#16 俺の夏休みは終わりを迎えたらしい
「くそっ……どうして、こんな事…っ!」
悔しさのあまり、大吾は八つ当たりのように壁を殴る。
「……仕方ないだろ…最初から決まっていた事なんだから…」
「だけど…っ、だけどよぉ亮太……これじゃあ、あんまりだと思わねぇのか!?」
そんな現実が認められないのか、なお大吾は声を荒げて亮太にきつく当たり散らす。
…いや、本人も分かってはいるのだ。こんな事をしていても無意味で、その時は刻一刻と近づいてきている事に。
「もう終わった事を、いまさらどうして掘り返さなきゃならねぇ!?そもそも誰がそんなルールを作ったんだ!」
「そんなの決まってるだろ…?」
「あぁそうさ!決まってる!いつでもどこでもそうさ!俺たちを、がんじがらめの檻に閉じ込めて、楽しんでいやがるのさ!!」
「もう諦めろよ大吾。こんな事をしていても無駄だって、わかってるんだろ?」
「……くそっ!」
なおも悪態をつく大吾を哀れに思いつつも、亮太は現実を大吾に見せつける。
「これが……現実だ」
亮太が見せつけた現実。それは……。
「とりあえずアンタ達、座れば?」
「あ、はい」
「現実逃避、終了……」
テーブルに広げられたのは、終わった夏休みの宿題だ。今日は夏休み最終日というのもあって、俺と大吾と彩里は休み明けテストに向けて勉強をしている。
「現実逃避とはいえ…っ!しかしっ!夏休みの宿題をもう一度する理由が果たして本当にあるのかっ!?」
「まだ言ってんのか。仕方ねぇだろ、テスト範囲が一学期全部の期末テストなんだから。補習制度が無いだけマシだと思うぞ?」
「そのかわり、全学期の成績が悪いと問答無用で留年だけどね。ま、アタシは大吾が留年したら後輩扱いしてあげるから、光栄に思う事ね」
「嫌な先輩だ…っ!」
「安心しろ大吾、お前の事は忘れない」
「見捨てるなよ!?」
などと言い合いつつも。俺たち三人は休み明けの期末テストに向けて勉強を続けるのだった。
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〈ではまず、先日の事後報告からしよう。サテライト〉
同日、夜。自室で行われている部隊の月末報告会議にて、霊琥についての報告だ。
〈うむ、では改めて。やぁ諸君、息災かね。部隊のブレーン『サテライト』だ。親しみを込めて『サテラ』と呼んでくれたまえ〉
「…サテライトさん?」
〈……みなまで言うな。時間にしておよそ半年ぶり、話数で言えば六話ぶりだ。ニヒルにもなるさ〉
「いや、あの、ついこの前も近況報告しました、よね?一週間くらい前に……」
〈うるさいな。それは君に取っての時間だろう?そも今は君に話しかけてはいないのだよ。少し静かにしていてくれないか〉
「あっはい…」
ま、まぁ…サテライトが時々謎めいた行動を取るのは周知の事実だし。ちょっとだけ黙っておこう。
〈……とまぁ、長々とご高説垂れ流したわけだが。端的に換言すれば、やっと出番だわーいわーい。と言うやつだ〉
「……」
〈…こほん。さて、そろそろ本題に入ろう。先日、ダウナーが襲撃された。むろん、襲撃自体は失敗に終わり、見事に身柄を拘束した。ここまでは近況報告でも聞いた通りだ。間違いないかね?〉
「あぁ」
〈うむ。そして拘束した青年だが…彼はダウナーの報告通り、元チルドレンズの非検体だった〉
やっぱそうか……いや、分かってはいた。だとすると、霊琥が俺の弟分だと言う事も真実なのだろう。
〈次いで、彼の能力だが。体から強い催眠作用のあるフェロモンを放出し、そのフェロモンを吸引し続ける者を強い催眠状態にする効果があった。彼が質量のある物体を生成したとの事だが、その正体は超高密度に圧縮された、彼のフェロモンだろう。一見すると強力だが、しかし件のフェロモンは比重が軽いため、常に上に滞留すると判明したよ。それに、可燃性ガスであると言う事もね〉
「あ、なるほど、だからか…」
ずっと謎だったが、これで合点がいった。なぜ霊琥の能力は、あの時彩里の火で消えたのか。なぜ密閉空間でないと発動しないのか。そしてなぜ、無空間から質量物を作り出せたのか。
火で消えたのは可燃性だったから。密閉空間なのはフェロモンを充満させないといけなかったから。作り出せたのは最初から素材がそこにあったから。
〈彼の能力の原理がもっと解明されれば、新しい理論が確立されるだろうね。まぁ、こちらとしては一ミリも興味などないのだが〉
「……?」
なにか含みのある言い方だ。まるで子どもがびっくり箱を作って見せびらかそうとしているかのような。
〈ときにダウナー。君のもといた研究機関……もとい、チルドレンズの研究理由とはなんだったかな〉
「……」
サテライトめ…人の話したくないような過去をサラリと聞いてきやがる。まぁ、俺も過去とはもう決別を果たしてあるし、今更隠すような話でもないけれども。
「…俺たちチルドレンズは……いわゆる『不老不死』『死者蘇生』に繋がる能力の開発に…その実験台に、されていた」
『悠久の楽園』と名乗ったその研究機関は、表向きは身寄りの無い子どもを保護する養護施設を運営し、その裏では非人道的な行為も笑顔で行使するように、孤児達をモルモット代わりとして扱っていて、俺も……霊琥も、その孤児の中にいた。
「……それがどうしたんだ、サテライト」
〈ぷ…くく……あは!あははは!あはははははは!!いやいや全く、この世界に神様なんてのが実在するのだとしたら、そいつはきっと心底意地の悪い策士だ!!あっはははは!!〉
「…何がおかしいんだよ」
〈あははは、いやぁすまない。別にダウナーの境遇を笑ったわけではないのだよ。けれど、これが笑わずにいられるかい?〉
「……話せよ。少なくともチルドレンズ関連なら…俺には聞く義務がある」
〈うむ、それはごもっともだ。では難しい前置きは全部すっ飛ばして。彼はね、ダウナー……一度死んでいるんだよ。いや、死に続けていると言ってもいい〉
……シンデイル?シニツヅケ??戸籍上の話か???いや、それなら何も不思議なことは…???
