ!」
「ちゃんと戻せよ。穴だらけのチーズみたいになるだろ」
「くっそぉ……」
施設には俺以外の子どもが沢山いる。検査は面倒だし、検査官は嫌いだけど……別にこれと言って不自由はしていない。里親が見つかれば施設を出られるし、もし見つからなくても自分が大人になったら自立すればいいだけだ。
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悠久の楽園は、児童養護施設という顔をあわせ持っていた。そのため自由時間となってはいるが、毎朝のテスト以外は施設で過ごすというのが通例になっている。
そんな施設の大部屋……通称教室の引き戸が勢いよく開け放たれた。
「みんな!ビッグニュース!!」
「なんだよ、デカイ声出して」
「あの歯抜けジジイが辞めた!」
「マジ!?やったぜ!」
人ひとり辞めたくらいで、そんなに騒いじゃってまぁ……かくいう俺も、内心ではガッツポーズを取ったけどな。
歯抜けジジイ、というのは養護施設で働いていた教育係だ。俺たちは三歳になると、まず一般的な児童教育が行われる。多分、知能の低下は能力の研究に差し障るからなのだと思うが…本当の所は知らない。
ともかく、歯抜けジジイは俺たちの事をゴミでも見るように接していたし、何かあるたびにキャンキャン喚き散らすヒステリックだったから、施設にいる子ども全員から嫌われていた。
「…それで?そこまで言うからには掴んでいるだろうな?次の情報を……っ!」
「おいおい、オレの能力を忘れたとは言わせねーぜ?この『壁耳障目』に死角はねぇ!」
壁耳障目は壁の向こうを透かして見る事が出来、さらに音まで鮮明に聞き取れる能力だ。昔の人が「壁に耳あり障子に目あり」と言ったそうだが、それは彼自身の事を指していると言っても過言ではないだろう。
「次の先生なんだけどさぁ、顔は見えなかったが……若い女の人だったぞ」
「なん…だと……」
「しかも……デカイっ!」
「それはウエストの話か、ブラザー?」
「はっはっは、B&Hに決まっているだろう!」
「ふぅううう!!みなぎってきたぁ!!!」
コイツら心底バカ丸出しだな。ちょっと冷静になって女子たちの視線を見てみろよ。ひでぇ視線だ、まるでゴミでも見ているようだぜ。俺には到底耐えられる自信がないな。
「というわけだ……分かっているな、亮太」
「………ん??」
「とぼけてんじゃねーぞ?亮太の能力で先生を止めちまえ」
「そしたらよぉ……触り放題だッ!」
やめろ、そんな下らない作戦に俺を組み込むんじゃない。見ろ、女子たちの視線を……軽蔑なんてなまぬるい、こいつ早く死なないかなって目をしているだろうが。
「お前らは硬いマネキン人形でも満足なのか?」
「よし撤収だ」
「こころよくお迎えしてやろうぜ」
こ、こいつら……ソフトな手触りが無いと見るや何事も無かったかのように散っていきやがった。最近のエロガキは何を考えているのか全く理解出来ないな。
ともあれ。嫌われ者の歯抜けジジイが辞めて、新しい先生がやってくる。今日はその初仕事ってわけだ。俺たちの年齢的に考えれば、小学校の先生という事になるのだろうか。
「…来たぞ」
期待半分、不安半分といった所で、引き戸の向こうに人影がちらりと見える。不思議な事に、右へ行ったり左へ行ったりと、ふらふら揺れていたのだが……ようやく決心でも着いたのか、ガラリと音を立てて引き戸が開いた。
「お、お、おみゃえら席にちゅけぇええぇえ……ぇ?う、あぁ……噛んだ…」
………哀れ、新任先生。きっと普段のキャラとは違う、怖い先生を演じようとしたのだろう。しかし慣れない事をしようとして、初手からつまづいたらしい。まぁ、そのうちボロが出るから、つまづいて良かったのかも知れないけれど。
「…先生、やりなおす?」
「い、いいえ……気持ちだけ…受け取っておきます…」
それが正しいよ、名前もまだ知らない先生。
トボトボと肩を落としながら、先生は教壇の上に立つと、ピシャリと自分の両頬を叩いた。
「…ふぅ。えっと、前の先生が辞めてしまったので、今日から私が皆さんの先生です。名前は『優川小子』と言います。まずは名前から覚えて下さいね」
「ゆーかわ…?」
「しょーこ……」
