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#14 俺の弟はワガママだったらしい

 井堂霊琥せいどう りょうく…そう名乗ったそいつは、俺と同じ姓を持つ。けれどそれは『自称』に過ぎない。

 …落ち着け、目的を見失うな。霊琥が俺と同じ経歴で、弟を自称するならさせておけばいい。

 ついうっかり拳で語り合おうなんて物騒な思考でいたけれど、話し合いで済むかもしれないじゃないか。


「…単刀直入に聞くぞ。出口はどこだ、そもそも俺たちを帰す気があるのか」

「もちろんだよ!僕の目的はお兄ちゃんだけだもん」


 ……つまり、俺を帰す気は無いってか。


「ただね、ちょっと問題があって…僕の能力上、唯一の出入口を開けるのは無理なんだ」

「だったら能力を解除するデス」

「それは嫌だ」

「…理由を聞いても?」

「この素敵空間が消えてしまうじゃあないか!!」


 消えてしまえこんな空間。やっぱ拳で語り合うしか無いようだな。


「どうするデス?帰れそうに無いデスよ?」

「よしじゃあ歯を食いしばれ。気絶させれば問題解決だ」

「その場合、僕がすっごく痛い思いをしなきゃならないんじゃないかな?」

「大丈夫、痛いのは一瞬だ。ほんの一瞬だけ…そのあとは夢の世界にご招待ってな」

「遠慮させてもらうよ」


 霊琥はそう言って、自分の右手を前に突き出した。

 …何が来る?飛び道具か、能力か、それとももっと他の何か…なのか?


「思考が早くて助かるよ。さすがだね、お兄ちゃん」

「…っ!」


 霊琥が放ったのは火炎、刃物、光線、雷撃…およそ亮太の想定し得る「全て」だった。そして逆に、亮太は確信を得る。


「…やはり、な。お前の能力は、俺の想像した通りの法則だった。なるほど、確かにこれは部が悪い」


 けどな、超能力ってのは魔法じゃ無い。如何に強力な能力であったとしても、そこには必ず物理法則が存在する。


「俺が霊琥と喧嘩するってなら、確かに防戦一方だろうよ…けどなっ!!」


 熱伝導速度を奪い、刃物の運動速度を奪い、光の移動速度を奪い、電気の通電速度を奪い。


「リサッッッ!!!」

「スケダチ・ソーローデス!!」


 奪った速度の一部を、リサに触れて付与。


「ライダァァァァキィッッック!!!!」

「ッ!」


 色々台無しだよオイ。

 どこかズレているリサの感性から出た飛び蹴りが直撃する。霊琥は大きく蹴り飛ばされた。


「どんなもんデスか!!」


 飛ばされた霊琥は後ろの神像に激突し、瓦礫の中に埋もれていく。

 基準はわからない。それでも女型の敵を吹っ飛ばしたリサだ、勝算はあった。


「……」


 自分の能力で作った像だ、強度も重さも思い通りになるのだろう。まるでホコリでも払うように瓦礫を押しのけて這い出てくる。


「オラオラっ!もっとかかって来いやデス!シュッシュッ!!」

「リサ、あまり調子に乗っていると痛い目にあうぞ…」


 俺の所属する隊は武闘派集団だ。補給運搬の全権を担うリサも、それなりに腕は立つが…それでも、訓練の域を出る事は無い。


「…ねぇ、お兄ちゃん。今のはもしかして……いや、もしかしなくても…補佐役に回ったよね?」

「だったらどうした」

「……………リだ…」

「…なんだって?」


 声が小さくて聞こえなかった。何かを呟いているようだが、よく聞き取れない。

 そう思っていると、霊琥の独り言は少しづつハッキリしたものになってきた。


「……リだ……ッカリだ…ガッカリだ、ガッカリだ、ガッカリだガッカリだガッカリだっガッカリだっ!ガッカリだッ!ガッカリだよお兄ちゃんッッッ!!!」


 そう吠える霊琥の顔は、怒りでも悲しみでも憎悪でも無く。ただただ、可哀想なものを見る目をしていた。


「どうしてだよ、お兄ちゃんッ!どうしちゃったのさ、お兄ちゃんッ!どうかしちゃったよお兄ちゃんッ!?昔みたいに全部力でねじ伏せればいいのにっ!昔みたいな冷たい目で見ればいいのにっ!凶暴で、冷酷で、残忍な、カッコいいお兄ちゃんはどこに行ったのさァ!!!」