〈彼の能力を調べるにあたって、彼のDNAを徹底的に調べたんだ。するとどうだろう?彼の肉体は血液、皮フ、髪の毛から爪の先まで、腐敗を通り越して結晶化していたのさ!それでもなお!彼は生命活動を続けている!これこそまさに、死者の復活…ダウナーのいた組織が血眼になって探していた『死者蘇生』ではないかね?〉
「な、なん…!…は!?!?」
〈そして結晶の具合から察するに…おそらく、最初に死んだのは十年前……ダウナーが、あの事件を起こしたその日だよ〉
ま、まてまてまて!?情報が整理できない!組織が何十年とかけて探していた能力が、こんなに簡単に発見されて!?しかも、その能力に目覚めたのは、あの事件の日で!?その日は俺が組織をぶっ潰したまさにその日で!?!?
「…は、ははは……そりゃあ、笑いたくもなるよ…」
〈とはいえ、どうして彼がそんな状況になっているかは、何一つわからないのだけれどね……まぁ、仮説は立てられるが〉
霊琥の能力に一番かかりやすい者。それは他でもない自分自身だ。もしも何かのキッカケで……例えば、彼の中に別人格がいたとして。その別人格が、霊琥の肉体の死を認知しなければ。生きていると勘違いしたままなのだとしたら。彼の肉体は生きながら死んでいるのだ。他ならない彼自身が、自らの死を観測するその日まで。
「……ってちょっとまて!その報告、まさか本部にしたんじゃないだろうな!?」
〈まさか。命は終わりがあるからこそ儚く…そして尊いものだ。不老不死や死者蘇生なんてものには興味はないし、広めるつもりも無い。それは隊長も分かっている…だろう?〉
〈無論だ。霊琥…彼の蘇生についての報告は一切合切揉み消させてもらった。それに、よほど特殊な思考回路をしていなければ、彼が一度死んでいるなど気づく事はないだろうな〉
「隊長が…そう、言うなら……」
俺はあの時、隊長に助けられた。それがどのような形であったとしても、その事実と認識は変わらない。そんな隊長が『問題ない』と言っているのだから、その言葉を信じるほかは無いだろうな。
〈とはいえ、また悠久の楽園に似た組織が出ないとも限らん。もしそうなったとしたら、かつて類似組織を壊滅させたダウナーを生かしておく事は無いだろう。今以上に、君には危険が降りかかる可能性が高い。事実、霊琥の狙いは君だったわけだが…その動機については、未だ不明だ。というより、事情聴取を取ったが…発言そのものが支離滅裂すぎて手を焼いている状態だ。なんだあの青年は?君を神聖視しているぞ??〉
「俺も分かりません。分かりたくもありません」
というか霊琥のやつ、まだそんな事言ってるのか?ここまで来ると、もう盲信だな。
〈……はぁ。まぁ構わん。ともかく彼の動機がハッキリしない以上、新生違法組織発足という可能性もなくは無い。しばらく、君には護衛をつけよう〉
「…俺に?」
今や部隊のエースアタッカーとも言える俺に護衛だって?それはなんとも……いや、よそう。それで全てが解決するのなら、逆らわない方がいい。
〈後日、追って連絡する。では今日の報告会は以上だ〉
そう言って、隊長は通信を切る。しかし、護衛か……ふむ。
俺より強い隊員といえば奴だが……あいつは今、国外任務に出ているはずだ。戻る話も聞いていない。最後に会ったのはもう二年前になるだろうか。あるいは、別の隊から派遣されてくるとか?
「…そういえば、今日は静かだったな」
いつもはうるさいバカ発言垂れ流し装置のリサが、今日は大人しかった。そもそも会議に参加していないという可能性もあるが。
「…………まさか、な」
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「あー、全員特に犯罪に巻き込まれる事もなく無事に夏休みを謳歌したようで何よりだ。先生も相変わらず夏の出会いに恵まれる事は無かったが気にしていない」
新学期初日のホームルーム。今日は授業もなく始業式だけの日だ。強いて言えば夏休みの宿題を提出する程度だろう。だが、その全てが完了したというのに、まだ帰る事を許されなかった。
「…あー…うん。もう無理かな…?はぁ……えっとだな、新学期から交換留学生がウチのクラスにやってくるはずだったんだが……どうもくる気配が無い。つーわけで、明日改めて紹介しよう」
交換留学生という言葉にクラスがざわめきたち、それぞれ美青年美少女を想像しているのだろうが。初日から遅刻するというか、もうそろそろ無断欠席になるような奴に、俺は一ミリも好感を抱く事など……?
「………ヶデケデケデケデケデケデケデェェェェェン!!!!デーーース!!!!!」
遥か遠くの廊下から聞いたことのある声と、テンションと、語尾を引っさげて、交換留学生は教室の扉をうるさいくらいに勢いよろしく押し開けた。
「…………………………………( °д°)…」
…言葉も出ないってこういう時に使うんだね。
顔文字って便利だね。
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