…昔話で聞いた事があるような……?たしか、叡智の女神がそんな名前だった気がする。神様なんて存在しないんだけどな。
「では早速ですが、授業を始めます。まずは国語の教科書を……」
「はいはいはーい!その前に質問しまーす!」
「はい、なんでしょう」
「ずばり、先生の能力ってなんですか?」
瞬間、優川先生の表情が石像のように固まった。察しの良い子は、聞かれたく無い事なのだと感じただろうが、あいにく質問した張本人は……そういう心理的な勘が壊滅的だった。
「……映像記憶…です」
「映像??」
「つ、つまりですね?見たもの、聞いたものをずっと覚えていられる能力です」
「…それだけ?」
「それだけです」
はぁ……それはなんというか。便利だけど、いわゆる没能力と呼ばれる部類の能力で。
そもそも優秀な『超』能力と呼ばれるのは、一騎当千になり得るような破壊力、もしくは希少性。そのどちらかを満たしていれば超能力とされ、その能力に勝るとも劣らない能力を『準』能力。それ以下を『没』能力として評価している訳だ。
世間では憧れと敬称を込めて、全ての能力を『超能力』などと謳っているらしいけれど……その実、能力差別が激しいそうだ。
「…なんだ、それ」
「っ……」
空気が悪い。どうする、何か余計な事を口走る前に口の動きを止めてしまうか?それとも様子を見るか……次に話す言葉次第では…止めるか?
「す、すげぇ!すげぇじゃん!!よーするにテストは絶対満点って事なんだよな!?しかも勉強しなくて良いんだよな!?良いなぁ!」
「……え…」
バカで良かった。勉強しなくてもいいってのは、ちょっと違うが…でもとにかく、バカで良かった。
「…バカに、しないんですか?」
「なんで?」
「なんでって……ほ、ほら、なんの役にも立たない能力ですし、火を出したり凍らせたり出来ないんですよ?力も弱いし、誰の役にも立たないのに…」
「でもテストは満点だよな?」
「それは…そうです……」
「じゃあ先生に絶対怒られねぇな!」
「あ、それは大事」
「歯抜けジジイなんて100点じゃないと怒ってたもんなぁ」
「…ふ、くすくす……」
その歯抜けジジイはもういないから、99点でも怒られないんだけど。まぁ、テストでいい点が取れるのはありがたいな。
「先生、そろそろ授業を始めて下さい」
「ふふ、はいわかりました。じゃあ、とっても賢い先生の授業を始めますね」
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優川先生がやって来てから、一年が過ぎた。先生の授業はとても分かりやすく、そして授業に付いてこれない子ども達へのフォローも、完璧にこなしている。
『では本日のテストは終了だ。戻って休みたまへ』
「お疲れ様でした」
朝の検査を終えて、今日も授業を受けるべく孤児院に向かった。
「………?」
いつもなら、そろそろイタズラ好きの彼が何かしら投擲してくる頃だとは思うが……?
「…来ないな。まぁ、その方が助かるんだけど」
鬱陶しい、と言うわけでは無く、かと言って喜ぶほどマゾでは無いにしろ、毎日の事が無いとなると、少し心配にはなる。と言っても、ただ検査が長引いているだけとは思うけど。
「……?」
廊下を歩いていた時に違和感を感じ、あたりを見渡してみる。すると、いつもは閉まっているはずの部屋の扉が少しだけ開いていた。
「鍵が…開いている……?」
字は難しくて読めないけど、よく白衣を着た施設の大人が大量の紙を持って出入りしているのを見ている。おそらく、資料室だろう。
「……っぱり納得出来ません!」
「この声は…優川先生?」
開いている扉の隙間から覗いてみると、優川先生と白衣の男が言い争っている所だった。
「突然何を言い出すのかね、優川クン」
「納得出来ない、と言ったんです。何も分かっていない子ども達を、使えないという理由だけで処分するなんて……っ!」
「はぁ……本当に何を言っているのやら。情でも移ったのかね」
「情だとかの問題では無いんです!」
何かを言い争っているのだろうけれど、いまいち要領を得ない。一体全体、優川先生は何の話をしているんだ?俺たちの話をしている風に聞こえるけれど……?