「ドコの誰デスか、ソレ」


 …あの頃の俺を霊琥が知っているのなら。間違いなく『あの場』にはいたのだろう。ともすれば、兄弟だと言い張るのにも納得がいく。それでも。


「……霊琥は、過去を生きているんだな」


 こいつは、霊琥は、俺の愚弟は。あの時、あの場にいて、あの事故に巻き込まれて。そして霊琥の時計は、その時に壊れてしまったのだ。


「…あ…あぁ……ぁああああっ!…そんな目で僕を見るなッ!優しくするなッッ!!語りかけるなッッッ!!!なぜ、どうして、誰が、お兄ちゃんをこんなにしてしまったんだ…っ」

「リョータこいつキモいデス」

「やめてやれ。ストレートに感情を伝えるのはやめてやれ」


 おかしいな、すごく緊迫した空気のはずなのに。リサがいるだけで全部持っていかれる。


「ぁぁ…ぁあそうか、あいつら。あいつらだ。きっとそうだ、お兄ちゃんを変えたのは……全部あいつらが悪いんだ…」

「…霊琥?お前、何を考えている」

「安心してよお兄ちゃん。すぐに、元に戻してあげるからね」


 まずい。霊琥が弟だからとか、そんなのは関係なく、次の挙動を想像した。想像、してしまった。


「逃げろリサッ!!!」

「遅いよ」


 声をかけた時には。床から伸びた槍のような物でリサの両脇から串刺しにされ貫通ていた。

 あんな刺さり方をしていたら、肋骨の下から肺まで通っている。最悪、心臓まで……


「だめだ、考えるなッ!!リサは生きてる、明日の朝には三人で日の出を見ながらコーヒーを飲んでるはずだッッ!!」

「本当かなぁ?しっかり脈を見たほうがいいんじゃない?待っててあげるよ」


 惑わされるな。リサは今、生きているのか死んでいるのか不確かな状態だ。ここで俺がリサの死を観測してしまったら、死が確定する。放っておいても出血多量で死んでしまう。


「…リサが死んだら許さないぞ……」

「そうだよ、その目だよ!その目を見たかったんだ!!そして…そして!あぁっ!これが夢にまで見たお兄ちゃんとの『兄弟喧嘩』っ!」


 兄弟……兄弟喧嘩、ねぇ…。いい機会だから教えておいてやるよ、愚弟。


「いいぜ、やろうじゃんか喧嘩。弟が兄に逆らったらどうなるか……たっぷり気が済むまでやってやるよ」


 ◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎


「なんか揺れてない?」

「んー…そう?気のせいじゃないかな」

「……ほんとに『あらかさま』だよね、アンタ」

「あからさま、だよ。なんの話?」


 アタシが大吾の正体を言い当てた後から、こうなった。見抜かれた大吾の偽物は、本物の演技をやめて…素に戻ったって言うのかしらね。その存在通り、軽くて薄っぺらい人格になっている。


「…別になんでもないわよ。それより、能力者の用事が終わったら本当に大吾を返してくれるんでしょうね」

「大丈夫、ボクが本人に影響を与えることは無いし、能力が解除されれば病院からも出られてボクも消える。安心してよね」


 大吾の肉体も、その能力も、本人の物で間違いは無い。だが能力者によって別の人格を植え付けられ、大吾の意識は今眠っているらしい。


「まぁ、アンタの役目はアタシを能力者に近づけさせないため…なのよね?上に行けば行くほど、ゾンビも怪物も出て来ないし」

「まぁね、あの能力は火気厳禁なんだよ。酸素との配合率にもよるけれど」


 火気厳禁って事は……引火性のガスかしら。どのみちアタシはここでじっとしてるけど。というか腰が抜けて動けないのよね。


「………」

「…ねぇ」

「何かな」

「アンタ、能力者に作られた人格なのよね?裏切ったり出来るの?」

「変な事を聞くね。裏切るとか寝返るとか、そういうのは『個』を持つ生命体の特権なんだよ。ボクは能力者(あのひと)の気分一つで消えるくらい、儚い存在さ。誰の味方でも無いし、誰かの敵でも無いよ」

「ならどうして、アタシを助けようと思ったの?」


 ビクリと体を震わせ、少しの間だけ動きが停止した。ほんの数時間くらいしか一緒にいないけれど、それはコイツの癖なんだと思う。核心を突かれた時の。


「…なんの、ことかな」

「上に行けば行くほど安全地帯、アンタはアタシを襲わない、能力者の弱点は火だって情報……バカでも分かるわ」

「……」

「知ってる?科学終期からずっと研究されてる人工知能……学習で人間には近い知能を持ってるけれど、完全では無いの。どこかのマッドサイエンティストが言ってたけど、完全な人工知能は人を殺せるそうよ」

「…よく知ってるね。でもボクは機械じゃないし、その気になれば誰かを傷つけることも出来るよ」

「ええ、よく知ってるわ。だって、誰かを傷つけるには『個を持った知能』が必要ですものね」

「…何が言いたいのかな?」


 個を持った知能。人類が何百年とかけて作れなかった代物を、ただ一人の能力者が実現させてたまるものですか。

 なら、今アタシの目の前にいるコイツは?誰かを傷つけることを実行できるコイツは。


「アンタ、もとは人間なんじゃないのかしら」

「……はは。ははは。あははは!いやぁまさか、見抜かれるとは恐れ入ったよ!そうとも、ボクはもともと人間だった。とは言っても、生きていた頃の記憶は無いし、今の境遇にさほど不便性があるとも言わないけど……」

「けど?」


 アタシの目の前にいるソイツは。名前も、記憶も、自分がどうしてそうなったのかを覚えていない、何もかも失ったソイツは。ただ遠くを見つめるように……古い親友を思い出すように。


「ボクは、あの人を助けたい。それは、ボクがボクでいるための、存在理由なんだ」


 ソイツの言うその言葉だけは。重くて、厚みのある『意思』だった。


「…そう。それでアタシに、手伝えって言うのね」

「ダメかな?」

「乗りかかった船、よ。助けてあげようじゃない、アンタの友達」

「ありがとう」


 抜けていた腰も、ようやく戻ってきている。やるなら、早い方がいいわ。


「じゃあ、案内してくれるかしら?」

「悪いんだけど、それは無理だね」

「……はぁ?」


 コイツ何言ってやがるのかしらねぇ?人に頼み事をしているのに、ガイドもしないなんて。大吾に取り憑きすぎて、馬鹿が移ったのかしら?


「いやいや、そんな睨まないでくれよ。ボクだって、手伝えるならそうしているさ。でも出来ないんだよ」

「…それは、アンタが能力者に逆らえない事に関係しているのかしら」

「それもあるね、一割くらい」

「だったら…っ!」

「殺せ」

「…っ!?」


 突然、言い放たれたその言葉に、彩里は思わず距離を取る。


「さっき揺れた所からかな。目の前の人間を殺せって命令が、頭の中を駆け巡っているんだ」

「…へぇ、そう」


 周囲に火種を出現させ、いつでも応戦できるように威嚇した。けれどソイツは、ひらひらと手を挙げて無害を主張する。


「ここは病院の最上階。というより、あの人の射程圏ギリギリだ。ボクを完全に支配するほどの力は無い。まぁ、ここから下に行けば、どうなるか分からないけれどね」

「……なるほど、ね」


 コイツ自身に、アタシを襲う意思は無い。けれど、これ以上能力者に近づけばアタシという協力者を失ってしまう。能力者を助けるというのが、どういう意味を指すのか……まだよく分かっていないけれど。少なくとも、コイツの目的は叶わなくなる。


「分かったわ、ここから先は一人で行く。とりあえず、能力者に会ったらどうすればいいのかしら」

「そりゃあもう、思いっきり全体重を乗せてガツンと!どぎついビンタをバシーッとね!」

「あら、それは簡単でとっても効果がありそうね。悪い事をした子どもには、いい薬になりそう」

「んじゃ頼んだよ!」


 そう言って彩里を送り出し、大吾の中にいるソイツは大きな安堵を覚えるのだった。


「これでようやく、安心して逝けそうだ…」


 ーーーーーーきゃあああああああ出たああああああ!!!


「…………不安だなぁ…」

ご愛読ありがとうございます。


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