「いいかね優川クン。彼らは子供の姿をしたモルモットだ。決して可哀想な子供では無いし、戸籍も無い。そもそも人権すらないのだ」
「…戸籍を握り潰したのは、あなた達でしょう……ッ!子ども達を都合の良いモルモットにして!一部の富裕層の願いを叶えるために実験を繰り返しっ!あまつさえ願いを叶えられない子どもは問答無用で殺処分ッ!そんな事、許されるはずがありません!」
……わけが、わからない。何を言っているのか、理解できない。俺たちがモルモット?殺処分??いったい何の話だ。いなくなった子ども達は……里親が見つかって施設を出たんじゃないのか…っ!?
「優川クン……君があの子供達に何を思い、どう考えいるのか知りはしないのだが。その結果困るのはキミだろう?」
「…っ」
「いいかね優川クン。薬に手を出したのは、間違い無くキミだ。あの失敗作を常飲し、首が回らなくなったキミを救い上げたのは、我々だ。キミはここで子供達の知能向上を条件に、我々の施しを受ける。契約書にはそう書いてあるだろう?」
「い、今はそんなこと…っ!」
「そんな事だよ。実際、我々にはキミ一人が何を訴えた所で何も変わりはしない。訴えるキミへの施しを打ち切れば、勝手に自滅するのだからね」
薬、施し、契約。そりゃあ先生は大人だ、働いてお金を稼ぐ。どんなに子どもの世話をしたって、結局それは仕事なんだ。
けれど、これは何だ?俺は今、何を聞いている?この話を要約すると『俺たちはいずれ殺される』『先生は施設に生殺与奪の権を握られている』と言う風にしか聞こえない…っ!
「……まあこちらも、思う所がなくも無い。優川クン…キミの熱意によっては…実験体の一つくらい、見逃してしまうかも知れないなぁ…?」
「…熱意?……っ!…この、変態め…!」
優川先生はぶるぶる震えながらも、ゆっくり上着を脱ぎ始める。プチプチとブラウスのボタンを外し始めた所で、俺は鍵の開いた扉を思いっきり全開にしてやった。
「あれれー?おかしいぞー?ここ鍵開いてるー!わーい冒険だー!」
「っ、な!?」
「えっ!きゃ!?りょ、亮太君!?」
年相応に見える、わざとらしい大声を上げながら、資料室の中にまで堂々と侵入する。俺たち子どもは、例え重要機密研究室に入ったとしても咎められない。そもそも鍵がかかっているからだ。そして過去に、鍵の閉め忘れた部屋に侵入した子どもは、大人達に適当にあしらわれて追い出されている。ならば、今この場で『追い出す大人』は…?
「もう、ダメですよ亮太君。ここは入っちゃいけません」
「あっ!先生だ!何してるの?」
「…今、大事なお話をしていたの。でももう終わったから、一緒に教室に行きましょうね」
「はーい!」
精一杯、子ども『らしく』振る舞って、優川先生と一緒に資料室を後にした。
「ねぇ先生、今日の授業は何するの?」
「…助かりました、亮太君」
「えぇー?何のこと?ぼくこどもだからわかんない」
「大丈夫です。さっきの人はもう向こうに行ってしまいましたから」
「……とりあえず、前閉めたら?」
「前?…っ!そ、そうですね、ちょっと待ってくださいね」
優川先生は外しかけたボタンを止め直し、上着を羽織る。周囲に誰もいない事を確認して、俺は先生に疑問をぶつけてみた。
「先生、さっきの話だけど」
「さっきの?……まさか…!い、いつから聞いてました…?」
「先生が納得出来ませんって叫んだ所から」
「全部、ですか……」
「教えてよ。この施設は一体……何をしようとしているんだ?」
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